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第2話

「それこそ丑三つ時だった。ぴたぴたぴたとスリッパの音がする。コンクリートの廊下を向こうから誰か歩いて来るんだな。濡れているのが滴る水音でわかったよ。外ではザーザー雨が降っている。  私は……センズリって言い方も古いか。まあ、オナニーをしていたのさ。たまっていたし……上京したばかりで広い部屋に一人きりだ。寂しかったのかもな。  と、とんとんと扉をノックする音がして、丸い真鍮のドアノブががちゃりと回って戸が開いた。 廊下の常夜灯の薄明りしかなかったのに綺麗な奴だと思ったよ。それこそ水も滴るいい男だったな。いや美少年と言うべきか。  布団にもぐり込んで励んでいた私は、手を止めて見惚れてしまったよ。 〝ごめんね。濡れちゃって。手拭いを貸してくれないかな?〟  胸に響くいい声だった。  手拭いだよ。いや、もちろん当時だってタオルを使っていたが、何故か手拭いと言い慣わしていたな。 あわてて自分の箪笥からバスタオルを出して貸してやったら、彼はくすくす笑って下を見るんだ。  私のパジャマのズボンは勃ち上がったヤツですっかりパンパンになっていたからな。 〝変な時に来てごめんね〟  と謝りながら手を伸ばされて……他人にやってもらうなんて初めてだった。  それでなくてもイク直前だったから、あっという間に弾けてしまったさ。彼はバスタオルでそれを受け止めてくれたよ。  そうして改めて両手で身体を抱かれた。華奢な指だったな。指先のかすかな動きが肌にぞくぞくするほど伝わってくるんだ。 そうして口づけをされたよ。ファーストキスってやつだ。  生まれて初めての口づけは、脳天が痺れてくらくらしたよ。ああ、あんな極上の……天国に逝くようなキスは今に到るも経験したことがない。  薄紅色の唇が舌と共にねろりと動くのさ。蠱惑的に私の唇を弄び……口だけで既にセックスをしているようなものだ。 舌先が唇を割って口の中に入って来てぬらぬらと歯列の裏も舌裏もいやらしく這い回って、しまいには舌を強くぢゅうぢゅう吸われて……。  大したもんだね十代ってのは。それだけでまた勃つんだから。彼もまた勃起していた。二人のものを二人の手で握って同じリズムでしごき上げるんだよ。夢のような夜だったよ」  ジジイは颯太の肩がまるで逸物であるかのように、リズムをとって撫で擦っている。  それだけで何故だか股間のものが痛いまでに勃ち上がっている颯太である。 「ほら、こんな具合にね……」  と耳元で囁いて、ジジイはデニムの中で捕らわれの身になっている颯太の分身を取り出した。そして、自分のものも出して合わせると握って上下に手を動かす。 「んふっ」と変な声が出そうになるのを堪えると、 「声を出さなきゃダメだよ。感じたらちゃんと伝えないと。二人の初めての共同作業だよ」  ふふふと笑い、ジジイは手の動きを倍速にする。  応じたわけでもないけれど、 「あうっ、ん……んっ、は……」  颯太の口からは声が漏れている。他人に擦られる自分のものは、いよいよそっくり返って自信満々の体である。  気づけばジジイは耳元で囁きながら、颯太の耳朶を唇で舐めたり歯でやわやわ噛んだりしているのだ。もう一方の手はいつの間にかパーカーやトレーナーの裾から中にもぐり込み、肌をやわやわ愛撫している。  その度に「はうっ」と息が漏れてしまう繊細な手の動きである。やがて指先は乳首に辿り着き、あちらとこちらを交互に撫でたり摘んだりしている。  そしてジジイは颯太の前にひざまづくなり鈴口に接吻した。先端を舌先で舐め回した揚句、深々と全体を口中に納めてしまう。 「あッ……だめッ、ヤッ……イク! やめっ……」  必死で白髪の頭を掴んで放そうとする。切羽詰まっているのだ。今しも他人の口中に出してしまいそうである。あり得ない。  けれどジジイはじゅぱじゅぱと音さえたてて颯太のものを強く吸引する。  あっという間に昂みが訪れた。遠ざけようとしていたはずの白髪を鷲掴みにしてぶるっと背筋を震わせる。  見知らぬ他人の中に熱いものを吐き出してしまう。ジジイはためらいもなくそれを嚥下していた。  早春なのに異様に暑い。颯太はうっすら汗をかいて顔も身体も熱く上気している。ジジイはと言えば、ブリーフケースからお茶のペットボトルを出して飲んでいる。差し出されて颯太も思わずごくごくお茶を飲む。〝甘露〟という言葉を思い出す。 「私はまだだな。いや、君はさすがに若いな。まだまだイケるだろう?」  と微笑んだ唇を寄せて来る。かつてのファーストキスさながらに唇を弄んでは舌をぢゅうぢゅう吸って来る。すると言われた通りに颯太のものはまたむくむくと勃ち上がるのだった。 「彼は北海道から来たそうだ。飛行機が飛ばなくて入寮が遅れたとか言っていたけど」  にわかに言われて戸惑う。イク前にしていた話?  ……寮の同室者の話だった。 「昭和はそんなに飛行機が欠航したんですか?」  そう訊く颯太はもはやデニムも下着も膝まで下げている。まるでトイレから身支度せずに飛び出して来たような恰好なのに、まだ敬語を使っているのだった。 「まさか。そんなに何日も飛行機が飛ばないはずがない。まあ、何か家庭の事情があったのかも知れないな。彼の母親とはやがて親しく話すようになったけれど、家族はちょっとね……」  ジジイはしみじみと颯太の尻を撫で回しながら語り続ける。気がつけば、指先は尻の奥の方までまさぐっている。 「……やん!」 と甲高い声が出てしまうが、 「いや、痛くはないだろう」  とジジイはまるで躊躇しない。二本か三本か知らねども指はじわじわ前進しては奥を探求する。 「あふっ!」  全身がのけぞるような衝撃が走る。痛いわけではない。それこそ脳天がじんじん痺れるような快感?  ……そう、次第にそれは快感だとわかって来る。体内のどこかに敏感な場所がある。ジジイは確信をもってそこを押したり撫でたりしている。 「あっ、あっ……あうぅ……」 「いいかい? ここが感じるかい?」 「う……ゔゔ……ひ、いぃ……ぐっ……」  骨ばった指先が動くたびに颯太は身を剃り返らせたり震えたりしている。下半身ではまたも強張ったペニスから滴るものがある。  上半身でもだらだらと涎を垂れ流している。もはや何ひとつ自分では制御できずに、ただただ喘ぎ悶えている。  手を誘われて颯太もジジイの陰茎に触れてもみれば、なるほど加齢とは悩ましいもので、ようやく勃ち上がったばかりだった。それをジジイは颯太の臀部から中心にあてがう。 「や……何? それ、無理……」 「大丈夫だよ。ゆっくり行くから」  と背後から何かがじんわりと押し込まれる。「ひっ!」と声を上げる颯太にジジイの話はまだ続く。ずんずんと進んで来る下半身の動きと、上半身の長閑な語りとはまるで同調していない。

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