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第6話 吊り橋効果ってそういう意味じゃない

「えー、それではこれより、『鍵穴開通作戦本部』作戦会議を始めます。司会進行役は私、王室付き魔法使いアルバートが努めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」 (なんか腹立つ作戦名だな)  ジアの不満をよそに、パチパチパチ! と円卓の会議室に拍手が響いた。 「それではまず、構成員の紹介をさせていただきます。第二王子付き騎士団長、カイ様」 (洗練された武人だとは思っていたけど、騎士団長だったのか)  ジアを連行したり謁見の間で押さえつけたりしたカイは、その場にいる人の拍手に軽く頷いて答えた。 「続きまして、第二王子付き侍女頭のマイア様」 「ふつつか者ですが、殿下のために全力を尽くします。よろしくお願いいたします」  マイアは厳しい表情で立ち上がると深々とお辞儀した。 「続きまして、新米侍女のシーナ様」 「よろしくお願いしまーす!」 「ちょっと待ってください!」  ピョコンと立ち上がってお辞儀をするシーナを見ながら、ジアが慌てて割って入った。 「どういうことですか? 何でシーナがここに? 侍女ってどういうことですか?」 「彼女は鍵穴を見つけた功績で、晴れて王室付きの侍女として採用されたんですよ」 「ジアのおかげよ! 仕事は忙しいけど、制服は可愛いし綺麗なお部屋にも住めるし、貧民街に比べたら天国みたい!」 「いや、俺を売った功績でこいつがいい生活をしてることに関しては今更どうでもいいんですけど、なんでこのふざけた作戦本部にこいつが加わってるんですか?」 「我々の中で君のことをよく知っているのは彼女だけですので。彼女は重要な情報提供者ですよ」 「でもなんていうか、ここにいるお偉方の中でこいつだけ身分違いっていうか……」  その時、円卓の一番奥で誰かがくすっと笑った。 「多様性だよ。年齢も性別も身分も関係なく、いろんな人が集まって知恵を出し合ってこそ、素晴らしいアイデアが生まれるというものだ」 「作戦本部長のエドワード第一王子殿下です。殿下は多忙なお方ですので普段の活動にはあまり参加できませんが、本日は第一回目の作戦会議ということでわざわざお時間を割いてくださいました」 (いや、どうして第一王子殿下ともあろう方がわざわざこのふざけた作戦本部に参加しているのか甚だ疑問なんだが……)  ジアの渋い表情など気にも止めず、エドワード殿下は美しい目を細めて楽しげに微笑んでいる。 「ところで昨日はウィリアム殿下のお部屋でお休みになったはずですが、親交は深まりましたでしょうか? 状況によってはこの作戦本部自体そもそも不必要になってくるわけですが……」  アルバートの問いにジアはギクっとしながらも慌てて手を振った。 「いえ! 昨日は少しだけお話しして、すぐに眠ってしまいました。お互い色々あって疲れていましたので……」  昨日鍵穴が開通したわけではなかったが、ウィリアムに抱きつかれて同じ寝台で眠ったなど、ここにいるメンバー達には絶対に知られたくなかった。きっとそれだけでも拍手喝采、会議室に口笛が響き渡るに違いない。そんな恥ずかしい状況など絶対にごめんだった。ウィリアムより先に目覚めたジアは、何とかウィリアムのホールドから抜け出して、ちょうどジアを呼びに来たマイアと一緒にこの会議室にやってきたのだった。寝巻きのままで朝食もまだだったが、多忙なエドワードのスケジュールに合わせるために急遽呼び出されたというわけだ。 「そうでしたか。それでは予定通り作戦会議を始めたいと思います。議題は当然いかにして鍵穴を開通させるかということに尽きるのですが、なにか良い意見のある方はいらっしゃいますか?」 「やはり一番の課題はウィリアム殿下をいかにしてその気にさせるかということでしょう」  最初に口を開いたのは騎士団長のカイであった。 「ジアは言ってみれば受け身なのでどうとでもなりますが、殿下の方はそうはいきません。そこのところ魔法ではどうにかならないのですか?」 「魔法使いだからって何でもできると思わないでください。そもそもそういった人の心を操作するような魔法は法律で禁じられています」  カイとアルバートのやり取りを聞いていたエドワードがさっと手を挙げた。 「私はやはりそういうことはお互い合意の上で行うべきだと思う。ジアは確かに受け身で迫られれば選択の余地の無い状況だが、ウィリアムは真っ直ぐで曲がったことが嫌いな性格だ。ジアが彼を心から受け入れなければ、きっといつまで経っても先に進むことはできないだろう」 「しかし殿下、それは時間をかければ解決するとか、そういう問題ではありません。お互い趣味やパートナーに求めるものはそれぞれあるでしょうし、そもそも男同士なのです」 「そうだな、私の願いはただの理想論なのかもしれない」  エドワードは残念そうにため息をついた。 「それでもそうあってくれればと願ってしまうのだよ」 「もちろん我々もそうであれば一番だとは思っております。結果がより良いものになるよう全力は尽くさせていただきます。では、他に意見のある人は?」 「はいはーい! 私恋に落ちるいい方法知ってます!」  椅子から立ち上がってぴょんぴょん飛び跳ねながら、シーナが大きく手を挙げた。 「吊り橋効果を使うんですよ!」 「吊り橋効果?」  ジアとシーナを除くその場にいる全員が首を傾げた。 「……それは一体どのような効果なのでしょうか?」  王室側の女性代表であるマイアがすぐに質問した。 (吊り橋効果って、そんな庶民的な言葉なのか?)  ジアは不思議に思ったが、シーナは全く気に留める風もなく嬉しそうに説明を始めた。 「吊り橋の上ってグラグラ揺れて不安になりますよね? そういう場所で出会った男女って恋に落ちやすいんですって! なんか怖かったり緊張したりするドキドキを恋のドキドキと勘違いしちゃうみたいで」 「なるほど、面白い心理戦法ですね」  司会のアルバートが頷き、その後すぐにカイが手を挙げた。 「それならいい案件があります」 「どうぞ」 「東の村の住人から丁度依頼があったところでして。村につながる吊り橋の件なのですが……」 (いや、吊り橋効果って本当に吊り橋を渡ればいいってことじゃないんですけど!)  ジアがすかさず声を出さずに突っ込んだが、当然誰の心にも届くはずはなく、皆真剣な面持ちでカイの話を聞いている。 「近頃吊り橋の下に魔物が住み着いて民を脅かしているので、討伐の依頼が来ていまして。小物ですので殿下に御足労いただくまでもない案件で、我々騎士団の者で処理する予定だったのですが、こちらをお二人にお任せするのはいかがでしょうか?」 「なるほど、少し危険な任務を二人でこなし、ついでに吊り橋も渡ってドキドキ恋愛勘違い作戦というわけですね」  何だか色々ごちゃ混ぜになっている気もするが、あながち間違っているわけでもなかった。 「それはいい案かもしれない。ウィリーにかかればその程度の魔物は何ら脅威になるわけでもないし、二人の安全は担保できるはずだ。同じ任務を二人で協力してこなすというのは、信頼関係を深める上で非常に効果的だと思うよ」  作戦本部長のつるの一声で、その場にいた全員が頷いた。 「それでは第一回目の作戦を決定いたします。作戦コードは『吊り橋ドキドキ魔物退治』でよろしいでしょうか?」  満場一致で全員が拍手し、作戦の方向性とふざけたコードネームが決定した。皆が満足げに頷く中で、ジアだけが呆れた表情で天井を見上げていた。

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