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第11話 二十五歳ですが、何か?

「兄上の命令で、お前を連れて買い物に行くことになった」  会議から約一週間後、ジアの部屋にやってきたウィリアムがそう告げた。どうも全ての作戦は必ず作戦本部長であるエドワードからウィリアムに通達が行っているようだ。もっとも当のウィリアムは自分の兄がそんな肩書きを持っているとはつゆとも知らないのだが。 「分かりました」  こうなることは会議で決まっていてジアはもちろん事前に確認済みだったが、何も知らない風を装って頷いた。ただ何を買いに行くのかまでは知らされていなかった。  ウィリアムについて城を出て、門の前に用意されていた馬車に乗り込んで向かい合って腰掛けた。馬車に乗るのは初めてで、この狭い空間でどこに座ればいいのか正直よく分からなかったが、バランス的にもウィリアムの前の席に座るのが妥当だと考えたのだった。 (向かい合って座るのって何となく気まずいけど、でも隣に座るのも緊張するし、前後の方が物理的なバランスが良さそうだから……) 「お前……」  ウィリアムに声をかけられて、大したことのない物思いに耽っていたジアははっと我に返った。 「はい」 「名前はジアって言うんだよな?」 「作用でございます」 「歳は幾つなんだ?」 「孤児ですので正確な年齢は分かりませんが、おそらく二十五くらいだと思っています」 「二十五!?」  ウィリアムは心底驚いた表情をした。 「兄上と同い年だと? とてもそうは思えないが……」 (え、どういう意味だろう?)  ウィリアムがあまりにも驚いているので、ジアは少しばかりむっとした。 「歳より老けて見えますか?」 「いや、そうじゃない。むしろもっと若く見えた。俺と同じくらいかと……」 「エドワード殿下も実年齢よりずっと若く見えますけど」 「兄上は何と言うか、年齢以上の落ち着きだとか、知的さを兼ね備えておられるが、お前からは全くそれを感じない」 (そりゃそうだろう。同じ二十五歳でも、育ちが天と地ほども違うんだから) 「その通りです。俺は知性とか以前に学なしですから」 「こんなにも違うものなのか……」  失礼な内容を真剣に吟味しながら考え込んでいるウィリアムを見ながら、ジアは怒っていいのか笑ったらいいのかよく分からなくなってきた。 「……それで、今日は何を買いに行かれるのですか? そもそも殿下のような身分の方が自分で買い物などなさるものなのですか?」 「当然だ。自分で買い物をしてみなければ、国民の生活状況が掴めないだろう?」  ウィリアムは当然だと言わんばかりに頷いた。 「今日行くのは王室御用達の装飾店だ」 「何か装飾品をお探しなのですか?」 「お前に買ってやるんだ」  ジアはぎょっとして思わず訝しげにウィリアムを見た。 (何でだ? なんか本当のデートっぽいんだが……) 「魔法の加護は装飾品にも付与することができる。普段肌身離さず身につける加護をお前も持っていた方がいいと兄上が仰っていたんだ」 「あ、そういうことですか……」  そういう言い方をしてデートっぽい買い物に仕立て上げたのだろう。ジアはため息をついて椅子に座り直した。 「あ、そういえば殿下、こちらをお返しするのを忘れていました」  急に短剣のことを思い出して、ジアは慌てて腰に佩いていた短剣を差し出した。 「それはお前にやる。また魔物の討伐に出る際に必要になってくるはずだ」 「え、でも、これは皇后陛下の形見の品だと伺ったのですが」 「確かにそれは母上の持ち物だったが、ただそれだけの話だ。その短剣が母上というわけではない。物はただのモノでしかないだろう?」  そういうものなのだろうか。ジアにはウィリアムの価値観はいまいち理解できなかった。  目的の装飾店は、城から少し離れた町の片隅に細々と店を構えていた。 (王室御用達の割にはこじんまりとした店なんだな) 「見た目は古びた店だが職人の腕はピカイチだ」  ジアの表情を見てウィリアムがそう説明した。 「あ、いや、そんなつもりでは……」 「大量消費のこのご時世、こんなに手の込んだ職人技で高価格な装飾品店がやっていけているのは、王家のご贔屓があるからですよ」  店の奥から出てきた店主の老人も、ジアの表情を見て笑いながら説明した。何となくいたたまれない気分になって、ジアは申し訳なさそうに俯いた。 「それで、今日はどのような品物をお探しですか?」 「こいつになにかちょうどいいものを見繕ってやってくれ」  ジアは今更ながら、七つも歳下の若者に「お前」や「こいつ」呼ばわりされていることに気がついて一瞬だが呆然とした。 「かしこまりました。何かご希望はありますか?」 「えっと……」  そう言われても、ジアは今まで装飾品など身につけたことがなく、どのようなものがこの場合相応しいのかよく分からなかった。 「……あの、皆さん一般的にどんな装飾品を身につけているものなんですか?」 「王家の方なら必ずいくつかの装飾品を身につけておられます。何でもお好きなものでいいのですが、付与する加護と親和性のあるものが望ましいですね。例えば攻撃力を上げる加護なら、剣を振るう腕にあると望ましいので腕輪とかですね」  ジアは改めてウィリアムをゆっくりと観察してみた。確かに耳飾りに首飾り、腕輪に足輪まで身につけていた。 「装飾品は一つ一つが小さいから、衣服に比べて攻撃力や防御力は少なくなる。装飾品と親和性が高い加護は、特殊能力を身につける系統のものだな。例えばこの耳飾りをしていると、動物の言葉が分かるようになる」 「ええっ?」  そんな加護があるとは思いもしなかったため、ジアは思わず素っ頓狂な声を上げた。 「それはすごいですね」 「馬や馬車に乗る時役に立つんだ」  それなら自分が欲しいと思う能力に合わせた装飾品を選べばいいということになる。 (自分が欲しい能力か。何だろう。何でも欲しいけど……)  その時はっとひらめいて、ジアは思わずウィリアムに向かって前のめりになった。 「水中で息ができる加護ってあるんですか?」

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