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Year 9 / Summer Term 「真夜中過ぎの散歩」
うっすらと目を開けると、カーテンの隙間から淡く月の光が射しこんでいるのが見えた。サイドテーブルの上の目覚まし時計は三時前を指していて、ルカは起きるにはまだ四時間も早いと思いながら目を閉じ、ブランケットを引っ張って寝返りをうった。
そのとき――うぅ……と、小さく唸るような声が聞こえてきて、ルカは眉をひそめ、また目を開けた。
なんだろう? と思いながら起きあがり、テーブルランプの引き紐 をかちりと引く。すると暖かなオレンジ色の光に照らされた部屋の反対側で、ベッドの上のブランケットがばさっと撥ね除けられるのが見えた。
なんだ、ひどい寝相だなと苦笑し、ルカはベッドから出た。ブランケットをかけ直してやろうと近づき――テディが壁に向かって躰を小さく丸め、苦しそうに息をしていることに気がついた。
熱でもあるのかとルカが額に手を伸ばしかけると、テディは険しい表情で首を振り、ぶつぶつとなにか云いながら身じろいだ。魘されているのだ。
「テディ、おいテディ……。どうした、起きろ。大丈夫か」
今日のことでも夢にみているのかと思い、起こしてやったほうがいいだろうと、ルカはテディの肩を揺さぶった。するとテディは「いやだ、来るな……!」と云いながらまた寝返りをうって、ルカの手を払った。
「テディ、俺だよ。起きろ……」
ルカがもう一度声をかけながら肩を叩くと、テディははっとしたように目を開けた。
小さく肩を揺らしながらゆっくりと焦点を合わせるようにルカを見つめ、自分が今どこにいるのか確かめるように左右に首を振る。
「あ……」
荒く息をしながら半身を起こしたテディの顔を、ルカは「大丈夫か?」と尋ねながら覗きこんだ。まだ完全に目覚めていないのか、それとも目覚めた瞬間に夢の内容を忘れてしまったのかもしれない。途惑ったように部屋のなかを見まわし、自分の恰好を確かめるテディに、ルカは「魘されてたんだよ」と声をかけながら、ベッドの端に腰掛けた。
「なにか怖い夢でもみてたのか? ああ、訊いちゃだめだよな、せっかく目が覚めたのにわざわざ思いだすことはない。……どうした、まだ落ち着かないようなら甘めのホットミルクでも入れてきてやろうか?」
テディはルカの顔をじっと見つめ――強張っていた躰の力を緩めると、縋りつくようにルカのパジャマのシャツを握りしめ、顔を埋めた。
「おい、どうしたんだよ。そんなに怖い夢だったのか?」
「うん……目が覚めてルカがいて、ほっとしたんだ……」
「そっか。でも、もうなにも怖いことなんてないさ。俺はちゃんと傍にいるよ」
ぽんぽん、と頭を撫でてやり、昼間と同じだなと少し笑う。本当に、まるで小さな子供のようだ。
「どうだ、落ち着いたか? もう眠れそうか」
「……うん、おかげで落ち着きはしたけど、眠れそうにはないな……」
まだ袖は握ったまま、ルカから身を離してテディは云った。「ごめん、ありがとう……。眠くなるまで本でも読んでるよ」
ルカは枕元に下がって坐り直すテディを暫し眺めていたが、ふと思いついて手で膝を打った。
「散歩に行こう」
「え……散歩? 今から?」
「うん。真夜中の散歩だ。大丈夫、月が出てるし外は明るいよ。なにか羽織って、寝間着のままで行くんだ。わくわくするだろ」
それを聞いてテディはぱっと顔を輝かせた。夜中に寮 を出るのはもちろん校則違反だ。
「おもしろそう……でも、いいの? もし誰かにみつかったら――」
「たぶん大丈夫だよ。零時頃には見廻りに来てたはずだけど、この時間ならさすがにハーグリーヴスも眠ってるさ。コモンルームの窓から出よう。あそこなら、ハーグリーヴスと寮監の部屋の反対側だから」
そして、ルカはカーディガン、テディはパーカーを一枚羽織ってソックスを穿き、靴は手に持ってそっと忍び足でコモンルームへと向かった。
月明かりで確かにそれほど暗くはなかったが、それでも周りに街灯やネオンもなにもない、静まりかえった構内は不気味だった。
