3 / 37

第3話 俺の鍵穴を見るだって?

『鍵穴はお尻の穴の周りに見れば分かる模様があるらしいわ』  確かシーナが昨晩そう言っていた。そして今、国王はこう命令を下した。 「今すぐこの男の鍵穴を確認せよ」  え、それはつまり、今から俺の尻の穴を確認しろって、そういう命令なのか? 今ここで? こんな大勢の目の前で!?  ジアは素早くシーナの腕を振り払って逃げ出そうとしたが、隊長と四人の部下の動きの方が早かった。ジアの動きなどとっくに予測済みであった隊長は、ジアが一歩と踏み出す前に素早く背後から飛びかかり、両手を掴んで地面に押さえつけた。ジアは背も高く、体格もしっかりとした方であったが、身につけているのは貧民街で生き残るためのただのごろつき拳法だ。洗練された国王の側近の武人になど当然敵うはずもない。四人の部下が念の為に二人をぐるりと取り囲んでいたが、そんな必要すらなかった。隊長に動きを封じられて、ジアにはなす術などなかったのだから。 「お、俺は鍵穴なんて知りませんよ! そんなの見たことがない!」 「当然です。自分で見れるものではありませんから」  アルバートと呼ばれた男性はそう言うと、床に這いつくばっているジアの足側に回り込んだ。隊長はジアの背中に座った状態で彼を押さえつけていたので、下半身は何に阻まれることなく観衆の目に晒されている状態だ。 「カイさん、ちょっと手伝ってくれませんか?」  アルバートはジアに乗っかっている隊長にそう声をかけると、ジアの太ももを掴んでよいしょっと持ち上げた。カイの部下も二人進み出て手を貸し、ジアはお尻を持ち上げられて、伸びをする猫のような体勢になった。 「……クソッタレが!」  あまりに屈辱的な体勢に、厚顔無恥のジアも流石に羞恥心で涙が出そうになった。 「大丈夫ですよ。王家の方々のお目汚しはしませんから」 (そういう問題じゃない)  アルバートはどこからか大きな白い布を取り出すと、さっと広げてジアの下半身に被せた。そのまま彼は布の中に潜り込み、その中でジアのズボンをさっと下ろした。 (ひっ!)  男性の大きくて硬い手にお尻を掴まれて、ジアはビクリと体を震わせた。と、次の瞬間、静まり返っていた謁見の間に不意に歓声が沸き起こった。 「本物だ!」 「間違いない! 今度こそ本物が現れたんだ!」  アルバートはすぐにジアのズボンを元通りに戻すと、白い布の下からゴソゴソと這い出して来た。カイはジアの手を離さなかったが、優しく支えて助け起こしてくれた。恐る恐る振り返ったジアは、アルバートを見てギョッとして思わず後ずさった。アルバートは赤毛に赤い目を持つまだ若い青年だったが、その両目が今、火が燃えているように明るい光を放っていたのだ。 「私は魔法使いでしてね、私の目は魔法に関する物を直接見ると光って反応するんです」  それで白い布越しに赤い光を確認した観衆が歓声を上げたというわけか。 「確かに鍵穴を確認しました。書物に書かれている通りの正しい形です。間違いなく本物の鍵穴です」  側近達の歓声がますます上がる。カイが嬉しそうに掴んでいるジアの手をブンブンと振った。 「良かったな。これでお前は大金持ちになれるぞ」 (何が良かっただ。この後その鍵穴とやらに何を突っ込まれるか分かって言ってんのか、こいつ?) 「息子が鍵を持つと判明してからというもの、この国の病院で生まれる女児の尻は必ず確認させていたが、貧民街の、しかも男児までは全く考えていなかった。御触れを出して正解だったな」  国王は無表情ではあったが満足げに頷き、エドワードもほっとした表情で顔を綻ばせている。ただ一人だけ、ジア以外にもこの場で鍵穴の発見を喜ばしく思っていない人物がいた。 「……い、嫌だ」  エドワードがはっとして振り返ると、弟の第二王子が信じられないという表情で、蒼白になりながらその場に固まっていた。 