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29.女神様【柊一Side】

あんなに苦しい思いをしたにも拘らず、記憶が戻ることはなかった。 そりゃそうか。 俺に忘れられた忍はきっと、もっと辛い思いをしてるんだ。 こんぐらいの痛みで辛いとか言ってちゃ、忍に申し訳が立たない。 ……だけどさ、俺が思い出しゃあ、忍の気持ちも少しは楽になんだろ? だったら思い出させてくれたっていいんじゃねぇの?女神様……… ローズには、女神様がいるらしい。 常連の間では、ローズは縁結びスポット。遊び相手を見繕いに行く店じゃなく、運命の相手を探しに行く、神聖な店だと言われてるらしい。 で、そこのマスターが美人だけどオネェじゃ無い、女装家でも無い、通称ヴィーナスって愛の女神なんだとか。 まあ、半信半疑だ。 そんな美人な男なんか見たことねぇし(忍の可愛さは特別)、ゲイバーっつの?あれってテレビで観てると、短髪のクリス○村みたいなのとか、化粧の濃い、基本女言葉の奴がママとかって呼ばれて店長してるのが普通だろ。 美人がいても、10代、二十歳そこそこの若いヤツらぐらいだ。 そもそも俺、女装してる奴にはどっか違和感覚えるから、それが気になってマトモに話せる気がしねぇし。 でもまあ、縁結びスポットってのは、信じなくも無い。 だってヒサトの話によりゃあ、そこで俺が忍を口説き落としたって話だろ。 だったらそこは、他の誰にもそうでなくとも、俺にとっては神聖な縁結びスポットだ。 紅い扉にはもう、準備中の札は掛かっていなかった。 押し開けて中に入ると、そこは薄暗い照明の洒落たバーになっていた。 「いらっしゃいませ」 ジャズの音楽に紛れ、出迎えの挨拶が聞こえた。

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