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Lower 6th / Autumn Term 「覚悟」
話を終え、校長や司祭たちはルカたちの処分について、じっくり検討した上で明日の朝、通常授業が始まる時刻に校長室で伝えると云った。
談話室を後にし、クリスティアンと肩を並べて歩きながらルカは「おやじ……ありがとう」と、心の底から礼を云った。が。
「ほっとするのはまだ早いぞ。まったくおまえは、人が好いというか善良すぎて抜けてるというか」
「は?」
「クリスマスにモバイルをやっただろう。なぜ学校から連絡がくる前に電話してこなかった」
ルカは、そういえばそんなことはまったく思いつかなかったと気づいた。救急車を呼ぶときもそうだったが、まだ持っていることに慣れていないのだ。だが同時になんのために電話を? とも思った。学校より先に知らせることで、なにかが変わったのだろうか。
「ごめん、モバイル没収されちまった。まあ、落ち着けば返してもらえると思うけど……。っていうか電話ってなんで? 俺は、今日おやじが来てることにびっくりして、それでもう学校が知らせてたんだなってわかったくらいで――」
クリスティアンはちらりとルカの顔を見て、ゆるゆると首を横に振った。
「な、なんだよ」
「そりゃ真っ先に連絡は来るさ。おまえ、自分がなにしたかほんとにわかってるか? 一歩間違えば殺してたんだぞ」
「……それは……、反省してる」
「まあ、おまえが人殺しになったって俺のやることは同じだが……そんなことよりもなあ……」
中庭に面した外廊下で立ち止まり、クリスティアンはしとしとと雨が降る空を見上げた。本校舎のエントランスを挟むように立つ街灯が、ぼんやりと父の顔を照らしだしている。
立板に水という感じで司祭たちの云うことを論破していたときとはまったく違う、深刻そうなその表情に、ルカはふと不安になって「なんだよ」と訊くともなく呟いた。
「アディが、ぶっ倒れた」
「おふくろが!?」
「あの莫迦校長、ほとんどパニック状態で慌てふためいて電話してきたらしくてな。俺がアディから聞いたまんまを云うと、ルカが教師を大怪我させて今は救急車で生死が不明で、男の子の恋人がいてその子と教師が淫らな行為をしていたのを見て椅子で殴ったって、半狂乱でな」
ルカはそれを聞いて蒼くなり、一瞬後には校長への怒りで真っ赤になるほど目が眩むのを感じた。そんなことをいきなり電話で捲したてるなんて――普通は、息子さんがちょっと暴力沙汰を起こしたので学校まで来てくれとか、多少ぼかして伝えるものではないのか。もしも電話にでたのが年老いた祖母だったら、どうするつもりだったのだろう。
「で、まあ、あとから淫行野郎は命に別状はなかったって連絡がきたんで、そこはなんとか安心させたんだが……。おまえに男の恋人がいたってところが、ちょっとな」
「で、おふくろは大丈夫なのか?」
「ああ、ショックで卒倒しただけなんで、別に躰がどうってことはない。パメラがちゃんとついててくれてる。だが……アディもなあ、頭じゃわかってるんだよ。だけど、染み着いた感覚ってのはなかなか思うようにはならんものでな」
ルカはクリスティアンの顔を見た。
「おやじは、なんとも思わない?」
「なにをだ?」
「なにをって、だから、俺がバイだってこと……」
「なんだ、バイなのか。もうその歳で男も女も両方経験あるってことか、さすが俺の息子。もてるな」
「ちゃかしてる場合かよ……」
クリスティアンはふっと笑って、ルカの頭をくしゃっと撫でた。
「アディは単純に大親友だと思ってたようだが、俺はおまえがあの子を連れてきたときから、あの子に惚れてるんだなってわかってたよ」
「えっ」
「だって、おまえはあんなふうに誰かに気を遣ったり面倒をみたり、あれこれ世話を焼くような性格じゃないじゃないか。ひどい面倒臭がりで、小さい頃は散らかしたおもちゃをあとでひとりで片付けるのが嫌だからって、遊ぶときは必ず友達の家のほうに行ってたし」
「そうだっけ?」
「そうだよ。だから、ああこいつ、この子のためならなんだってするーって気持ちがだだ漏れだなって思って見てた」
からかうように云われ、ルカは思いきり仏頂面をしてみせた。そこまで云われるほど、テディに尽くしていたつもりはないのだが。
「――さて」
真面目な口調に戻って、クリスティアンは本校舎のほうを振り返った。「俺はそろそろ行くよ。おまえも早くあの子の様子を見に行ってやれ。あの子の家からは、結局誰も来なかったからな」
「誰も? ……そうか、くそ……ひどいな。本当にとことんほったらかしだ」
「電話で連絡はついてたらしいんだがな。まあ、さすがに退学ってことになれば迎えには来るんだろうが」
その言葉を聞いて、ルカはまさかと眉をひそめた。
「退学? ……おやじは、そうなると思うのか」
息子にそう訊かれ、クリスティアンは苦々しく唇を噛みしめた。
「わからんが……覚悟はしておけよ。世の中、なかなか理屈通りにはいかないのさ。臭いものがあれば、清掃するよりコストが安いからって蓋を閉めるほうを選んでしまう。要は臭わなきゃいいんだってな。莫迦げてるが」
じゃあ、また明日な、と云ってクリスティアンは本校舎の裏へと消えていった。車はその辺りに駐めてあるらしい。今夜はブリストルへは帰らず、メイフェアにあるホテルに宿泊すると云っていた。自分のために仕事の都合をつけて駆けつけてくれたのだと、あらためて父に感謝する。
白いライトの光で雨粒を照らしながら、黒いマセラティ・クアトロポルテが舗道を走り去っていく。ルカはじっと佇みそれを見送ってから、小雨の降る中庭を足早に横切り、寮 へと戻った。
テディは意外と落ち着いた様子だった。
校長が云っていたように血に濡れていた床は綺麗に清掃され、もうなんの痕跡も残っていなかった。散らかっていた部屋のなかもきちんと片付けられていて、テーブルの上にコーラの空き缶と煙草がある以外はまったく整然としたものだった。
いつも着ているスウェットのパーカーを羽織り、ベッドに腰掛けたテディがあまりにも静かに穏やかな表情をしていて、ルカはなんだか胸が騒つくのを感じた。
隣に腰を下ろし、なにも云わずに背中に手をまわす。するとテディは、こつんとルカの肩に頭を凭せかけた。
「ルカ……もしも、いやじゃなかったらでいいけれど……、一緒に寝て……」
厭なはずも、拒否する理由もなかった。灯りをおとし、ルカはベッドのなかでテディをしっかりと抱きしめた――今はただ、愛しい者とひとつに融けあって、なにも考えずにいたかった。静かに、だが激しく息を奪いあい、テディが滲ませる歓喜の涙を舐めとる。
ふたりはその晩、そのまま体温を分けあって朝まで眠った。
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