古めかしい建物と周囲を取り巻く木々がまるでゴシックホラーの舞台のように映り、時折聞こえる梟 かなにかの声に脅かされる。びくっと竦みあがったふたりはどちらからともなく腕を組み、視界の隅でなにかが動いた気がして恐る恐る振り返り――ゆらりと風に揺れる柳の枝を見て、ほーっと息をついた。
「……そういえばここ、昼間はリスとか見るんだよな……」
「……リスなら可愛いじゃない」
「リスがいるってことは、それを狙って喰う蛇とかもいるんじゃないか?」
「……森のほうに行くのはやめとこうよ。ちゃんと道になってるところを通ってれば……」
「そうだな……この道をぐるっと一周してくるか」
門から構内を一周するように通っている細い舗道を、ふたりはゆっくりと空を見上げながら歩いた。テディはルカの袖を握ったまま時折きょろきょろと周りを気にし、ルカはざざ……と木の枝が擦れる音が聞こえるたびに足早になる。
最初に思っていたのと少し違う、ただ夜風にあたりに出てきたような散歩は、見慣れたはずの景色を夜の魔法がまったく違うものに見せ、充分ふたりを楽しませた。あっという間に半周し、オークス寮を背にシックスフォームの校舎の後ろを歩いていると――突然がさがさっと明らかに風で揺れたのではない枝の音がして、ふたりはびくっとその場に凍りついた。
見ると身長よりずっと高い煉瓦塀の傍の木の枝が葉を揺らしながら大きく撓り、そこにぼうっと白いものが浮かびあがっていた。一瞬ぎょっとして、次にうさぎかと思ったそれは、よく目を凝らしてみると白いスニーカーだということがわかった。
はっとして足音を立てないよう引き返し、ふたりは植え込みの影に隠れた。やがて木から飛び降りた影がそこに立ち、上に手を伸ばすと、もうひとりが飛びつくようにして降りてきた。並んで立つシルエットは結構身長差があり、背の高いほうが低いほうの服をぱんぱんと払ってやっていた。
そして、微かに話し声とくすくすと笑う声が聞こえたと思ったら、その二つの顔のシルエットが重なり――ルカとテディは思わず顔を見合わせた。
「え――ええ?」
「……キス、してる……」
影はすぐに離れ、片手をあげて二手に分かれた。ひとりはオークス寮へ向かっているのか、ルカとテディが隠れているほうへと歩いてきたのでふたりは大いに焦り、できるだけ躰を小さく屈めて息を潜めた。
ちょうど月が雲のなかに隠れて辺りを照らしていた淡い光が翳り、なんとかみつからずにやり過ごす。そうしているうちに長身のほうがシックスフォームの校舎の向こうに姿を消すと、テディがはっとしたように校舎の建物沿いに歩きだした。ルカが慌ててその後を追いながら、立ち止まって建物の角から様子を窺うテディに小声で問いかける。
「……なにやってんだよ、追いかけたらみつかるぞ」
「でも……もし同じ寮の生徒だったら、先に入って窓の鍵、閉められちゃうかも……」
「あっ……」
自分たちが閉め出される虞 れがあるのだと気づいて、ふたりはその長身の影を目で追った。タイミングよく、さぁ……と風が木々を揺らす音がして月の光がその人物を浮かびあがらせると、空を見上げたその顔に思わずあっと声がでそうになる。
「ハーヴィーだ……嘘だろ」
黒っぽいジャケットにジーンズ姿のミルズが、まるでスポットライトを浴びているかのようにそこに立っていた。
深夜に寮を抜けだして他の寮の生徒と外へ行き、しかもその相手とキスしていたのが監督生 で次期寮長 でもある自分の親しくしている人間だと知って、ルカは驚きその場から動けなくなってしまった。このままでは自分たちが閉め出されてしまうかもしれないと思いつつ、今出ていけばさっきのキスシーンを目撃していたのがばれてしまわないかと逡巡する。
痺れを切らしたのか、テディがざっと一歩前に出ようとするとルカは驚き、慌ててその腕を掴んで止めようとした。
「お、おいテディ、だめだよ、まずいって――」
「だって、このままじゃ部屋に戻れなくなるよ」
テディはルカの言葉を聞き入れず、そのままざっざっと足音をたてながら校舎の影から出た。ルカも渋々その後に続くと、ミルズが驚いたように振り返る。
「ルカか。脅かすなよ……なにやってるんだ、こんな夜中に」
みつかったものはもうしょうがない。ルカははぁ、と溜息をつき、ミルズに答えた。
「それはこっちの台詞だろ。よその寮の奴となにやってんだよ」
