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第5話 いきなり同衾ですか?
「え……今からですか?」
「はい、何か問題でもありますか?」
「いや、問題っていうか、もう夜遅いんじゃないかと思って。ウィリアム殿下もそろそろ寝る時間なんじゃないですか?」
ジアの疑問にアルバートはにっこり笑って答えた。
「お二人は出会ってまだ日が浅いので、少しずつ段階を踏んで距離を縮めていただきたいと思いまして。現在作戦本部を立ち上げている最中ですから、今後のことについてはまた追々説明させていただきます。とりあえず今日は殿下の部屋で一緒にお休みください」
「え、殿下のお部屋にベッドって二つあるんですか?」
「いいえ、一つですが広さは十分にありますよ」
「いきなり同衾って、既にいろんな段階をすっ飛ばしてると思うんですけど」
「今夜かたが付くならそれに越したことはありませんが、我々もそこまでは期待しておりません。今夜はゆっくりお互いの話でもして、親睦を深めてください」
(夜更けに男二人で一体何を話せってんだ。女子じゃあるまいし、パジャマパーティでも開けってか? この国で一番高貴な十八歳と?)
しかしここではジアの人権はあってないようなものだ。アルバートに言われるまま、第二王子の寝室に向かうより他なかった。
アルバートに連れられて寝室を訪れた時、ウィリアム第二王子殿下は絹の寝巻き姿で寝台の端に腰を下ろし、物憂げな表情で何か考え込んでいるようだった。ジアが部屋に入ると、アルバートは「頑張って」と小声で囁いてから、バタンと扉を閉めて足早にその場を去っていった。ポツンと取り残されたジアはどうしていいか分からず、少し考えてから床の絨毯の上に小さくなって腰を下ろした。
ウィリアムが何も言わないので、ジアは声をかけていいのかすら分からず、しばし寝室に沈黙が流れた。
(き、気まずい! 確かに男二人で何話せってんだ? とは思ったけど、何か話してくれないと間が持たないんだが……)
しかし相変わらずウィリアムは口を開こうとしない。これ以上沈黙が続くと余計話しづらくなると踏んだジアは思い切って自分から沈黙を破りにいった。
「……あの、今日は色々あってお疲れだと思いますし、そろそろお休みになった方がよろしいんじゃないでしょうか?」
「え? ああ……」
ウィリアムは心ここに在らずといった様子で、上の空で返事を返してきた。
「じゃあ俺はここで横にならせていただきますね」
「え?」
そこでウィリアムは初めて焦点のあった目をジアに向けた。
「どういうことだ? そこで横になるって、床で寝るってことか?」
「ご心配なさらずとも、我々賎民は固い床で寝るのには慣れっこですので。ここは上等な絨毯も敷いてあって、寝床としてはかなり良い環境ですよ」
ウィリアムは冷たい石造りの床に敷かれた絨毯をじっと見つめた。
「……掛け布団は?」
「今は寒くないので必要ありませんよ。タオル一枚くらい貸していただけるとありがたいですが」
これは決して強がりではなかった。貧民街の自分の家の寝台は固い上にボロボロだったし、出稼ぎで遠くに出かける時はこんな風に空き家の床で寝たり、野宿することもしばしばであった。それに比べれば第二王子のこの寝室は安全な上に広々としていて、床でも十分快適に眠れそうだった。
「……それならお前が寝台を使え」
「え?」
一瞬何を言われているのか分からず、ジアはポカンとして寝台の上のウィリアムを見上げていた。
「そんなに快適なら俺が床で寝てみるから、お前はこっちで布団に入って寝るんだ」
「い、いえ、そんなとんでもない!」
(急になんてことを言い出すんだ!)
この国で最も高貴な十八歳である第二王子殿下を床で寝かせたなんてもしばれたら、自分は一体どうなってしまうのだろうか。鞭打ちくらいで済めば良いが、下手すれば極刑もあり得るかもしれない。
「殿下を床で寝かせるなんて、できるわけないじゃないですか」
「何だ? 俺の命令が聞けないというのか?」
(ええ〜!?)
どうしてこの王子はわざわざそこまでして固い床で寝ようとするのだろうか?
「お、俺は普段からこういう場所で寝ることが多いので平気ですが、慣れない人が床で寝ると体が痛くなると思いますよ」
「俺はそこまでひ弱じゃない。魔物の討伐で遠征する時は野宿だってするんだ」
それは意外だった。ジアは興味深げにウィリアムを見た。
「さっきは皆の前で、お前に酷いことを言って悪かった。お前は無理矢理連れてこられただけの被害者なのに、不潔そうだとか色々言って」
「いえ、俺のことはお構いなく。殿下こそ鍵の資格を持つってだけで嫌なことを強要されてる被害者じゃないですか」
「俺はつい自分のことばかりでいつも周りに対する配慮が足りない。兄上に比べてまだまだ未熟だ。冷静になって考えてからいつも気づくんだ」
そう言うと、ウィリアムは寝台から降りてジアに自分が居た場所を譲った。
「無理矢理連れてこられたお前の方が不憫だ。せめて寝台くらい使ってくれ」
(傲慢な我儘王子かと思ったが、意外と素直で良いところもあるんだな)
そこまで言われて意地を張ってもお互い引っ込みがつかなくなるだけだろうと判断したジアは、ありがたくその提案を受け入れることにした。
使用人の部屋の寝台も素晴らしく寝心地の良いものであったが、やはり王子殿下の寝台に使われているものは全て最上級の素材ばかりらしく、シーツの肌触りから敷布団の綿の柔らかさ、羽毛布団の暖かさまでどれ一つとっても文句のつけようがない。布団に潜り込んですぐに、ジアは深い眠りへと落ちていった。
素晴らしい寝心地にも関わらずジアの睡眠が夜中に途切れてしまったのは、すぐ側で誰かの唸り声が聞こえたからだった。
「……う〜ん」
あまりに苦しそうな声に、ジアは瞬時に覚醒してパッと跳ね起きた。素早く辺りを見回すと、声の主は寝台のすぐそばの床で、タオルに包まって海老のように体を丸めていた。辛うじて眠ってはいるようだが、眉間に深く皺を刻んで眠りは浅そうだ。
(わざわざ俺の言った通りに床でタオル一枚で寝なくても。向こうの部屋に行けばソファもあるし、掛け布団だって使用人に頼んで持ってきてもらえば……)
ジアはやれやれとため息をつくと、寝台から降りてウィリアムの肩の下に腕を通した。
(重っ! 十代のくせにいい体してんな。一体何食ったらこんなデカくなるんだよ)
気合いを入れて立ち上がり、二人で倒れ込むような形で何とかウィリアムを寝台に寝かせることに成功した。下敷きになっている腕を引き抜くのに苦労していると、突然力強い腕に腰を抱かれてジアははっと息を飲んだ。
「……殿下?」
返事はない。恐る恐る視線を下に向けると、両腕をジアの腰に巻きつけたウィリアムが、ジアの着ている絹の寝巻きに頬をくっつけるようにして眠っていた。
(なんだ、寝ぼけているのか……)
「……兄上」
ウィリアムがそう言いながらさらに強くジアの腰にしがみついてきた。ジアは何とも言えない表情で彼を見下ろすと、少し迷った後自由な方の腕を上げてそっと頭を撫でてやった。
(図体ばっかりデカいくせして、実は甘えたの次男坊なのか?)
頭を撫でられて、ウィリアムの眉間の皺が少し和らいだように見えた。ジアも何となく満ち足りた気分になって、そのまま吸い込まれるように眠りへと落ちていった。
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