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30.25歳【柊一Side】
なるほど、これがゲイバーの景色か。
正面のカウンター席には男の背中しか見えない。
カウンターの向こう側には、長い金髪を一つに纏めた、……確かに、美人のマスターだ。
マスターは俺の姿を見ると、何故か少し動揺した様子を見せた。
「えっ…、秦野 くん?」
名前を呼ばれた。…ってことは、俺はここの常連か何かだった、ってことか。
「えっ?秦野!?」
そして、俺の名前を叫びながら振り返った男がもう1人。
スーツの、細身のサラリーマン。…就活生か?いや、やっぱり高卒リーマンか。
ここ──酒を呑む場──に居るってことは成人してるんだろうし、俺と同じ二十歳ぐらいなもんだろう。
見た目で言えば俺の方が上に見えるけど。
「お前、思い出したのか!?」
男は態々立ち上がって、俺を責めるように見上げてくる。
見上げて、と言っても、身長差は5cmくらいか。そいつは意外と背が高い。
「いや、思い出してねぇけど、…お前誰?」
「お前じゃない!いつも言ってるだろ。年上はちゃんと敬えって!」
トスっと胸を小突かれた。
「年上~?」
「……25歳!またそこからかよ」
童顔の25歳は はぁ…、と短く息を吐き、俺に隣の空席に座るようにと促した。
背後から照らす青白い光とモーター音は何かと見渡せば、扉側の壁が大きな水槽になっていた。
隣の奴が玩具仕込んでんのかと思ったけど、違ったようだ。
それもまあ、気にしなければ心地よい音量のBGMに掻き消されてそのうち聴こえなくなる。
25歳の名前は、広川 皐月 。
忍の友達らしい。
っても、俺らがここに来てからの知り合いで、付き合いはそう長くない。
マスターの弟ポジション、ここのオーナーのパートナー、だそうだ。
可愛い顔はしてるが、女顔じゃなく童顔。
対して、マスターは童顔じゃないけど女顔。
女神様って呼ばれるのも納得の容姿だった。
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