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49.離さない【柊一Side】

今まで、本当にありがとう─── 頭を上げてそう言うと、忍は眼鏡を外して、涙だらけのぐしょぐしょの顔で、綺麗に──綺麗に、笑った。 見覚えのないその表情に、何故だか背筋がゾッとした。 「しの…ぶ……」 それは直感か、それとも忍が分り易すぎる故なのか。 別れようとしてる───そう気付いた俺は、涙を拭う忍の両手を握り、驚いて見上げたその瞳を見つめ返した。 「いいか。よく聴け、忍」 「え……?」 このままじゃまた逃げられる。 もう二度と離さない───強い意思を込めてその目を見つめる。 俺より小さな手を握ったまま、頬を包み込んだ。 「事故の前の日、母親から電話があった」 母親から来た電話のこと、ローズで思い出したこと、忍のことを忘れた理由を一気に話した。 「俺は、お前の未来の幸せの邪魔になってるんじゃないか。そう思った。俺がいなけりゃ忍は、誰か女と結婚して、子供が産まれて、父親として幸せに生きていけるんじゃないか……、そんな事を考えてる間に、あの事故にあった」 目の前には、止まらない涙をボロボロと零し続ける忍の顔。 両頬を挟まれてるから、顔を逸らせなくて困ってる。 鼻水もスゲーな。ズルズル啜ってっけど。 「ばっ…かじゃ、ないのっ…」 「……ん、…だな」 鼻かむ?と訊けば頷くから、手を放してティッシュを取ってやる。 ヒサトの部屋のもんだから、遠慮せずに大量に渡してやる。 無駄遣い?いや、慰謝料だ、慰謝料。後でもっと金目のモンふんだくってやるけど。 それから、あと数発ぶん殴る。 「僕のしあわせの理由、勝手に決めないで」 涙も鼻水も綺麗に拭きとった顔で、忍が俺を睨みつけてくる。 赤くなって未だ潤んだ純粋な目で。 「……だよな。…誰かの幸せなんか考えるの初めてで、大切なこと、見失った」 「柊くんっいない…しあわせなんてないもんっ」 「また泣くー。…って、泣かしてんの俺か」 ああ~っ、もう!可愛いなぁ…! ぼろっぼろじゃん。 俺がいなけりゃ幸せになれないなんて、お前今、とんでもねぇ愛の言葉吐き出してんだぞ。分かって言ってんのか?

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