ミルズはしっと口許で指を一本立てると、にやっと笑ってその指をテディに向けた。
「おまえこそなかなか隅に置けないじゃないか……パジャマで夜のデートとは」
「ただの散歩だよ」
「ふうん? ま、俺も散歩してきたところだが」
「夜中に外に出る奴がいるってのは聞いたことがあったけど、あんなところからだったんだ」
「ああ、あの楡の木がいちばんいい枝振りなんだ。これも代々受け継がれる秘密さ」
「……監督生がまったく、呆れるな」
ミルズは悪びれもせずふふん、と笑みを浮かべ「ほら、みつからないうちに戻るぞ」と、食堂とウィロウズ寮のあいだの小径へ入っていった。ルカとテディも慌ててその後に続く。
ミルズは寮の裏手にまわると、出てきたコモンルームの窓を開けて長い脚でひょいと窓を跨いで腰掛け、両手をルカに向かって差しだした。ルカは少し気に入らない顔をしたが、素直に手を預けて部屋のなかへ引っ張りあげてもらった。
続けてテディも同じように部屋に入れると、ミルズは「ふうん……」と顎に手をやりながら、品定めするような目を向けた。
「ヴァレンタイン、今度夜の散歩がしたくなったときは俺とどうだ? ソーホーへ連れていってやるぞ」
「え……」
それを聞いてルカは、テディを隠すようにミルズとのあいだに立った。
「テディ、相手にしなくていいからな。……っていうかソーホーだって? あんたそんなところまで行ってたのか?」
ソーホーとはシティ・オブ・ウェストミンスターにある繁華街のある地区で、劇場やクラブ、カフェやパブ、レストラン以外にモデルハウスと呼ばれる風俗店や覗き部屋まである賑やかなところだ。ゲイエリアであるオールドコンプトンストリートや、ヨーロッパ最大のチャイナタウンもこのソーホー地区にあり、比較的治安が良いと云われるロンドンのなかでも裏道に迷いこむことは決して勧められない、注意が必要なところでもある。
「逆に、ソーホー辺りまで出ないなら、いったいなにが楽しいんだと云いたいね」
「……ここからソーホーまで、どのくらいですか」
不意にそんな質問をテディがしたことに少し驚いて、ルカは振り向いた。
「行きたいのか? だめだよテディ、まずいよ。絶対だめだからな」
「聞いてみただけだよ。……昔、チャイナタウンによく行ったことを思いだしたから……」
テディのその言葉にルカとミルズは顔を見合わせた。――考えたことは同じだ。テディが中国に縁 があるのかどうか。
「ああ、そういえばロンドンに住んでいたこともあるんだっけ……チャイナタウンから近かったのか?」
ルカがさりげなくそう云うと、テディは頷いた。
「うん……八歳くらいの頃かな。中華料理 が好きで、よくテイクアウェイして食べてたんだ」
「ここからチャイナタウンまではバスで二十分ほどだ。……ずっと気になってたんだけどヴァレンタイン、君のミドルネームのレオンっていうのはなにからきてるんだ?」
率直に尋ねたミルズの顔をルカが見る。
テディは別になにを気にするふうでもなく、淡々と答えた。
「曾祖父……母の母の父が香港人で、祖父母が離婚したときに母の姓がレオンになった……って聞いてます。その後祖母が亡くなって母が祖父のもとに引き取られて、そのときにヴァレンタインって姓にまた戻ったって……」
「……なるほど。言葉だけだと少しややこしいが、聞いてみればなんのことはない。おふくろさんがおじいさんのところに行ったときに、そのまま前の姓を残しただけか」
「そうです。だから俺にはほんの少し香港人の血が流れているんです……見た目には出てないですけど。母も顔立ちは東洋系には見えなかったけど、髪と目の色は黒でした」
「それは……きっと美しい人だったろうね」
テディの顔をじっと見つめながらミルズがそう云うと、テディは昏い目をして俯いた。
「さて、もう部屋に戻るとしよう。ルカ、朝寝過ごさずにちゃんと起きろよ」
「そっちこそ」
そう云って三人はコモンルームを出、そっと忍び足でそれぞれの部屋に戻った。
ベッドに潜ってからルカは、ずっと考えていた。
レオンのあの綴字 は香港人の――曽祖父の姓だった。チンチョンとかチンキーと陰口を云われながら、テディがそれについてなにも云い返さなかったのは本当に中国系の血を引いていたからなのだ。
