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第8話 吊り橋の魔物2
王宮から来た四人はさっと緊張したが、若者は震えながらも、落ち着いた声ではっきりと魔物の質問に答えた。
「ガリガリで固くて不味い人間です」
「食ってみなければ分からないだろう?」
「私より丸々太って美味しい人間が私の後にやって来ます」
「ふむ、それならもう少し待ってみよう」
その後は、不気味な声がすることも声の主が顔を出すこともなく、若者は無事に吊り橋を渡り切ることができた。
若者の背中が森の中に消えていくのを確認してから、老人は安堵のため息をついてウィリアムの方に向き直った。
「このように、魔物に自分は食べる価値のない不味い人間だと訴えれば見逃してもらえるのです」
「よくそれに気がついたな」
「一番最初に魔物に遭遇したのが村の子供だったのですが、老人が話して聞かせる昔話の中に似たような物語があって、その子供は物語の通りに魔物と問答して助かったのです。その子がすぐにそれを村中に広めたため、今まで誰も犠牲にならずに済んでいます」
「昔ながらの知恵というのは侮れないな」
ウィリアムの言葉に従者の一人が頷いて付け加えた。
「この渓谷はもしかすると、昔から魔物の住み着きやすい場所だったのかもしれませんね」
「そうだな。何にせよ、魔物の気分がいつ変わって村人を襲うか分からない。さっさと討伐しなければ」
「どのような布陣で行きますか?」
「俺とシンで吊り橋を渡る。ヒカはジアに付いていてくれ」
「ジア様、こちらへ」
ヒカと呼ばれた騎士団員がジアを手招きし、吊り橋から数歩離れた藪の中に老人と一緒に身を隠した。三人が隠れるのを確認してから、ウィリアムはシンと一緒に吊り橋を渡り始めた。
(あれ? これって『吊り橋ドキドキ魔物退治』じゃなかったけ? 俺一緒に渡らなくていいのか? あ、でも吊り橋効果って別に吊り橋を渡らなきゃいけないわけじゃなかったし……)
どっちにしろ初めての魔物退治で、ジアは緊張してかなりドキドキしていた。
(俺がドキドキしたって意味ないんだけど……)
そんなことを悶々と考えているところに、再びあの不気味な声が聞こえてジアは心臓が口から飛び出しそうになった。
「俺の橋を無断で渡るのは一体何者だ?」
「丸々太って旨い人間だ!」
ウィリアムがそう大声で怒鳴ると、突然太陽が隠れたかのように辺りが急に薄暗くなった。
「……え?」
藪の中から覗いていたジアは一瞬状況が分からず、ポカンとして他の二人を振り返った。老人も何が起こっているのか分からない様子でジアを見返してきたが、ヒカだけは真剣な表情で空を見ながら人差し指を唇に当てていた。
「しーっ! 声を出さないで」
ヒカの見ている方角に視線をやったジアは、彼の忠告通りに声を出さないよう両手の指を口に突っ込まなければならなかった。
一瞬小山と見間違えたが、ギラギラ光る巨大な目玉が二つ、茶色い毛皮に覆われた顔から覗いて吊り橋の上のウィリアムを睨みつけている。渓谷の高さからして、全長三十メートルはありそうだ。人の寄り付かない渓谷にじっと潜んで吊り橋を渡る人間を監視していたのは、全身茶色の毛皮で覆われた巨大な怪物だったのだ!
「嘘つきめ! 図体がちょっとデカいだけで、太ってもいないし全然美味そうじゃないじゃないか」
怪物が吠え、ウィリアムは小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。
「だったら見逃してくれるとでも言うのか?」
「いや、ちょうど腹も減ってきたし、お前は腹立たしいやつだから望み通り食ってやる」
そう言うなり、怪物は屋根ほどもある巨大な手のひらを持ち上げ、吊り橋目掛けて振り下ろした!
「ひゃーーー!」
バキバキッ! っと木の板が割れ、蔓の引きちぎれる凄まじい音が渓谷に響き渡り、藪の中に隠れている三人にまで衝撃が伝わってきて老人が思わず悲鳴を上げた。悲鳴を聞きつけた怪物がジア達のいる方に手を伸ばしてきたため、ヒカは素早く老人を背負ってジアの首根っこを掴むと地面を蹴った。
ドカーン! と地面が崩れる音がして、つい今しがたジア達が隠れていた辺りの地面が砂埃を巻き上げながら削り取られているのが見えた。
「ちょ、こんなデカいやつが小物なんですか!?」
浮遊の加護の力で宙に浮かびながら、ジアが蒼白になりながらヒカに詰め寄った。
「魔物の評価制度間違ってるんじゃないですか?」
「いいえ、小物ですよ」
ヒカは掴んでいたジアの襟首を離しながらこともなげにそう答えた。
「但し小物だからといって油断してはいけません。私は今このご老人を背負っていて咄嗟にあなたの面倒まで見られませんから、私から離れないでくださいね」
慣れない浮遊状態に戸惑いながらもジアはこくりと頷いた。
「あなたの浮遊の加護は上着とマントに付与されています。靴とズボンには素早さの加護があるので、意識して足を動かせば空中でも素早く移動できます。帽子と手袋、下着に防御の加護がありますから、ある程度の攻撃なら防げるでしょう。但し、あの巨体の足で踏まれて全体重をかけられたら流石に防ぎきれないので、くれぐれも渓谷には降りませんように」
「へえ、すごいですね」
(足場もないのにどうやって空中で移動できるんだろう?)
ジアは興味津々で、試しに走るように両足を二、三回動かしてみた。
「ちょっと! 慣れないうちはあまり変な動きは……」
ヒカが慌てて手を伸ばしたが、ジアはすごい速さで彼の手をすり抜けて、数十メール先まで移動していた。
(すごい! こんなに速く移動できるなんて! しかも空中を!)
「ジア様!」
ヒカの悲鳴が聞こえた瞬間、何かがジアの頭上に降ってきた。咄嗟に手を上げて顔を庇うと、石や木の幹が帽子や手袋の防御の加護のおかげで、ジアの頭上に張られたシールドに当たって跳ねるようにジアの両サイドを落ちていくのがわかった。
(結構重そうな石や木の幹だったけど、これくらいなら軽く防御できてしまうのか)
と、急に視界が暗くなったと思った次の瞬間、今までの人生で受けたことのないほどの凄まじい衝撃が全身を襲い、ジアはものすごい勢いで地面に叩きつけられた!
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