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その1-1

 *  講義が終わったら、できるだけ早く電車に乗れるように、教室を飛び出して、最寄駅である国中駅を目指す。それが、川辺巧(かわべたくみ)の習慣で、もう一年以上そうしている。  きょうも、四限の講義が終わった十六時半に一番近い四十六分発の電車に乗ることに成功した。座席に座りながらゆっくりと息を吐き出す。  よく、友だちに「なんでそんなに早く帰っちゃうんだよ」と言われる。その答えは「早く帰りたいから」の一択だ。反射でだって答えられる。  早く帰って、あの人といっしょにいる時間を少しでも増やしたい。学校にいるより、あの人のいるあの家に帰ることのほうが、何十倍も大事だ。あーあ、学校が目の前にあったら、一時間分、いっしょに過ごせる時間が増えるのに。それに、大学生が来てくれてお店も繁盛するかも。  夕日が綺麗な空を車窓から仰いで、早く帰りたい気持ちがまた鼓動する。きょうはどんなTシャツを着ているのかなとか(あの人は、なぜかいつも変なTシャツを着ている)、どんな話ができるかなとか、どんなご飯を作ってくれるのかなとか、とにかく会えるのがたのしみで仕方がないのだ。  十分ちょっとで稲荷木駅に着いて、電車を降りる。無人改札に定期券を通して、そこからまた走る。  早く、早く、宮司さんの顔が見たいよ。 「ただいま!」  店の戸を開けると、聞き慣れた鈴の音。そして、いつものやさしい「おかえり」が返ってくる――はずだった。 「あ、朝の人。来てくれたんですね」 「あっ、君! 宮司さん、この子です!」 「巧くん……」  カウンター席に座る人に見覚えがある。今朝、駅の構内で悩んでます感全開の顔をしたオジサンがいて、声をかけた。おもしろい噂でも流せば、店の客も増えるかなー、なんて。ちなみに、合言葉はきのうの講義で扱った源氏物語からもじってみた。  ほんとうに来てくれるとは思わなかった。それほど、深刻な悩みなのだろうか。  いや、そんなことよりも、この状況は気に食わない。カウンターでふわとろオムライスを食べている上に、宮司さんのこと「宮司さん」なんて呼んで親しくなっちゃって、あんたなにしてるんだよ。あ、きょうの宮司さんのTシャツ、お気に入りのハヤシライスTシャツですね、なんてコメントも出てこなくなる。 「オジサン、勝手に宮司さんと仲よくならないでくださいよ」 「へ?」 「宮司さんも。おれにおかえりは?」 「……あのなあ……」  紫乃が呆れた、と言いたげに溜め息を吐いた。それでもやっぱり、「おかえり、巧くん」と言ってくれる。そうだよ、おれ、それを一秒でも早く聞くために、こんな走って帰ってきているんだよ。  とりあえず、一つ空けてオジサンの隣に腰かける。バッグを足元に下ろすと、紫乃に追いやられたのか、奥からポチがとぼとぼやって来た。オジサンがいないほうの隣のイスに飛び乗る。頬っぺたを撫でてやると、細い目をもっと細くして、ふにゃあと笑った。 「巧くん」  紫乃が冷えたウーロン茶を出してくれて、礼を言う。走って渇いた喉に、冷たさがじんわりと広がる。 「この方、秋名(あきな)さんっていうんだ」 「はあ……」 「なんであんな変なこと、言ったんだ?」  らしくない顔で問われ、口をへの字に結んだ。黙っていたら完璧に高校生なのになあ、と軽口を叩けなかったのは、多少は反省しているからだ。  変なことかあ、と紫乃の台詞をなぞると、「変だよ。うちは探偵なんてやってない」と責める口調で言われた。それはそうだ、ほんとうなら、「ただの噂」で一蹴されるはずだったのだから。  一口、お茶を口に運んで、おいしい、と呟いてからグラスを置く。 「こういう噂を流せば、お客さんがもっと増えると思って」 「でもおれは、人の悩みなんて解決できない」 「だから、しなくていいんですよ。