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57.香り
ふと気付けば、頬を流れ伝うはずの涙が、布に吸い込まれていた。
「……ごめんな、忍…」
柊くんの声が、小さく聴こえた。
「俺のこと…嫌になったか?」
一瞬…、何を言われたのか理解できなくて、見上げた先の淋しそうな瞳を見つけた、瞬間───
「ならないっ…!」
頭が痛むのも厭わずに、首を横に振り回した。
「やだっ!僕の柊くんっ、とられるのやだあっ…、ほかの、人にっ、あげないでぇっ…!」
我侭を承知で、自分勝手な言葉を撒き散らす。
でも、いいんだもん。
柊くんは、僕のことを我侭だって言った。
僕が我侭であることを分かってる。
それでもあの夜、僕のことを抱いたんだ。
少しくらいの僕の我侭、きっと許してくれる。
そうだよね……、柊くん?
「………忍。先、シャワー浴びっか」
唐突に、バンザイ、とセーターをインナーごと脱がされた。
柊くんもシャツを脱いで、立ち上がった。
手を引かれてバスルームへ連れて行かれる。
何事かと驚いたことで涙は止まって、かわりに激しい痛みが頭を襲った。
多分、泣きすぎが原因だ。
今日一日で、…ううん、ここ5日、一体どれ程の水分が目から流れて行っただろう。
帰る予定のなかった部屋のお風呂は当然の如くお湯は溜まっていなくて、柊くんは、「熱めのシャワーを脇やうなじに掛けると体が温まんだよ」等と説明しながら僕の面倒を見てくれた。
「頭、あの日包帯してただろ?もう平気か?」
シャワーの温度を確かめながらそう訊いて、もうなんとも無いのだと頷けば、シャンプーをつけて頭を洗ってくれた。
良く知ってる柊くんのシャンプーの香りに、少し気持ちが落ち着いた。
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