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76.眉間の皺

捨てられたかと思った、だなんて有り得ないことを口にして、柊くんは僕の体をぎゅう~っと強く抱きしめた。 それはもう、寝起きとは思えない力強さで。 僕が捨てられるなら兎も角、僕が柊くんを捨てるだなんて……、そんな馬鹿なこと、あるわけない。 柊くんはモテるから、たくさん声を掛けられて、やっぱり他の人の方がいいって思っても当然だけど、僕なんて他の人からいいって思われることも無いし、この世界に柊くん以上の人なんて居っこないし。 それに、僕が先に勝手に柊くんのことを好きになったんだ。僕から柊くんのことが嫌いになるなんて、そんな筈がある訳ないじゃないか。 柊くんから「もう要らない」って言われたら、…そしたら、僕から消えなきゃって思うだろうけど。 いつの間にかスマホのアラームで掛かっていた音楽は消えて、スヌーズに切り替わっていた。 「……メシ?」 柊くんが鼻をスンとして、パンの匂いを嗅ぎつける。 「うん。食べる?早い時間だからまだ寝てても大丈夫だよ」 「食う。…つか、もう6時だろ。先お前ん家送ってくから起きる」 「1人で帰れるから平気だよ。今コーヒーとスープ淹れるね」 胸を押して離れると、柊くんはちょっとだけ不満そうな声を漏らした。 「お前ん家に用もあんだよ。一緒に行くからな」 「大学まで一緒?」 「んだよ……やだ?」 「ううん、嬉しい」 スープをスプーンで混ぜながら答えると、柊くんは機嫌の良くなった声で、「だろ!?」と言って笑った。 柊くんと、まだラッシュ前の電車に隣り合って座る。 大学の最寄り駅からわざわざ電車に乗ってまで、朝から済まさなきゃいけない用って、なんだろう? 明理のこと…? 明理と別れ話でもしてくれるのかな? 昨日は、浮気してないって言ってたけど………、明理とは結局、付き合ってたの?なかったの?どっちなんだろう……。 考えている内、気付かぬ間に難しい顔になってたんだろうか。 「どうした?」 フッと苦笑した柊くんに、指先で眉間をスーッとなぞられた。 「あ、…ううん。うちに何か忘れ物したんだったら、やっぱり僕が1人で取りに行けば良かったなって…」 「いや、そう言うんじゃねぇから」 頭を優しく撫でて、安心させるよう手を握ってくれる。 「忍は何も心配すんな。お前はそのままで、俺の傍にいてくれるだけでいいから」 「……うん」 頷いて、手を握り返す。 やっぱり柊くん、ちょっと変だ。 様子も変だし、それに、何もしない僕なんて傍に置いたって、柊くんの得になることなんか一つもないってのに……。 役に立たない僕なんて、傍にいたって仕方がないでしょう?

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