できないって言えばいいんです。相談ついでにご飯食べていってもらって、リピーターがつけば吉。そうでなくても、口コミでお客さんは増やせる。ね、秋名さん」 「え、はい」 「宮司さんのご飯、おいしかったでしょう?」  いきなり話を振られて驚いたようだったが、秋名は、一度手元の空になった皿を見て、それからはっきり、「はい!」と返事をしてくれた。  紫乃の料理は、おいしい。そんなこと、一度食べればみんなわかるんだ。それを、たくさんの人に知ってほしい。  そう、紫乃に直接伝えないのは、言ったら困った表情を浮かべるのが目に見えたから。だから、ほらね、という顔をして彼を見る。  紫乃はちょっと唸ってから、頬を掻いて、同じ手で巧の頭をわしわしと掻き混ぜた。 「……わかったよ。でも、もうこんな噂、流したらダメだぞ」 「はい」 (うれしいなあ)  朝きっちりとセットした髪だったけれど、紫乃に撫でられるのは、そんなことを気にするなんてばからしくなるくらい、うれしい。勝手に頬が緩んで、力が入らず、にやけてしまう。  拾ってもらったからじゃない。ご飯を食べさせてくれるからじゃない。言葉にできない、言いたいことをちゃんとわかってくれるところとか、だめなところはちゃんとだめだと言ってくれるところとか、照れたように笑う顔がだれよりかわいいところとか、いっぱい、紫乃のいいところを知っている。だから、紫乃のためになることをいっぱいしてあげたい。よろこぶ顔が、いっぱい見たい。  こんなことをしてまで、客を増やしたいと紫乃が思っていないことくらい、わかっていた。ここの店主は、売上だとか客数だとかを、大して気にしていない。自分の料理を食べてくれる、目の前のたった一人のために、おいしいものを作る。そんな人なんだ。だからたぶん、自分は紫乃に叱ってもらいたかったのだと思う。 「あのう……」  せっかく、二人でほっこり微笑み合っていい雰囲気だったところに、控え目な声が割って入った。 「お二人は、兄弟、とかなんですかね?」  ああ、この人がいることをすっかり忘れていた。おずおずと、それでいて興味津々な目で、秋名は巧と紫乃を交互に見遣る。  秋名が戸惑うのも、無理はない。兄弟だとしたら、似ているところがなさすぎる。互いの呼び方も不自然だ。おそらく、親戚だとでも思って尋ねたのだろう。 「ああ、おれ、川辺巧っていいます」  居候です、と言うと、秋名は目を丸くした。 「居候?」 「ええ、居候です」 「居候……」  あんまり、居候という言葉を連呼しないでほしい。ぼんやりと聞き慣れない言葉を繰り返すオジサンを眺めて、溜め息を吐きたくなる。今はまだ「居候」でしかないけれど、いつか「ここの人間」になりたいと、真剣に考えているのだから。  みやじ食堂は、紫乃が一人で営んでいた店だ。そこに巧が加わったのは、一年と少し前。今より気温の低い、三月のことだった。 「おれのばかあ……」  頭を抱えて後ろに身体を仰け反れば、嫌味なくらいに咲き誇る稲荷木駅近くの桜並木が視界の端に映り込んだ。それはそれは綺麗だったが、ゆっくり鑑賞する心の余裕は、今の巧にはない。駅の駐車場の脇に設置されたこのベンチまで並木が続いていなくてよかったと思う。八つ当たりされる桜が気の毒だ。  盛大な溜め息のついでに、反った上体を戻す。反動で頭が前に沈み過ぎたが、気持ち的にはこれくらいで丁度いい。  スニーカーの足元に、白い花弁が舞ってきていた。そよ風に揺れて、ちらちらと地面を泳ぐ。そういえば、実家近くの河川敷も菜の花でいっぱいだった。遊歩道には桜が数メートル置きに植えられていて、この時季になると花見客で溢れた。巧自身もつい先日、土手で送別会という名のバーベキュー大会をしてきたところだった。 (……だめだ、むなしくなってきた)  項垂れていたらほんとうに動けなくなりそうだ。