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Year 11 / Autumn Term 「温度差」
「――ほっといて! ルカになんかわからないよ!!」
ばたんと叩きつけるようにドアを閉め、部屋を出ていったテディにルカは頭を抱え、深く溜息をついた。
夏期休暇 も終わり、ブランデンブルク邸から寮 へ戻ってきたふたりを待っていたのは、GCSE試験の結果を通知する封書だった。ふたりして同時に開け、テディはがっくりと肩を落とし、満足そうな笑みを浮かべていたルカの顔を見てさらに消沈した面持ちになった。それに気づいてルカは優しく声をかけ、また次があるんだからと慰めた。
逆効果だった。
ブリストルの家に滞在中、階段で倒れたあとテディは寝こみ、熱がひいてからも少し情緒不安定気味だった。
庭で犬たちを遊ばせているとき、お茶や食事のあと部屋に戻るとき――テディはやたらとルカに甘えるように接近するようになった。ルカが家族の目を気にしてそれを突っぱねると、テディはだったらと部屋でふたりきりになりたがった。
しかし、部屋でふたりきりのときでもルカは軽いハグ以上のことはしなかった。
ルカの愛しい恋人に触れたいと思う気持ちは、おそらくテディ以上だった。だからルカは、家に帰ってからずっと自分を律していたのだ。触れたら最後、止まらなくなってしまうとわかっているからである。
なのに、テディはその気持ちを理解してくれず、ルカは苛立った。
まるで駄々っ子のようなテディに呆れ果て、相手にせず放っておくと泣きながら謝ってきて、まだ自分のことを好きでいてくれるかと問う。そしてルカが愛してるよと答えると、また過剰に甘えてくる――その繰り返しだった。
こんこんとノックの音がした。はい、と返事をする前にドアが開き、ジェシが顔を覗かせた。テディが部屋を飛びだしていったあと、そのまま立ち尽くしていたルカははっと我に返ったように踵を返し、いつものチェアに腰掛けた。
「おかえりなさい。お土産を持ってきたんですけど……今、まずかったですか?」
「いや……いいよ。入りなよ」
おじゃまします、と云って歩を進め、ジェシはルカの眼の前にあるテーブルに紙袋を置いた。
「これ、エクルズケーキとマドレーヌです。おふたりでどうぞ……って云うつもりだったんですけど……。テディ、どうしたんですか」
さっき走って寮を出ていくのが見えましたけど、とジェシが云うのを聞き、ルカは困った顔で肩を竦めた。
「GCSEの結果が思わしくなかったらしくて……まあ、それはわかってたはずなんだけどな。失敗した。俺はなんにも云うべきじゃなかったんだ」
「なに云ったんです?」
「また次があるって……。悄気 るなって云いたかったんだけどな」
「ルカは、結果どうだったんですか」
「BがひとつにAがみっつ、あと、A * がひとつ」
「……なにも云わないのが正解でしたね」
はぁーっと大きく溜息をついて、ルカは天井を仰いだ。
「でもさ、別にそれに限ったことじゃないんだよ。あいつ、最近ちょっとおかしくてさ。なんか、精神的に不安定な感じっていうか」
「普段からちょっとそんな感じがすることはありましたよね。ひどくなってるってことですか?」
「ああ、おまえも気づいてたのか? でまあ、ちょっとひどくなってるっぽいのは俺んちにいて、親とかに気を遣ってるせいだと思ってたんだ。あいつ人見知りだし、熱だしたりとかもしてたしさ。で、やっと寮に帰ってきて、もう元に戻るだろうって思ってたら……これだよ」
そう云ってルカは、まだ荷物も開けてなかったことを思いだし、床に置いたままの袋から7UPの缶をふたつ取りだした。一本をジェシに渡し、ぷしゅっと開けて一口飲むと、ふぅ、と息をつく。
「俺と一緒にいられない休みなんかいらないなんて可愛いこと云ってくれててさ、俺んちで一緒に過ごせればきっと喜んでくれると思ってたんだけどな……。俺、また間違ったのかなあ……」
