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第18話 睡眠不足にご用心
船に戻ると、待ち構えていた騎士団員たちが、エドワード、ウィリアム、ジアの三人をわっと取り囲んだ。優雅な仕草で甲板に降り立ったエドワードは、最初に駆けつけた団員にぐったりとしたウィリアムを託し、ジアをそっと甲板に座らせてくれた。
「全く! セイレーン退治ごときでこの私を駆り出すなんて、一体何事ですか!」
何やら荒ぶっている声のする方を振り返ると、目を真っ赤に充血させて疲れ切った様子のアルバートが、その場にいた騎士の一人に向かって文句を言っているところだった。エドワードが海底から投げ上げた三又槍を手に持っていて、今にもそれを振り回しそうな形相だ。
「魔法使いは人手不足だっていつも言ってるじゃないですか! もう三日もろくに寝ていないってのに、セイレーンくらい自分たちで何とかして下さいよ!」
「アルバート様、私の力不足です。申し訳ありません」
慌てて前に出てきて跪いたアルガを、アルバートはじろりと睨みつけた。
「あなたの魔力では、深海に潜った殿下の位置を正確に割り出すことは出来ないと分かっていたはずです。だったら潜らせないようにしなければならなかったでしょう?」
「でもそのおかげで、結果的に親玉を打ち取ることができた。ウィリーを追う必要がなかったら、小物退治で満足して最も危険な一体を取り逃していただろう。今回のことは長く生きた怪物がいたことに気が付かなかった私の責任だ。私からも謝るから、どうか怒りを収めてはくれないか」
アルガの後ろからエドワードも出てきて一緒に謝罪したため、アルバートは狼狽えた。
「殿下! やめて下さいよ! 別に本気で怒っているわけじゃないんです。ちょっと文句を言いたくなっただけなんですよ。こちらこそ殿下に御足労いただき申し訳ありません」
「確かに君への負担が大きすぎることは分かっているんだ。その辺も考え直さないと。救出した村人達は?」
「船室に寝かせております。ウィリアム殿下の耳栓を外した漁師も、今は正気を取り戻して一緒に休んでいます。一般的なセイレーンは歌で人間を引き寄せることは出来ても、思いのままに操れるなどとは聞いたことがありません。おそらく親玉の特殊能力だったのでしょう」
騎士団員の一人がそう告げ、エドワードは頷いて船室の方へ向かった。長い金髪の揺れる後ろ姿をボーッと見ながら、アルバートがポツリと呟いた。
「私としたことが、睡眠不足でイライラしてついカッとなってしまって。長く生きているにも関わらずまだまだ未熟者だ。殿下だって三徹だってのに……」
それを聞いてジアの胸が罪悪感にツキンと痛んだ。
「殿下はそんなにお忙しいんですか?」
「ちょうど普段の業務に加えて、来週一大イベントが控えているのでその準備に追われていらっしゃるんです」
「一大イベント?」
「隣国の姫君を訪問されるんです。ウィリアム殿下も随行なさいますから、ジア様にもお声がかかると思いますよ」
「え、俺も一緒に行くんですか?」
鍵穴開通のため、ウィリアムと親睦を深めなければならないのは事実だったが、流石に隣国訪問のお供までするのは違う気がした。
「俺が行くのはちょっと、体裁があまり良くないのではないですか?」
きちんと指導を受けた従者じゃあるまいし、何か粗相でも起こせば国際問題に発展しかねない。
「ジア様の容姿でしたら、ちゃんと身なりを整えれば品のある侍従に見えますよ」
「いや、でも……」
「それに少々の失礼ならセリーヌ様はお許し下さいます。寛容で美しい、まさにエドワード様にぴったりのお方です」
「え?」
ジアは驚いて思わずアルバートを二度見した。
「今何て仰いました?」
「まさにお似合いのカップルですよ。セリーヌ様はエドワード殿下の婚約者です」
(あのセイレーンの親玉がエドワード殿下の姿をしていたってことは、つまりそういうことだよな。ウィリアム殿下はセリーヌとかいう姫君についてどう思っているんだろう……)
セイレーン退治から数日後、部屋を訪ねてきたウィリアムが隣国訪問に同行するよう伝えてきた時、ジアはそんなことを考えながら上の空で返事をした。
「……おい、聞いてるのか?」
「はい、もちろんですよ」
「出発は明日の夜明け前だ。身支度に少し時間がかかるから、今日は早めに寝て明日は侍女が起こしに来たらちゃんとすぐ起きるんだぞ」
「はい、明後日の出発ですね」
ウィリアムはジアの両頬を指でつまんで強く引っ張った。
「いててててて!」
「ほら、やっぱりちゃんと聞いてないじゃないか!」
ジアはようやく我に返り、涙のたまった瞳でウィリアムを見上げた。
「す、すみません」
「まだ海での疲れが取れないのか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
ジアは思い切ってウィリアムに聞いてみることにした。
「あの、少し小耳に挟んだんですけど、隣国の姫君っていうのはその、エドワード殿下の婚約者なんですよね?」
動揺するかと思ったが、ウィリアムは全く表情を変えることなく平然と頷いた。
「そうだ。セリーヌ様と兄上は幼い頃に両国の国王同士で決めた許嫁の間柄だ」
「ウィリアム殿下もご存じの方なのですか?」
「ああ、毎年必ず一度はお会いするからな。聡明で美しく、まさに兄上に相応しいお方だ」
(へえ、意外と平気なのか。それともそういう好きじゃなかったのかな)
なんだか少し拍子抜けだったが、ジアはなんとなくほっとした。
「隣国へはどうやって行くんですか? けっこう遠いと思うんですけど、馬車を使うんですか?」
「いや、今回は兄上のたっての希望で、ペガサスで行くことになった」
「ペガ……え? 今何て仰いました?」
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