重力に抗い、もう一度勢いよく顔を上げようとした――途端、「わっ」なんて声がして、前頭部に衝撃が走った。 「いって! なに……!」 「ご、ごめん!」 「え?」  星が散る眼前に、人の足が見えた。改めて上半身を起こすと、高校生くらいの男の子が、ベンチに座る巧を見下ろしていた。両手にスーパーの袋を持っていて、それが頭に当たったのだと思い至る。 「なんだよ、なんか用?」 「あ、いや。なんかすごい俯いてるから、どうしたのか、気になっちゃって」 (……タメ口)  巧もつい先日まで高校生だったが、少なくともこの子よりは年上だろう。ちなみに、ちゃんと、初対面の相手には敬語の使える高校生だった。  事情を話す義理はない。そもそも、どこのだれともわからない相手に絡まれて、気分がいい人も多くないだろう。そのまま無視を決め込もうとしたら、こともあろうに少年は巧の隣に腰かけて、「ここらへんじゃ見ない顔だけど」と話を振ってきた。 「……春から大学。地元はこのへんじゃない」 「ああ、なるほど。じゃあ、こんなところでどうしたんだ?」 (なんだ、こいつ。すごい変。知らないやつにこんなに話しかけてくるなんて、変だって。しかも年上だってわかってもタメ口。変だ。ついでに、そのTシャツも変。なに、ビールのイラストに上に「大人」って)  子どものように無垢な瞳が、顔を覗き込んでくる。それを見たら、内心の悪態も飲み込むしかなくなった。年下相手に余裕がないのも格好が悪い。でも心にゆとりがないのも事実だ。とりあえず放っておいてほしい。今、人生最大のミスを後悔しているところなのだから。 「はあ? 親から預かった入居費を使っちゃったあ?」 「しょうがないだろ……!」  結局、話をさせられてしまった。そして、盛大にびっくりされた。 「何度も言うけど、小さい女の子が迷子で泣いてて、放っておけなくて、なにか欲しいか聞いたらお菓子って言ったんだ。だからそこのスーパーで泣きやむまでぜんぶ買ってあげて」 「ふふ、うん」 「……笑うなよ」 「ごめんごめん。それで?」 「結局スーパーの中で親が見つかって解決したんだけど、次は外国人が駅で切符が買えなくて困ってて」 「買ってあげちゃった」 「だってあの人、ドルしか持ってなかったんだ!」  しかもその外国人のお兄さん、拙い英語で行き先を訊けば、乗り継ぎに乗り継いで、すごく遠くまで日本人の友人に会いに行くと言う。稲荷木駅で買える切符では到底辿り着けない。  頭を捻っていたところに、友人の勧めで作ったらしいICカードという宝物が財布に入っているのを発見した。チャージの方法がわからず、持ち歩くだけになっていたらしい。ちゃんと教えてやれよ……、と肩を落としつつ、足りるだけの金額を自動券売機でチャージしてあげた。新幹線が使えないのは難儀だが、乗り換えはわかっているようだったので、これでなんとかなるだろう。どうしてもとせがむので、差し出された手帳に氏名と実家の住所を書き、彼の「I will be back!」を信じて、電車を見送った。そして手元には、何円になるのかもわからないドルが残された。なぜ彼がこんなド田舎の無人駅にいたのかは、聞きそびれた。 「お人よしだなあ」  くすくすと笑われ、返す言葉もない。詐欺だったかもしれないことも、使ってから気がついたのだから、仕方ない。  そんなこんなで入居費をなくしてしまった巧は、行く宛てもなく困り果てていた。  ドルを換金する、という方法もあるけれど、いかんせん外国には関わりを持たずに育ったため、どこでどうしたらいいのかわからない。親に電話するのも、申し訳なさすぎて無理だ。不動産屋の人に事情を話したところで、親に連絡されるのがオチだろう。  解決策としては、このへんで住み込みのアルバイトを探すか、大学で野宿か、というところだ。 「行くとこないのか?」  少年に尋ねられ、くやしいながらも頷く。 