「さりげなく惚気るのやめてくださいね。でも、ルカの家にいるあいだテディはずっと様子が変だったんですか? なにか楽しそうにしてたりすることなかったんですか」
「いや、音楽聴いたり楽器触ったり……、犬や猫と遊んでるときは楽しそう……っていうか、落ち着いてた気がするな。それに、お茶の時間は楽しみにしてた。うちの叔母が毎日ケーキを作ってくれるんだ。あと、午前中だけ家庭教師 が来てて勉強やらされてたんだけど、おかげでテディは苦手だった因数分解、完璧に解けるようになったよ。だから……やっぱり、あれかなあ……」
頬杖をついてうーんと唸るルカに、ジェシも腕組みをして首を捻った。
「話を聞いてると楽しい休暇が過ごせてたんじゃないかって感じですけどね。なんでテディが調子を崩すのかわからないくらい。……あれって、なにか心当たりあるんですか」
「うん、やっぱり家族がいるからさ……ほとんどキスもなんにもしてないんだよな。もちろん寝室も別だったし、寝つけなさそうなときに傍にいてやったりはしたけども、俺もそこで中途半端なことしたら我慢できるかどうか――」
「わーっ、そういう話はしちゃだめですっていつも云ってるのに!」
「おまえが心当たりって訊くから……。でまあ、それでちょっとスキンシップ不足? みたいな感じで不安がってるのかなって気もしてたんだ。だからやっとこの部屋に帰ってきて、しっかり抱きしめてやろうって思ってたのに……」
うまくいかないもんだな、とルカは真面目な顔で呟き、まるで酒でも呷るかのように7UPを飲んだ。
夕方近くになって部屋に戻ってきたテディは、当たってごめんとルカに謝った。ルカはほっとしてテディを抱きしめ、まだ片付いていなかった荷物の整理を手伝ったりした。テディはまだなにか考えこんでいるのか元気はあまりなかったが、ルカはもう特になにも云わず、静かに過ごすよう努めた。
そして、夜。
点呼が済んで数分が経った頃、ルカは「テディ……」と小声で呼びかけ、起きあがってベッドから脚を下ろした。
「そっちへ行っていいか? テディ」
返事はなく、もう眠ってしまったのかと思いながら、ルカはそっとテディのベッドへ近づいた。すると、かちりとランプの引き紐 の音がして、淡いオレンジ色の光がテディの顔を照らしだした。
「しばらくここにいていいか?」
「……うん」
じっと自分を見るテディの目を見つめ返し、ルカはブランケットを捲りそのなかへ躰を滑りこませた。場所を空けるように壁側にずれたテディのほうを向き、左肘をついて頭を支え横になる。ルカは目許まで届きそうなテディの前髪を撫であげ、額にそっとキスを落とした。
「髪、伸びたな」
「毎日見てるのに?」
「こんなふうにおまえの髪に触るの、久しぶりだからさ」
指で梳くように頬にかかる髪を耳にかけてやり、そのまま頸筋に触れる。そして、そのまま喉許へと指先を滑らせ、ルカはテディの下唇に親指で触れた。
じっと見つめあったまま、テディがその指に唇を押しつけた。
ゆっくりと顔を近づける。同じ速度で瞼を閉じてゆく。唇を重ね、お互いにその柔らかさを確かめるように何度も喰みあうと、ルカは舌を差し入れた。テディもそれに応え、ふたりして夢中で息を奪いあう。
夏のあいだずっと衝動を縛りつけていた箍 は弾け飛び、ルカのなかの雄が暴れだした。激しく口吻け、ルカはテディの上に伸し掛かった。頸筋に吸いつき、薄手のプルオーバーを胸許まで捲りあげる。つんと尖った胸の飾りにキスをし、軽く歯を立てるとテディが「んっ」と声を殺して身を捩った。ほっそりとした躰のラインを辿るように右手を背中から腰、さらにその下へと滑らせ、片手で口許を覆っているテディの潤んだ瞳を覗きこみ、熱を伝えるように呟く。
「好きだ……。可愛いよ、テディ……」
右手が丸みを帯びた柔らかな感触の奥へと向かう。左手で胸の果実を愛撫しながら脇腹の辺りにキスを浴びせる。そうして穿いているものを脱がせようとしたとき、それを避けるように身を捩り、テディがルカの肩を掴んで押した。
