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85.平和なのに【柊一Side】

マスターは、ツッキーのお替わりの桃のジュースを用意しながら、不意に俺に目線を合わせた。 「ん?なんですか?」 首を傾げて見せるも、視線をツッキーの手元に移して、そして再び俺に戻す。 言いづらそう…って感じじゃないか。なんか考えてる風な。 「んー…、皐月くんや僕は、俺に任せろって人に頼っちゃったから…」 目を外して、ツッキーにジュースのグラスを渡す。その仕草はまるで茶道の家元の如く洗練されている。 ゲイじゃない俺でも目を奪われるんだから、パートナーの功太さんもこの人バーで働かせとくの、さぞや心配なことだろう。 この店、マスター目当ての客も少なくないって聞くし、あのダンディー・赤瀬さんも今は恋人いるとは言え、元々マスター狙いだったんだろ? あんなカッコいい大人の男に、マスターも良くオトされなかったよな…。 そうだなぁ。もう一人店員が、…マスターの色香にやられないタチでもいりゃあ、功太さんも安心できるんだろうけど。 「秦野くん、オーナーか功太に聞いてみたら?」 「へっ?何をですか?」 功太さんの気持ちを考えて勝手に憂いていたら、急にその名前が出てきて面食らった。 「何をって、自分で言ったこと、もう忘れたんですか?」 ふふ、と小さく笑われる。 「ゲイ婚、したいんだろ?」 ツッキーが隣から覗き込んでくる。 「だったら、俺たちより悠さんと夏木の方が詳しいから、2人に聞いた方がいいかなって、リュートさん」 「なるほど。まあ、ツッキーより香島さんと功太さんの方が頼りになるしな」 「なんだよそれーっ!」 からかう為じゃなく本気で言ったんだが、ツッキーは俺に遊ばれたと思ったのか不服そうにグラスに刺さったストローをガジガジと噛んだ。 「あーっ!いいな、さっちゃんもリュートさんも秦野もー!僕も恋人欲しいーっ」 その逆ではよーちゃんが手足をバタバタさせながら欲求不満を叫んでる。 ホント、平和だな…この店は。 平凡じゃねーけど、すっげぇ平和で…… 平和なのに、飽きねーわ。

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