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第2章 第3話 庇護者
しばらくして俺は亜紀良 と共にアルファの総会とやらに出向いた。
「うん、よう似合う。今日の主役は君やからな」
俺は亜紀良が選んだ白のタキシードを着ている。
「いえ、まだ服に着せられている感じです。自分で着こなせていないのが悔しい」
「ふふ。ええ返事や。大丈夫や、中身が伴えば自ずと着こなせるようになる」
対して亜紀良はブラックのスーツだ。しかも光の加減でクロコダイル柄が浮かび上がる隠し模様が入っている。ネクタイは真紅でポケットチーフはオーガンジーのレースだ。一見すると派手になりそうな出で立ちだが、亜紀良が着ると小粋に見えるから不思議だ。
「僕が良いと言うまでこの仮面をつけといてくれる? 君はまだ未成年やから」
渡されたのは目元を隠すような仮面。
「仮面舞踏会みたいやね」
「ははは! マスカレードやな!」
オメガには発情期がある。もちろん抑制剤もあるが薬に頼ってばかりじゃなく、発散させるのが一番やと、亜紀良は言う。
オメガは個人差はあるが発情期がくると3~7日は動けなくなる。その間の生活を見てくれて熱も発散できる相手の事を庇護者というらしい。もちろん同意の上というのが前提だ。
外観は外からは何も見えない、黒い分厚いドアのあるビル。そこに亜紀良がカードをかざすと扉があき、中に黒服を着た筋肉質の男が二人出てきた。ガードマン? やたらと警備が厳重やな?
「高塚様いらっしゃっいませ」
「ああ。久しぶりやね」
「皆様お待ちでございます」
なんだか緊張する。
「いいかい。僕の側を離れたらあかんで」
耳元で言われ、ドキドキする。亜紀良の声はバリトンで身体の奥に響く感じがして心地良い。
中に入ると大きなサロンになっており、立食パーティーのようだった。俺でも知ってる著名人達やどこかで目にした方々ばかりだ。
「よう! 亜紀良久しぶりやな」
「ちっ。面倒な奴が来たな」
確かこの人は大御所と言われる俳優さんやったはず。。
「今度の子はどんな感じなんだい? 姿勢もいいし可愛い唇だね」
「今度の子?」
俺が疑問を口にすると亜紀良が苦笑する。
「僕は慈善事業もしていてね、ときどき将来有望な子にパトロンを見つけてあげるのさ」
「……慈善事業?」
「そうそう。亜紀良の目利きは確かだからな。ここから有名なモデルや俳優に巣立った子もいるんだよ」
「それって……パトロンってまさかウリとか……?」
俺は顔面蒼白になった。まさかここは売春倶楽部だったのか?
「ああ、誤解しないでくれるか。ここにいる人間は人格者ばかりや。無理やり若い子を手籠めにしたりとかはないから。このサロンには紳士協定の規約があってね、守れないやつは追放される。ここで皆んないろんな人脈や情報交換するのがひとつのステータスやねん。それをみすみす手放すやつはおらんさかいに」
「ははは。その通りさ。アルファの中でも更に有能な者しか参加できない総会だからね。我々はここに入る為にかなりの手順を踏んできた。その苦労を水の泡にする気はないよ」
俺にはわからん世界や。それにこんな私利私欲が渦巻いてそうな亜紀良が嫌がりそうな世界やのになんでこんな場所に俺を連れてきたんや。
「まあ、そんな顔すんな。言いたいことはわかる。だが庇護者を見つけるにはここが一番安全なんや」
「庇護者? その子はオメガなんか?」
「そうや。それにこの子は僕の身内や。これがどういう意味か分かっとるやろ?」
「それは……怖いな。でもそれだけの価値のある子というわけか」
「打算はやめときや。命がいくつあっても足りへんで」
いきなり目の前ではじまったバチバチの攻防戦に戸惑いを通り越して腹が立ってきた。俺の事を決めるのは俺自身やろ?
「なんやようわからんが。俺の事なんやろ? だったら俺に選ぶ権利があるんやないか? おっさん……アルファの皆さんらが勝手に騒ぐのはちょっと違うんやないか?」
「は? この子は必ず自分が選ばれると思ってるのかい?」
「ぷっはははは。さすがや、じゅん君の言う通りやな」
亜紀良がニコニコと楽しそうに笑いだす。
おそらくここに集まった奴らは金持ちで自尊心が高く、刺激を求めているか暇を持て余してる奴らだ。それに対して俺が持ち合わせてるのは、なけなしの度胸だけ。傍にあるステージの上に立ち俺はマイクを手に取った。
「俺はじゅんと言います。まだ学生ですがこれから成人するまでには親元を離れ事業を立ち上げるつもりです。だが、今の俺には何もない。今から言う事はただの夢物語で終わるかもしれない。すべては俺の度胸と運とこれから学ぶ技術にかかっています。俺は習得する事に飢えてます! あなた方ご自身が知る技術を、過去の経験や知識を。俺に教えてください。決して後悔はさせません。よろしくお願いします」
その後、別室で何人かの壮年の紳士と話をした。どの人も落ち着いた雰囲気で物腰も穏やかで育ちの良さや懐の広さを感じた。
「亜紀良君が珍しく親身になっていると思ったら、よほどその子の事を気に入ってるんだね」
「ええ。彼は僕の秘蔵っ子です」
亜紀良がニコニコと機嫌よく受け答えしている。こういう態度をみせるということは彼らはかなりの実力者達なのだろう。
「じゅん君、仮面をとってもええよ」
という事はこの人達は庇護者候補というわけか。俺は仮面を取って素顔をさらした。壮年の紳士達は微笑んで俺を見ている。
「朝比奈じゅんと言います」
「朝比奈? そうか君が高塚の長男の子か」
「父をご存じですか?」
「ああ。アレもここにはよく来るからな。なるほど理解した。アレの呪縛から離れたいんだね?」
呪縛? そうか。俺は高塚の家というものに縛られてたのかもしれない。だから家を出るだけでなく完全に独り立ちがしたいのか。
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