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第21話 慧眼か、それとも節穴か

 青いドレスを身につけ、上品にうなじで結った栗色の髪に銀のティアラを刺したセリーヌは、清楚で育ちの良い美しさを身につけた女性であった。女性にしては背が高く、ジアと同じくらいの身長がありそうだ。ジア達が正門から入場して大広間に招き入れられた時、彼女はエドワードと手に手を取り合って彼らを待っていた。色白ですらりとのびた綺麗な薬指には、ダイヤモンドのはめ込まれた婚約指輪らしきものがなんの違和感もなくきちんと収まっていた。それはまるでなんの違和感もなく自然に寄り添っているこの若いカップルを象徴しているかのようであった。 「セリーヌ様、お久しぶりでございます」  ウィリアムが片膝をついて恭しく頭を下げたため、ジアも慌ててお城の大理石の床に跪いた。 「お立ちになってください。お久しぶりですね」  優しい声に促されてウィリアムが立ち上がったので、ジアも慌てて立ち上がる。セリーヌは興味深そうな目でジアを見た。 「ウィリアム殿下、こちらの方は?」 「私の新しい従者です」 「そうなのですか? ペガサスに一緒に乗っておられたように見えたのですが……」  特にやましいことはないはずだったが、ジアはなんとなく緊張して背中に冷や汗をかいた。 (あの距離で俺たちが一緒のペガサスに乗っているのが見えたのか。他にも騎士団員はたくさんいたし、そもそもエドワード殿下の方に注意が行っているものとばかり思っていたのに。このお姫様は見かけによらず観察眼が鋭いな) 「ちょっと特別な事情がありまして。彼は今回ペガサスに乗るのが初めてだったので、私が補佐する必要があったのです」 「特別な事情がおありなのですか?」  セリーヌは意外とジアの事を深掘りしたがった。エドワードも不思議に思ったらしく、セリーヌの肩に腕を回して彼女の顔を覗き込んだ。 「どうした? 彼のことが気になるのか?」 「いえ、ウィリアム殿下が誰かとこのように親密な様を見るのは初めてでしたので。とても綺麗な方ですし、もしかしてそういう関係の方なのかと……」 (前言撤回! 男ですよ男! どこに目付けてるんですか!) 「ウィリアムといい仲の者がいると何か都合でも悪いのか?」  エドワードは何もおかしいことなど無いかのように自然に会話を続けた。 「そんなつもりじゃなかったんですけど……いえ、実はウィリアム殿下に紹介したい子がいたんです。でも、そうですね、あまりよろしくないでしょうか?」  エドワードが頷きそうになったので、ジアは慌てて首を大きく左右に振った。 「いえ! 私は決してそういう者ではありませんので! 私にはお構いなく!」 「そうなのですか? 私の遠い親戚でリネと言う子なんですけど、以前からウィリアム殿下に好意を寄せているみたいでして。ちょうど今も私のお城に遊びに来ているところだったので、いい機会だと思ったんですけど……」  その時、重厚な衣装を身につけた年配の男女が、若い娘を一人伴って大広間の奥から現れた。その場にいた全員が一斉に跪く。今度はジアも周りに注意を払っていたため、出遅れずに適切なタイミングで動くことができた。 「国王陛下にご挨拶申し上げます」  エドワードが深々と頭を下げ、ウィリアムと他の騎士団員たちが後に続く。 「国王陛下にご挨拶申し上げます」 「ようこそ我が国へ」  隣国の国王は相合を崩して義理の息子となるエドワードの手を取って立ち上がらせた。 「君ももう二十五になるのか。月日の流れとは早いものだ。あんなに小さな子供だったのに、こんなに立派な若者に成長した。国中の娘達や他国の姫君まで君に夢中だという噂を聞いたが、我が娘は果報者だな」 「恐れ入ります。そのような噂、私は初耳でございます。セリーヌ様を妻に娶る栄誉を得た私の方が果報者にございます」  隣国の国王は今度はウィリアムに顔を向けた。 「君もいつのまにか立派な青年になったのだな。確か今年で十八だったか? 君も君の兄に負けず劣らず人気者だろう」 「恐れ入ります。私は兄と比べてまだまだ未熟者ですので、そのようなことに関しましては全く兄の足元にも及びません」 「もしそれが本当なら、この子は心から喜ぶだろう。リネ、こちらへ」  国王は一緒に大広間の奥から連れてきていた娘をウィリアムに紹介した。 「私の妹の子供の従姉妹に当たる子で、今年で十六になる。去年君たちが我が城を訪問した際に遊びに来ていて、遠目で君の姿を見てそれからずっと気になっていたそうだ」  国王に紹介されて、リネは恥ずかしそうに青い目を伏せた。サラサラと手入れの行き届いた長い金髪が美しく、薄桃色のドレスを身につけた体は若々しさに満ち溢れている。 (青い目に金髪、優しげな風貌……この子はどことなくエドワード殿下に似ている気がするな)  ウィリアムの側にいるジアが見ていることに気がついて、リネがジアの方に視線を向けた。国王も不思議そうにジアを見る。ジアは再び冷や汗をかきはじめた。 (当然だ。他の騎士はみんなずっと後ろに控えてるのに、俺だけウィリアム殿下の隣にいるなんてどう考えてもおかしいだろ) 「ところでこの御仁は初めて見る顔だが……見た感じ君たちの親戚といった風では無いようだが」 「父上、この方はウィリアム殿下と特別な関係にある方だそうでして」 (やめて! なんかその含みを持った言い方恥ずかしいから!) 「特別な関係?」  隣国の国王は全く何もピンとこないようで、不思議そうに首を傾げた。 「命の恩人で、兄弟の契りを交わしたとか?」 「我々の都合で契りを交わしてもらう必要がある者でして、現在ウィリアムと親交を深めている最中なんです」 (エドワード殿下! その言い方はもっと恥ずかしいからやめて!)  ジアは今や背中から滝のように汗を流していて、顔からも火が出そうだった。 「ふむ、何か複雑な事情がありそうだが、彼は男性のようだし特に不都合は無いだろう? リネも一緒にウィリアム殿下と少し話してみてはどうかね?」 (そう! それ! それが普通の反応ですよ!)  エドワードは何か言いたげだったが、ジアはここぞとばかりに素早く頭を下げた。 「私のことはどうかお構いなく! 他の騎士団員と一緒に控えさせていただきますので!」 「うむ、長旅で疲れただろう。早く皆を部屋へ案内せよ。ウィリアム殿下はエドワード殿下と一緒に私の部屋で少し話そうじゃないか。さあ、リネもおいで」  リネはほんのりと白い頬を赤く染めながら、少女らしい純粋無垢な動きでウィリアムの腕を取った。 「殿下とお話しできるの、とても楽しみにしていたんです」  ウィリアムはちらっとジアを振り返ったが、促されるままに踵を返して王家の一行とともに大広間を出て行った。他の騎士団員と一緒に残されたジアはほっとして大きく息をついたが、ずっと側にあった体温が急に消えたような寒々しい空虚感を感じて、なんとなく寂しい気分になった。 「ジア様、我々も行きましょう」  今回一向に同行していたヒカに促され、ジアは後ろ髪引かれるような気持ちで彼らと一緒に従者のために用意された部屋へと向かったのだった。

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