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心がしょんぼり1

 律くんが帰った後、さっきまでいた人の温もりが消えてしまったことで寂しさを感じてしまったりもしたが、律くんとは友人でもなんでもない。単なるご近所さんだ。  そんな彼がいなくなったからと言って寂しさを感じるなんておかしいのに、昨夜ほんの少し一緒にいたせいでどこか親近感を覚えてしまったからなのだろうか。  友人でもないから律くんが今何をしているのか、同居の彼とはどういった関係なのか。はたまた、また会いたいなど思ったところでどうしようもない。  連絡先なんて交換していないし、まさか会いたいと思ったからと言って彼の住む部屋のインターホンを鳴らすわけにはいかない。  昨夜一緒に過ごしたことは事実なのに、まるで幻のようにすら感じる。本当にあれはあったことなのだろうか。そんなことを考える。  そんなことを考えている自分に問いかける。なんでそんなに彼のことが気になる? 彼が出ていった玄関をドアが閉まるまでじっと見ていたのはなぜ? 彼の笑顔から目が離せなかったのはなぜ? そんなことを考えてはいけないと思ったのはなぜ? 答えは出ている。彼のことが気になるから。  元彼と別れて2ヶ月。特に出会いを求めて行動を起こしたことはない。もう少し1人でいたいと思っていたからだ。  でも、そこで律くんと出会った。認めよう。俺は律くんのことが気になっている。  しかし、気になっていると言ったって律くんがゲイなのかどうかはわからない。  律くんに暴力を振るっていたあの彼が律くんとどういった関係なのかわからないからだ。  家族なのか、恋人なのか。  一緒に住む関係と言えば、家族、友人、恋人の3パターンがある。でも、暴力を振るわれてまで一緒に住んでいるとなると友人とは考えられない。大体、友人に暴力を振るう人間はいないだろう。だから友人だというのはない。  残るは家族か恋人か。  でも、このマンションの間取りを考えると家族ということは正直考えづらい。なぜならここは1LDKなので単身者向けで、1人でないとしたら新婚カップルくらいだ。だって部屋は一つしかないのだから。  となると残るは恋人ということになる。  昨夜はそんなに身近にゲイがいるとは思えないと否定したけれど、冷静に考えればあれは律くんの恋人、という結論になるのが自然な考えだ。  だとしたら、いくら律くんのことが気になったってどうしようもない。端から望みのない恋ということになる。  そうだ。暴力を振るわれていた人を見過ごすことができなくて手当をしてあげた。そして行く宛がなかったので一晩の宿を提供した。それだけのことだ。それ以上でも以下でもない。恋するような相手じゃない。  そう考えると少し寂しいけれど、これ以上気持ちが大きくなるのは防げるだろう。  でも、そんなに簡単に割り切れるわけでもないことはわかっている。けれど、そうしないと悲しいのだ。だから、そう思うことにした。  律くんとの再会は早かった。あの日から一週間経った週末。仕事から帰ると律くんが渡り廊下の手摺りに掴まってよろよろと立ち上がるところに出くわした。  前回のように蹴られているところを見たわけではないけれど、力なく手摺りに掴まっているのを見れば、今さっきまで暴力を振るわれていたことは間違いない。 「大丈夫?」  俺が声をかけて初めて、俺の存在に気がついたようだ。 「直樹さん……」 「また蹴られたりなんかしたの?」  そう訊くと律くんは返事の代わりに小さく悲しげに笑った。その顔が本当に悲しくてインターホンを押して文句を言いたい気持ちになった。もちろん、事情を知らない第三者が口を挟めることではないけれど。 「どこか痛い?」 「ちょっと……」 「うちに行って湿布貼ろう」 「でも……」 「遠慮だったらいらないよ。俺の家に来るのが嫌なのなら無理強いはできないけど」 「いえ。嫌なわけじゃなくて。迷惑をかけてしまうから」 「迷惑なんてことはないよ。そんな理由なら行こう」  半ば強引に言ってうちへ連れて行く。律くんもためらいながらも後をついて来ているのがわかった。 「また帰ってくるなって言われた?」 「あ、はい……」 「じゃあ、またうちに泊まればいいよ」 「でも、直樹さんだって予定があるでしょう? 彼女が来るとか」 「あぁ、その心配ならいらないから。先週言ったでしょう。今は恋人いないから」 「いいんですか?」 「いいから言ってるんだよ。あ、夕食食べた?」 「あ、はい」 「俺、食べてないんだよね。そしたらちょっと食べさせて貰っていい? お腹空いちゃって」 「あ、俺に気にせず食べてください」 「そう? ごめんね。じゃあ、その間にシャワー浴びておいでよ。その間に食べちゃうから。で、シャワーからあがったら湿布を貼ろう」 「はい」  そう言って律くんをシャワーに押し込んで、俺はダイニングに座り夕食のコンビニ弁当を胃に流し込んだ。  そうだ。今日は替えの下着がないけれど大丈夫だろうか? そう思っていると律くんはシャワーを浴びて戻ってきた。 「ごめんね。下着の替えなくて」 「あぁ、いえ。気にしないでください。ネカフェに行くつもりだったから、そうしたら下着を替えるどころかシャワーも浴びれないので。シャワー浴びれただけ感謝です」 「そう? そう言って貰えるならいいけど。なにか飲む? ブラックコーヒーかスティックのカフェオレ、お茶があるけどなにがいい?」 「ありがとうございます。じゃあカフェオレで」 「了解」  キッチンの上の棚からカフェオレのスティックコーヒーを取り、カップに入れてお湯を注ぐ。俺も同じにカフェオレにした。 「はい。はいったよ。熱いから気をつけてね」 「ありがとうございます」 「これ飲んだら湿布貼ろうね」 「あ! 遅くなってしまったけど、今日はお金あるので先週のピザ代と湿布代払います」 「そんなのいらないよ。言ったでしょう」 「でも……」  俺がいらないと言っても律くんは気になるようだ。 「そしたらピザの分だけ貰おうかな?」 「はい!」  ピザの半額分を貰うと、律くんはホッとしたような顔をしている。本当にお金なんていらなかったのに。でも、それをよしとしない律くんはやはり真面目な子だなと思う。  そんなところも好ましいな、と思う。思ったところでどうにもならないけれど。それでも、そう感じて好感度はあがっていく。

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