否、本当のことだったから云い返せなかったというのではなく、たとえそれが蔑称であっても否定したり文句を云ったりしたくはなかったのだろう。チャイナタウンを懐かしんでいた様子や、中華料理が好きでよく食べていたという言葉から、テディが中国や香港の文化に親しんで育ってきたことが窺える。
しかしそれでも、そこでもテディは余所者だったのではないかとルカは思う。暗い金髪 に灰色の瞳――イギリス人だと聞いたときに違和感を感じる程度にはエキゾチックだが、彼の顔立ちから中国系の要素など、欠片もみつけられそうになかった。そういえば、複雑に混血の進んだ土地には、美しい顔の人間が多いと聞いたことがある。テディは母親がイギリス人とはいえ香港人のクオーターだったわけで、ひょっとすると父親も外国人でいろいろな血を受け継いでいるのかもしれない。
あの非の打ち所のない、完璧な造形の顔はきっとそうやってできたんだ――そんなことを考えながら、ルカは瞼の裏にテディのあの灰色の瞳と、ぷっくりとした形の良い唇を思い浮かべていた。
陶磁器のような白い肌に映える血色の良いあの唇が、ルカ、ルカと縋るように名前を呼ぶ。大丈夫、もう大丈夫だよと柔らかな髪を指で梳き、そのまま引き寄せ腕のなかに閉じこめると、ざざっと風が木々を揺らす音がした。
いつの間にここに来たのだろうと傍にあるあの楡の木を見上げると、淡く辺りを照らしていた月が雲に隠れてしまい、闇がなにもかもを覆い隠した。辺りは真っ暗なのに、何故かテディの憂いを含んだ表情だけがはっきりと見えている。その瞳で見つめられると、なんだかぎゅっと胸が締めつけられるような感じがした。せつないような、もどかしいような――背中にまわされたテディの両手に力が込められ、じっと自分を見つめるその瞳に吸いこまれるようにして、ルカはゆっくりと顔を近づけた。
そして、その唇に自分の唇を重ね――
「――……ルカ、ねえルカ! 早く起きて、もうじき点呼の時間だよ。起きてってば」
ゆっくりと目を開け、自分の顔を覗きこむようにしているテディを見て、ルカはふわりと微笑んだ。手を伸ばそうとすると、その指先が届かないうちにテディは「起きた? もう、寝ぼけてないで早く着替えないと……」と云いながら、ばたばたと遠ざかっていった。
今度こそはっきりと目が覚めて、今はもう朝でここは自室のベッドだとわかった。さっきまでのあれは夢だったんだ、となんとなく思い――それがすべて霧散してしまう前に断片的に思いだすと、ルカは躰中の熱が顔に集まったのを感じた。
信じられない思いで、思わずテディのほうへ目をやると、彼は着替えている最中だった。赤くした頬を更に紅潮させて動揺し、ルカはシャツに袖を通しているテディから目を逸らした。
逸らした先にあった時計を見て、アラームを設定したはずの時刻を既に一時間も過ぎていると知る。とにかく今は早く自分も着替えないと、と慌ててベッドから出ようと動くと、今度は下腹部のあたりがなんだか冷たいのに気がついた。
――自分に起きた出来事を正確に理解して、ルカは愕然とした。
ルームメイトの友達の夢をみて――しかも抱きしめてキスをして――夢精するなんて、自分はいったいどうしてしまったのだろうとルカは頭を抱えた。
否、同性同士でそういう関係になることがあるのはもちろん知っているし、実際この学校のなかでもそういうカップルがいるのも、こういった男子校の寮では特にそれがめずらしくないことも知っていた。しかし自分がそういう類いの人間であるなどとは、想像もしたことはなかった。
そしてなにより、テディのことを自分はそんな目で見ていたのかということが、いちばんの大きなショックだった。
「……ルカ、どうしたの。どこか具合でも悪いの?」
ちっともベッドから出ようとしないルカが気になったのか、テディが声をかけた。
「えっ、あ、いや……具合……、うんちょっと、悪いかな……」
しどろもどろになりルカが必死で言い訳を探していると、テディが困ったような顔になって近づいてきた。
「風邪でもひいた……? ごめん。夜、俺のせいで散歩になんか行ったから……」
「いや違うよ、テディのせいじゃない……」