「言っただろ、おれ、このあたりの人間じゃないから、知り合いもいないんだよ」 「よかったら、うち来る?」 「え?」 (今、なんて言った?)  まず一高校生の口からは出ることのない科白を聞いた気がする。 「うち洋食屋やってるから、ご飯なら食べさせてあげられる」 「え、え、まじ?」 「大まじだけど」  思わず少年の顔を見つめる。あれ、この子結構かわいい顔してる。じゃなくて、そんな勝手に、見ず知らずの人間を、いぬやねこを拾うみたいに言ってしまっていいのだろうか。戸惑って返事ができないでいると、「じゃあ、ついて来て。ここからすぐだから」と、少年は立ち上がった。思わず、その手を掴む。 「おれ、悪いやつかもしれないよ」  少年にした話に嘘はない。それに、この子の家に上がり込んで悪いことをする気も毛頭ない。けれど、ここまで警戒されないと、逆に心配になる。もうちょっと世間を疑ったほうがいいと、少なくとも巧は思うのに、少年はケロリとして舌を出した。 「君がいいやつだって、もうおれは知ってる。それで十分だよ」  ほら、早く行くよ、とついでみたいに荷物を一つ押しつけられて顔を上げれば、少年の背中はもう桜並木を歩きはじめていた。雪のように小さな花が、ふわふわと彼のいる世界を彩っている。  そうして約七分後、巧は「みやじ食堂」の看板を仰いでいた。  なにが食べたい?と尋ねられ、「ハヤシライス」と応える。少年は軽い調子で請け負って、巧にカウンター席を勧めた。 「すぐできるから、座ってて」 「えっ、お前が作るの?」 「え? うん。だれが作ると思ってたんだよ」 「ええっ?」  どういうことだろう。確かに、少年が両手に溢れるくらいの買い物をして、あれこれ自分で決めていくことには多少の違和感があったけれど、高校生なら店の手伝いくらいできるか、とも思っていた。しかし、さすがに調理は勝手にやっていいものではないだろう。  おれは「お客さん」ではないからいいのか? それとも、こんなに簡単に他人を入れられるということは、一人暮らしなのか? というか、こんな若い子が一人で店なんて経営できるものなのか?  頭の中が疑問符でいっぱいになったが、とりあえず一番近くにあった疑問を口に出してみる。 「……あのさ、ちなみに、聞いてもいい?」 「うん、なに?」 「おまえ、歳いくつ?」  二十五、とさらっと言われて、思わず口に含んだ水を吹き出した。 「二十五おっ? それは詐欺だよ、十歳くらいサバ読んでんだろ!」 「失礼だな! おれもさすがにそろそろ怒るぞ」  だって、これで二十五歳って、ほんとうに詐欺以外のなにものでもない。敬語の使えない生意気な子どもは、うっかり自分のほうだったらしい。それならば、頭でぐるぐるしていたものたちに、説明がつけられるのも事実。口の中の苦味を飲み下しつつ、改めて鍋を掻き混ぜる横顔を窺う。二十五かあ……。  しばらくして、自称二十五歳が皿においしそうなハヤシライスをよそって、巧の前に差し出した。タイミングよく腹の虫が鳴いて、笑われる。 「どうぞ、召し上がれ」 「……いただきます」  熱い顔を隠したくて、俯くように銀のスプーンを手に取った。乳白色の湯気が立つハヤシライスを掬って、口に運ぶ。  思わず、「……うまい」と、呟いていた。無意識だったと思う。  今まで食べたどのハヤシライスより、おいしかった。空腹のせいばかりではない。口内に一瞬で広がるトマトの風味と、ハヤシのこくがある旨味に圧倒される。ご飯との相性も完璧で、後味は果物みたいに甘かった。  顔を上げると、カウンターよりも一段高くなったキッチンの棚台に頬杖をつく青年と目が合った。 「うまい?」 「……はい」  最高に。と言うと、彼はまったく高校生にしか見えない無邪気な顔で、「そっか」と白い歯を見せた。 「おれ、ここで働いてもいいですか」 「給料は一日三食とお小遣い程度しか出ないよ?」 