「いや……っ、いやだ、やめて――」
いきなりの抵抗に、ルカは困惑気味にテディの顔を見た。
「……どうした?」
テディはプルオーバーの裾を掴んだ手を押さえるような恰好で、躰を強張らせていた。
「テディ?」
「い……いやだよ、なんか……いやなんだ。したくない」
「いやって……俺、なにか気に入らないことしたか? どこか痛かった?」
「そうじゃない。そうじゃないけど……ごめん、今日は無理」
きっぱり無理と云われてルカは大きく溜息をつき、がっくりと肩を落とした。
「おまえがそう云うならしょうがない。わかった。……おやすみ」
気分も下半身も大いに盛りあがってからの拒絶に理不尽さを感じないではなかったが、ルカはなんとか感情を抑えて自分のベッドに戻ろうとした。しかし。
「ルカ……待って。ここにいて」
「はぁ?」
聞こえてきたそんな言葉に、ルカはわけがわからないという表情で振り向き、テディの顔を見下ろした。
「いてって、おまえがいやって云ったんじゃないか」
「いやなのは……、ただ一緒にいて、くっついて眠りたいんだ……そういうのはだめなの?」
「くっついてって――」
ルカは呆れた。「おまえ、いま俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ? そのくらいわからないのか。俺にこの状態で、なにもしないでただ隣で寝ろって云うのか? それこそ無理だろ、考えろよ」
「……セックス、しなきゃだめってこと……?」
「最初からただ一緒に寝転がってただけならそれもいいさ。でも、途中までしてやっぱりだめはないって云ってるんだよ、おまえだって同じ男なんだからわかるだろ」
子供のように拗ねた表情をするテディに、ルカは落ち着こうとするように息をひとつ吐き、背を向けた。が。
「わかった。悪かったよ……していいから、ベッドに戻って」
――今度は怒りを抑えきれなかった。くるりと振り向き、ルカは「ふざけるな!」と声を張りあげた。
「ルカ、声が大きい――」
「なんだよしていいからって! おまえがいやって云ったからやめたんだぞ、やっぱりしていいって云われて俺が喜んですると思うのか? おまえ、俺がいったいどれだけ――」
びくっとテディが半身を起こし、ルカを見つめる。うるさいという合図なのか冷やかしなのか、隣の部屋から壁を叩く音が響いた。ルカは口を噤み、テディから目を逸らして、ぼそりと独り言のように呟いた。
「……こんなにおまえのことばかり想ってるのに、ときどきわからなくなるよ……。おまえは本当に、俺と同じように俺のことを好きでいてくれてるのかなって」
「好きだよ、そんなの、決まってるじゃない。ただ、ルカが俺にしてくれてるほどのことは返せてないかもしれないけど……だから、今も悪かったなって思って――」
「悪かったと思ったからしていいって? 『していい』か、なんか、勝手にしていいって云われてるみたいだよな。ああ、そこがわかってないから、俺がいやって云われて我慢したのがわからないんだな。おまえは……ガキだよ。もうちょっとおとなになれよ。これじゃ俺はおまえの恋人っていうより、保護者かなにかみたいだ」
手厳しく云われてショックを受けているのか、テディは自分を見つめたまま黙ってしまった。その顔を見て、ルカは少し胸が痛むのを感じた。
「もう寝よう」
テディから目を逸らすように踵を返し、ルカはゆっくりと自分のベッドへと歩いた。
がっかりしたり怒ったりしているうちに、血を滾らせて暴れていた内なる雄はおとなしくなっていた。なんとなくすっきりしない気分で眠れそうにないなと思いながらベッドに入ると、そのタイミングを見計らったかのように、部屋のなかをほんのりと照らしていた淡い灯りがふっと消えた。
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