「ウィリー……」 「嫌だ! 何で俺がこんな奴と! よく知りもしない女性ですら気が進まなかったのに、よりによってこんな薄汚い男だって?」  再び謁見の間がしんと静まり返った。喜んでいた人々も少し不謹慎だったかと気が咎めて、気まずげにこっそり目配せしあっている。  アルバートはちらっとジアを見てから恭しく頭を下げた。 「殿下、確かにこの男は現在薄汚く見えますが、それは彼が貧民街から出て来たばかりだからであって、入浴させれば綺麗になります。実際見た目もそれほど悪くは見えません。むしろどっちかと言うと、見目は良い方かと……」 「馬鹿言うな! 不潔だし、何か病気でも持ってそうじゃないか!」  確かに自分は不潔で薄汚い自信はあったが、さすがにそこまで言われるとジアはむっとした。 「病気なんて持ってませんよ。何なら温室育ちのあなた方よりずっと免疫力は強いと思いますけど」 「そんな話をしてるんじゃない! 性病を持ってるんじゃないかって話だ! お前絶対そういうことに関してだらしないだろ!」  確かに昨晩はシーナとそういうことをするつもりでいたが、結局やれずじまいだったし、ジアは実を言うと今まで誰かと肉体関係を持ったことは一度も無かった。しかしそれをここで言ってしまうと、この高貴な人々の前で自分が童貞であると堂々と宣言することになってしまう。それはさすがに癪に触るので、ジアはぐっと堪えて口をつぐんだ。 「……ウィリアムよ、宝箱の開封は我が王家の長年の悲願。王家のためにも、ここは腹を括ってはくれまいか?」  国王の発言に、側近達も次々と賛同した。 「殿下、どうか」 「殿下、我々の悲願のためにも」 「どうか男を見せて下さいませ」  懇願する人々を前に、ウィリアムは恐怖の表情を浮かべて隣の兄にしがみついた。 「あ、兄上」 「父上」  エドワードは弟を庇うように一歩前に出ると、父王に向かって深々と頭を下げた。 「男の体というのは心と密接に繋がる繊細なものです。このように強要されたところで上手くいくはずがありません。彼らは今さっき初めて会ったばかりなのですよ。私は今暫くの時間が必要だと考えます」 「ふむ、今暫くとは一体どれくらいなのか」 「この場ではっきりとは申し上げられませんが、男女ですら時間をかけて愛を育んでいくものです。ましてや男同士なのですから、まずはお互いをよく知り合って、信頼関係を築くべきなのではないかと」  エドワードの進言に、国王は相変わらず無表情のままではあったが厳かに頷いて見せた。 「そうだな。今までもずっと閉ざされていた物だ。なにも慌てて開ける必要もあるまい」  国王がそう言った以上、この場でこれ以上ウィリアムに鍵の役割を果たすよう迫る者はいなかった。エドワードはほっとした表情で国王に謝辞を述べると、下座の人々の方に向き直った。 「宝箱の開封に関してはこれから考えるとして、まずは今やるべき仕事を片付けよう。広報担当者は、鍵穴の募集を締め切る旨の触れを早急に国中に出せ。これ以上無意味に体を傷つける者が出てこぬようにだ。カイはひとまずそこの二人を元の部屋に案内せよ。アルバートは話があるので私と一緒に来てくれ。それから……」  エドワードは最後に振り返って弟を見た。 「お前は少し自分の部屋に戻って休みなさい。色々あって疲れたろう。休息が必要だ」 「……兄上、一人ではとても落ち着いていられません。兄上と一緒にいてもいいですか?」  エドワードは少し驚いた表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。 「そうだな、分かった。アルバートにはまた後で声をかける。他にも呼んで欲しい者たちがいるからな」

ともだちにシェアしよう!