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元彼1

 直樹さんが出ていってもソファに座ってスマホを眺めている。今日は早朝に起きてからずっとそうやってスマホを見ている。  時間はもう14時を過ぎていて、賢人からはなんの連絡もない。  出ていけと言ったのは気が高ぶっていたからじゃなく、本当に出て行って欲しいと思っていたんだろうか。それなら、前もってそう言ってくれていたら部屋探しもしたし、荷物も全部出したのに。  今までも出ていけと言われたことはないけれど、帰ってくるなというのは何度となく言われている。  それこそ暴力を振るわれたときは必ず言われていた。でも、翌朝になると必ず「帰ってこい」とメッセージがきた。  でも、今回は少しの荷物とともに「出ていけ」と言われた。  帰ってくるなと意味合いは対して変わらないけれど、暴力を振るったあとではなく一方的にキレられたあとに言われた。  そんなに俺が嫌になったんだろうか。  でも、以前ショッピングモールで直樹さんと会ったときは、優しい賢人だった。だから嫌いになれない。   とはいえ、週に1回程は暴力を振るわれている。そんな人が優しいはずはない。  だとしたら、優しい賢人というのは作ったものなのだったんだろうか。本当は優しくはない?  でも、俺が知っている賢人は優しくて。でも暴力を振るわれているから、もう「好き」とは言えない。多分、今俺にあるのは「情」だろう。3年一緒にいたから情が移っているんだ。  賢人は俺に対して情はないんだろうか。好き勝手暴力を振るって。情がわいていればそんなこともしないかもしれないし、出ていけとも簡単に言わないだろう。  今、賢人と住んでいるところは元々賢人が1人で住んでいたところだ。そこへ俺がきた。  同棲するときに引っ越す話もあったけれど、なかなか家賃も高くて、それならしばらくはここで暮らそうと言っているうちに3年が過ぎていた。  だから、元々は賢人の部屋だから出ていくなら俺になる。でも、出ていけと言われても住む部屋がなかったら出ていかれない。  直樹さんは、しばらくはここにいて次住む部屋を探して、決まったら出ていけばいいと言っていたけれど、ここにお世話になるのはさて置き、部屋探しはした方がいいんだろうな。  仮に賢人と別れないにしても同棲解消になるだけの話だ。一緒に住まなければ暴力を振るわれることもない。その方が健全なんだろうな。  そう思うと、直樹さんには迷惑をかけてしまうけれどお世話になろうか。  でも、同棲をやめたところでまだ賢人と付き合うのか? 情だけで付き合うのはありなのだろうか。  嫌いじゃない。でも、もう好きとは言えない。俺が好きなのは以前の優しい賢人だ。今の賢人じゃない。  答えははっきりしていて、それは覆らない。なのに別れることは考えていない俺はバカなのだろうか。  今、俺は誰も好きではない。と、そう思ったところで胸がツキンとした。なんだろう。この胸の痛みは最近感じた。  いつだろうと考えて、直樹さんがお似合いの女性と一緒にいるところを見たときだったと思い出す。  答えは彼女ではなく、妹さんだったけれど、見かけたときはそんなこと知らないから彼女だと思って胸が痛くなったんだ。  そこまで考えて、え? と思う。胸が痛い? それって……。直樹さんが、好き? そう考えて固まってしまう。  直樹さんは好きだ。暴力を振るわれた俺に毎回湿布を貼ってくれて一晩泊めてくれる。  いや、そういうの抜きにしても直樹さんは穏やかで優しい。一緒にいると心がふんわりとする。  ささくれだってトゲトゲした心も癒やされる感じがする。二人で一緒にいても窮屈を感じない。  それはなんていう感情なんだろう。  好意は持っている。それは間違いない。でも、それで終わりなのかそれ以上なのかがわからない。  わからない? ほんとに? 考えたくない、の間違いじゃなくて?  これは考えていいんだろうか。答えが知りたいような、知りたくないような。  そう考えていると、玄関からガチャガチャという音がする。  え? もう帰ってきたの? まだ出ていってそんなに経っていないはずだけど。 「直樹さん?」  俺がそう声をかけても返事はなく、リビングの扉が開く。  そこから見えた顔は直樹さんではなく、知らない男の人だった。  友人だろうかと思う。でも、友人で鍵持っている人って? と思っていると、相手は眉間にしわを寄せて射るような目で俺を見る。誰?  それは相手も思っていたようで、低い地を這うような声で言った。 「あんた誰?」 「え? あの......」 「直樹と付き合ってるの? もう寝た?」  彼の言っている「寝る」がセックスを表していることはわかる。そんなことを訊いてくる彼は、恐らく。いや、間違いなく直樹さんの元彼だろう。 「え、あの。俺、そういうんじゃないですから」 「そんなの信じられると思う? だって直樹がいない間留守番してるんだろ」  いや、友達かもしれないじゃないかと思うけれど、それは怖くて言えなかった。 「合鍵持っていることでわかると思うけど、俺、直樹と付き合ってたから」  やっぱり元彼だった。でも、過去形なのならなんでまだ合鍵なんて持っているんだろう? 俺も賢人の家の鍵は持っているけれど、それは一緒に住んでいるからだし、もし別れたらその鍵は当然返す。でも、目の前の彼はそれをしていない。  だけど、そんなことは怖くて言えない。  俺は気が強いとは言えないけど、それでも気が弱いとも思わない。それでも目の前の彼が発する空気はピリピリしていて痛い。とてもじゃないけど、言い返したりなんかはできない。 「出ていってくれない?」 「え、あの。留守番頼まれてて......」 「スーパーかなんか行ってるんでしょ。気にしないで帰っていいよ、俺が代わりに留守番しておくし、あんたが帰ったって言っておくから」 「え......」 「ほら、出て行ってよ」  彼はそう言って猫の子を追い払うように、シッシという仕草をした。  どうしたものかと考えていたけど、合鍵を使ってまで来るのだからなにか用事があるのかもしれない。そうしたら俺が出ていった方がいい。 「あの、じゃあ帰ります」 「さよなら」  そう言ってひらひらと手を振られて俺は直樹さんの部屋を出ていった。  直樹さんの家を出て、どうしようと思う。  賢人からはまだ帰ってこいというメッセージはないし、直樹さんのところから勝手にいなくなるのもどうかと思い玄関の前で思案にくれる。  直樹さんのメッセージアプリのID訊いておけば良かった。  ここで待とうかとも思ったが、それじゃあまるで不審者だ。そこまで考えて昨夜いた公園で待とうと思った。  あそこなら少し奥まっているけれど、場所によっては帰ってくる直樹さんに気づくかもしれない。  そう思って俺は公園へと行った。

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