「あんたのご飯、食べさせてください」 「ふふ、タメ語はやめたんだ?」と茶化されて、苦笑した。  たぶん、きっと、このときから。 「おれ、川辺巧っていいます。お世話になります」 「店主の宮司紫乃。よろしくな」  あの日紫乃に拾われたお陰で、巧は無事この一年、大学に通い、生活している。  親にものちに事情を説明し、理解してもらった。使ってしまった入居費は、少しずつ貯めた「お小遣い」で返済したら、食堂での生活に充てなさいと手元に返ってきた。そのときの紫乃の「この親にしてこの子ありだね」と言ったうれしそうな顔は、今でも覚えている。ちなみに、外国人のお兄さんは後日、律儀に約束を守り、例の友人と共に実家に謝礼に来てくれたそうだ。  とにもかくにも、秋名は巧がふざけ半分で流した噂を信じて来てしまったわけだからと、紫乃は話を聞くと言い出すより早く、赤い暖簾の横にかかる「営業中」の看板を裏返した。あーあ、失敗した。こんなことにならなければ今頃、宮司さんといっしょに、それはもう夫婦のごとく二人で店を回していたのに。  三人でテーブル席にかけ直す。  だれも構ってくれなくて退屈なのか、ポチはふらりと奥へ行ってしまった。本音を言えば巧もポチといっしょに引っ込みたかったが、それを見越してか、紫乃にガッチリ右腕をホールドされた。……これはこれで、うれしいかも。 「秋名さん、もしよかったら、事情を話してもらえませんか? おれたちにもなにか協力できることがあるかもしれない」 「宮司さん……」 (……あんたも、大概お人よしだよ)  ほよん、とした秋名の顔を見て、また溜め息を吐きたくなる。紫乃に初めて会ったとき、「お人よし」だと言われたが、紫乃ほどではないと思う。  紫乃は、困っている人を、ものを、放っておけない。巧は彼に拾われて、ポチもどこからか連れて来て、そして今度は見ず知らずのオジサンのお悩み相談なんて。 「実は……」 「はい」 「娘に、お父さんのパンツと洗濯物をいっしょにしないで、と言われてしまって……」 「宮司さん、おれ、奥でポチと遊んできます」 「待ちなさい」  うう、こんな状況でなかったら、ぎゅう~っと抱き締め返すのに。オジサンのあまりにあほくさい話に呆れる。全力でこの場を去りたい。それでもやっぱり、腕をしっかり掴まれ、逃げられそうにない。 「だって、宮司さん! おれ、これが本気の悩みだったら、世界中の悩んでいる人に謝罪してほしい!」 「悩みは人それぞれだよ」 「そんな顔して言われても説得力ないです!」  紫乃の顔とて苦いどころではない。なんといえばぴんときてもらえるだろう、「カレー味のウン○」と「ウン○味のカレー」を選ばされて、実食する寸前って、人はきっとこんな顔をするのだろうと思う。お食事処でこんな例えしか出てこない自分が情けないが、そんなことよりも、そんな悩みでふつう、こーんなに深刻な顔をして探偵稼業なんて怪しいことをしている店まで来る? 「そ、そんな顔しないでくださいよう。私だって下らないと思うんです。でもやっぱりつらくって……」 「ちなみに、娘さんのお歳は?」 「十四歳です。中学二年生」 「ドンピシャじゃん」  巧と紫乃が顔を見合わせて言うと、意味がわからなかったのだろう秋名は泣きそうな顔をした。知らない。おれは、おれと宮司さんがわかっていれば幸せだもん。  でも、やはり、聞いてしまったからには知恵を貸してあげるのが人情なのだろう。紫乃も同じ考えらしい。目を見てわかった。 「宮司さん」 「うん。――秋名さん」 「は、はい」 「解決策その一」  おれが料理を、教えてあげます。  紫乃は、やっぱりどうしたって、一年前出会った頃と変わらない、世界一素敵なお人よしだった。

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