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第7話 吊り橋の魔物1
「兄上からの依頼で、魔物の討伐に向かうことになった。お前も一緒に来るんだ」
当然こうなることは分かっていたのだが、朝食を食べ終わってすぐにウィリアムが部屋にやって来てそう告げたので、思ったより早い展開にジアは軽い驚きを覚えた。
(朝一の作戦会議の後すぐに依頼が来るとは、仕事が早いな)
しかし考えてみればジアの都合とは関係なく、東の村では今も民が魔物に脅かされている状態なのだ。ジアが心を落ち着けたり、色々考えている余裕など無くて当然であった。
「装備の説明をするから、入ってもいいか?」
「え? あ、どうぞ、もちろんです」
ウィリアムはジアの許可を取ってから部屋に足を踏み入れると、持って来た袋を床に置いて中身を手早く取り出した。
「相手が例えどんな小物であろうと、魔物と対峙する際は装備を怠ってはいけない。お前は初めてで分からないだろうから、俺が良さそうなものを選んできた」
ウィリアムが床に並べた装備は、見た目には普通の上着やマントにズボン、靴、帽子、手袋などで、よく見るとウィリアムも似たようなものを身につけている。
「お前も知っていると思うが、国民の生命を脅かす魔物を討伐し、彼らの生活を守ることは我々王家の人間の責務の一つだ。そのために俺たちは日々厳しい訓練を受けている。我々にとっては弱小の魔物でも、普通の国民にとっては危険な相手だ。お前は何の訓練も受けていない一般人なのだから、それを肝に銘じるように」
「分かりました」
「我々が魔物討伐の際に身につける装備には、魔法使いが何かしらの加護を付与してくれている。一つの装備につき加護は一つだ。それぞれの装備に違った加護が付与されたものを身につければ色々な加護を受けられるが、一つ一つの加護の力が弱くなる。反対に同じ加護を付与された装備をたくさん身につければ、その加護の力が強まるという仕組みだ。お前の装備には防御の加護と速さの加護、それに浮遊の加護をバランスよく組み合わせた」
ジアは床に並べられた装備の一つを手に取ってしげしげと眺めた。
「普通の衣服みたいに見えますね。とても軽いですし」
「見た目が厳つい重い装備は防御力や攻撃力を上げるが、その分速さや浮遊力が減少する。今回は吊り橋での討伐になるから浮遊力を重視した。特にお前は初めて討伐に参加するんだから、攻撃しようなんて考えるな。どうやって魔物を退治するのか見学するつもりくらいで、自分が攻撃を受けないように逃げ回ることだけ考えればいい」
落ち着いて装備の説明をするウィリアムは十八歳にしては大人びて、自信ありげに見えた。ジアを兄と間違えてしがみついていた時の頼りなさげな様子とは打って変わって力強く、同一人物とはにわかには信じ難かった。
「ところで、昨日俺は床で寝ていたはずだったのに、朝起きたらベッドにいたんだが……」
ジアはハッとして、慌てて考えていた言い訳を述べた。
「私が目覚めた時殿下はまだ寝ていらっしゃったので、私を呼びにきたマイアさんと一緒に寝台に乗せたんです」
「そうか。お前の言う通り、床での寝心地もそこまで悪くなかったと思う。一晩寝ていた割に体も痛くなかったし」
(何言ってんだ。寝苦しくて唸ってたくせに)
吊り橋のある東の村は、馬の足で二時間ほど走った森の中にある小さな集落だった。討伐チームの内訳はジアとウィリアム、それに若い騎士団員が二人従者として付いた四人構成だ。全員似たような服装だったが、ジア以外の三人は巨大な大剣を背負い、手袋などはジアのものよりずっしりと重そうな素材でできていた。おそらく攻撃力を上げるためだろう。
「素人にこの大剣は扱えない。お前は何か武器を使ったことはあるか?」
出発前にそう聞かれて、ジアはすぐさま首を振った。
「取っ組み合いしかやったことありません」
「それじゃ弓は難しそうだな。万が一の時のお守り程度にしかならないが、これを渡しておこう」
そう言って手渡されたのは、柄に宝石のはまった短剣だった。
「ありがとうございます」
「本当にただのお守り程度でしかないからな」
ウィリアムは何度もそうジアに念を押してから出発したのだった。
鬱蒼と生い茂った森の中を少し進んだところに突如として空の見える開けた空間が現れ、件の吊り橋が姿を表した。古びた木と蔓でできた年季の入っていそうな橋で、渡るとギシギシ音が鳴りそうだ。橋の向こう側は再び森になっていて分かりづらいが、よく見ると木々の間から煙が立ち上っているのが窺えた。この橋を渡った先に人が住んでいるのは明らかであった。
四人がやって来るのに気がついて、薮の中に隠れていた村人らしき二人組が立ち上がって手を振った。
「お待ちしておりました!」
村の若い男と老人の二人組は、馬に乗って近づいて来る人物の中に神々しいオーラを放つ金髪の青年がいることに気がついて度肝を抜かした。
「……あの、もしかして、いや、あの、まさか王子殿下ではありませんか?」
二人のうち若い方の村人が恐る恐る尋ねてきた。
「さよう、この方は第二王子ウィリアム殿下に在らせられる」
従者の一人が答え、村人二人はポカンとして顔を見合わせた。
「……あの、ここにいる魔物は殿下が直接手を下さなければならないような、凶悪な魔物なのでしょうか?」
「いや、心配せずとも大した魔物ではない。ただのこちらの事情だ。新人教育の一環で、殿下の魔物討伐の様子を新米騎士に見せることになったのだ」
もう一人の従者の説明を聞いて、村人はようやく安心したようにほっと胸を撫で下ろした。
「それで、被害の状況は?」
「幸い今のところ襲われた者はおりません。魔物の言葉に正しく返答をすれば、無事に橋を渡ることができております。ただ、魔物の気分がいつ変わってもおかしくありませんので、皆ビクビクしながら暮らしている状況です」
「正しい返答とは?」
ウィリアムの質問を聞いて、老人と若者は視線を合わせて頷いた。
「私が今から橋を渡ってみせます」
そう言うと、若い方の村人が顔に緊張の色を浮かべながら吊り橋を渡り始めた。王家の三人は素早く馬から降りると、何か起こった時のために背中の剣を引き抜いた。ジアも慌てて馬の首にしがみつきながらゆっくりと地面に降りた。
若者が木の板を踏むたび、ギイッ、ギイッと吊り橋が軋む不快な音が辺りに響き渡る。皆が固唾を飲んで見守る中、若者がちょうど橋の真ん中あたりに辿り着いた時、低くて不気味な男の声が谷底から響いてきた。
「俺の橋を無断で渡るのは一体何者だ?」
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