そうだ。あんな夢をみたのはきっとハーヴィーの所為だ、とルカは思った。ハーヴィーがあんなところでキスなんかしていたから、きっとそのことが頭に残っていてあんな夢を――
「――うわっ!」
「えっ、ごめん……熱をみようと……」
いきなり額に手の感触がして驚き、はっと見るとテディの顔が間近にあった。落ち着いてきていたはずの顔色がまた真っ赤になり、心臓の鼓動が耳に痛いほど響き始める。その様子を見てテディが小首を傾げると、その仕種が可愛くてルカはもう泣きたいような気分になった。
そして確信した――違う。こんなの絶対ハーヴィーの所為じゃない。
そのとき、こんこんとノックの音がした。返事をする前にもうハーグリーヴスはドアを開けて、部屋に入ってきていた。
「おはようございます……」
「おはよう。――どうしたブランデンブルク。どこか具合でも悪いのか」
もう具合が悪いで通すしかない。ルカは頷いて、できるだけ病人に見えるように躰中の力を抜いた。
「はい……なんだかだるくて。風邪のひき始めっぽい感じです。とりあえず午前中だけでも休んでいてもいいですか」
贅沢は云わない。午前中と云わず、一時限めだけでも休む許可が貰えれば。この部屋から誰もいなくなって、ベッドから出てシャワーを浴び、洗濯物を出す前にさっと濯ぐ時間さえあればいい。ルカは必死で祈った。
「うん、なんだか顔が赤いな。熱っぽいのか? わかった、あとでパターソン先生に来てもらうよう云っておく。朝食はどうする?」
「あ、俺……運びます」
「そうか、じゃあそうしてやってくれ。ちゃんと寝てるんだぞ」
ハーグリーヴスが出ていくとルカはほーっと息をついた。
「じゃあ俺、早めに食堂へ行ってルカの分取ってくるよ」と云ったテディに「うん、悪いな」と返し、普通に返事ができたことにさえまたほっとする。
テディが部屋を出ていきやっとひとりになると、ルカは大急ぎでベッドから抜けだし、ばっとブランケットを捲った。幸いシーツは濡れておらず、着替えを出してバスルームへ行き、脱いだものをバスタブのなかに放りこむとシャワーを浴びながら足で踏み、染みついたものを落とした。
各部屋にシャワーがちゃんとあるのが、こんなにありがたいと思ったことはなかった。濯いだ寝間着や下着は固く絞ってバスタオルで包 み、いつものように名前を書いた洗濯ネットに入れて出しておく。メイトロンは中身を見たりせずこのまま洗濯機に入れるから、これでもう安心だ。あとはベッドに戻って、テディが朝食を持って戻ってくるのを待つだけ――
テディ、とその名前を思い浮かべるだけで、なんだか居ても立ってもいられないような、頬が緩んで締りのない顔になっているのが自分でもわかるような、それでいて突然泣きたくなるようなおかしな気分になる。まるで自分が壊れてしまったかのようだとルカは思った。
知らなかった――恋をすると、人はこんなふうになるのだ。
昔、といってもほんの五年ほど前のことだが、クラスメイトの可愛い女の子のことを好きだと思っていた時期があった。でも、そのときはこんなふうにはならなかった。ただ一緒に遊べれば嬉しく、手を繋いで歩けば自慢だっただけだ。
今は違う。これからもずっと同じ部屋で着替えたり、寝起きしたりしなければいけないのだと思うともう頭が破裂しそうだった。そんなこと無理だ、このままでは自分は気が変になってしまうと思った。
目覚めてすぐに焼きつけた夢の記憶をもう一度思いだす。抱きしめた感触、触れた唇の柔らかさ――知らないはずのことなのに、どうして夢であんなにリアルに再現されるのか不思議だった。指で確かめるように自分の唇に触れ、うっかりその先を想像してしまい勃起していることに気がつく。
激しい自己嫌悪に陥りながら、これはどうしたら収まるのか考えた。マスターベーションの経験はあったが、いつテディが戻ってくるかわからない今はそんなことをしていられない。しょうがないのでブランケットをかぶって横になり、カーテンの隙間から入る朝の光を避けるように、壁のほうを向いて目を閉じた。
――浮かんでくるのは、やはりテディの顔だけだった。
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