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第1章 第6話 縛っていたのは自分 

「すぐる君起きている? 大丈夫かい? めっちゃおいしい大阪名物の豚まん買ってきたで。一緒に食べよか?」  朝比奈が僕を心配してお見舞いに来てくれた。以前、僕が食べたいと言っていた豚まんを手土産に持ってきてくれたのだ。忘れずに覚えていてくれたのが嬉しい。 「これな、凄い美味そうな匂いするやろ? 電車乗ったらその号車は豚まんの匂いで充満すんねん。ちょっと目立っちまうねんな。それでな。お腹が減ってる時に隣の人がこれ持ってたらめっちゃ最悪でな……」  朝比奈はテンポよく話すのが上手だ。それも面白おかしく盛って話してくれる。TVのお笑い番組とかは、シナリオがあって成り立ってるんだと思っていたけど、シナリオがなくてもこんな面白くて人を惹き付ける話術ができるっ人ているんだな。これはまさに才能だと思う。僕は久しぶりに声を出して笑った。でも朝比奈がいるのにハジメは部屋に来なかった。引きこもってる僕の気分転換をさせようとしてくれたのだろう。 「……朝比奈さん。あらためて先日はありがとうございました」 「かまへんよ。これでハジメに貸しができたさかいに。くっくっく」 「あの、今回の事は僕に責任があるのでハジメにはあまり無理言わないでくださいね」 「ふうん。ハジメが気になるん? 少しは自覚したんかな?」  朝比奈のいじわるっぽい言い方にはもう慣れた。嫌味で言ってるんじゃなくてからかってるんだとわかったからだ。朝比奈は黙っていたら深窓の美青年に見える。そのせいで過去にいろいろあったらしい。だから無意識に辛辣な発言をして辺りを警戒してしまうようになったと本人から聞いた。見た目と違うんだぞ。甘く見て安易に近づくなよということだろう。 「自覚ですか? その、ハジメにはいろいろお世話になってて……えっと」 「じれったいなあ。傍から見てたらええかげんにしいって思うわ」 「はあ? ええかげんにとは?」 「ええかげんにしぃはいい加減にしなさいよって事。なあ、ハジメが嫌いか?」 「嫌いじゃありません」 「ふふ。はっきり言えるようになったやん。ハジメに触られてドキドキしたことはないか?」 「……あります」 「俺はすぐる君はハジメと会う事でオメガに目覚めたんやないかと思ってるで。」 「え? 目覚めた? 僕がですか?」 「すぐるは運命の|番《つがい》って知ってる?」 「運命の|番《つがい》?」 「運命の番とは会った瞬間に互いに惹かれあってしまう、唯一の相手らしい」 「唯一の相手ですか?」 「そうや。その時にもしもつきあっている相手がいたとしても運命の|番《つがい》が現れたらその|番《つがい》のことしか考えられなくなるみたいやで」    ズキっと胸が痛んだ。じゃあハジメが誰かとつきあっていても運命の|番《つがい》というのがあられたらそちらに気持ちが移ってしまうってことなの? 「そんなの怖いです」 「そやけど、そんな相手に巡り合えるかなんて一生に一度あるかないかやで。そういう大事な相手みつけたんなら手を離したらあかん。俺はすぐる君とハジメこそ運命の|番《つがい》やと思う」 「そ、そうなんでしょうか? 」  これはどういうことなのだろう。朝比奈は僕にハジメを譲ろうとしてくれているの? 番とか言われてもよくわからない。話を聞けば聞くほど混乱してしまう。 「はぁ。まだわからんって顔やな? まあオメガやって自覚したのも最近やからなぁ。でもな、今のすぐる君の状態を見る限り、もうすぐ初めての発情期がくるんちゃうかな? 微熱が続いてるんやないの? 俺もオメガやさかいな。発情前の様子はよくわかるねん。なんかあったらすぐに言うてな。相談にのるからな」 「まだ慣れなくて。本当に僕はオメガなんですね……」 「そんな暗い顔するなって。オメガだって人間や。ベータとアルファと同じ人間なんや。卑屈になる必要はない。逆にアルファを手玉に取ってやるぐらいの気持ちになったらええねん。すぐる……あんたは何に縛られてるんや? 」 「え? 縛られてる? 僕が?」 「そうや。案外縛ってるのは自分自身かもしれへんで」 「僕自身? 僕が僕を縛っている?」  それからしばらくしてから僕は微熱をだした。朝比奈の言う通りに発情期が来るのだろうか。体がだるい。ハジメに会うとドキドキが加速する。これはオメガの体質のせいなのかと考えると不安になる。  自然と僕はハジメと距離を取るようになってしまった。お互い顔を見ると安心はするがそれ以上は近寄らないし、二人とも意識しすぎてしまう。  ハジメはあれから僕に触れても来ない。日中は大学の課題やとりとめのない事を話し、ハジメは夜になると隣の部屋に行ってしまう。僕はまだこの部屋とトイレと風呂場しか移動ができない。以前のように外に出るのが怖くなってしまったのだ。それなのにハジメの匂いが恋しい。僕はどうなってしまうんだろう。怖い。変化するのが怖くてたまらない。同じオメガだったという母さんならこういう時にはどうしただろうか?  そんなある夜、僕は夢を見た。  夢の中で僕と似た青年がほほ笑みかけてくる。 「すぐる。久しぶり。大きくなったね」 「……母さん? 母さんなの?」 「ごめんね。すぐるに重荷を背負わせてしまって。父さんは本当はわかってたんだよ。僕がオメガだっていう事を。お前が出来た時も最初は戸惑ってはいたが、孫の顔を見て喜んでいたのも知っている。心の中ではオメガを受け入れてたのさ」 「じいちゃんが?」 「そうだよ。ただ、僕らの前では本音を言えなかったのだと思うよ」 「母さん。母さんごめん。僕が産まれて母さんが苦労したんじゃないかって。じいちゃんだって僕がオメガだとわかったら辛いんじゃないかって。そう思ったら僕……」 「すぐる。僕は君が産まれて来てくれて幸せだった。君は僕が愛した人との子供なんだよ。君のすべてが僕の生きる証だった。だからすぐるも自分に正直に好きに生きて欲しい」 「母さん……僕はオメガでもいいの?」 「当たり前じゃないか。すぐるがオメガになったのは僕の子供だからかな? ごめんね。悲しませて。でも前を向いて歩いて行って欲しい。君の未来は君だけのものだ。君の幸せが僕の幸せだよ」 「母さん。母さん……」 「愛してるよ。僕の可愛いすぐる。幸せになってね」 「母さん……ありがとう。僕も母さんに負けないぐらい人を好きになってみるよ」  母さん。僕を産んでくれてありがとう。

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