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第22話 星空の下で想いを語る

「あのまま行かせてしまって良かったんですか?」  従者達のために用意された広い部屋で、綺麗なグラスに注がれた果物入りの水を飲んでいたジアは、ヒカにそう尋ねられて思わず水を吹き出しそうになった。 「え、どういうことですか? ていうか誰のことですか?」 「またまたしらばっくれて。ウィリアム殿下に決まってるじゃないですか」  さも自分は全て分かっていますよという態度でうんうんと頷くヒカを、ジアはイラっとしながらじとりと睨んだ。 「仰る意味が分かりませんね。殿下がどこに行かれようと俺には何の関係もありませんし、そもそも俺にそれをどうこう言う権利がありますか?」 「普通の人間にはそんな権利ありませんが、ジア様は特別です。鍵穴という大役を背負っておられるのですから、少々の我儘は許されます。ほら、エドワード殿下も気にしておられたではありませんか。ウィリアム殿下を独占する権利をジア様は持っておられるんですよ。他の女でも男でも、ウィリアム殿下と一緒にいて欲しくないならそれを主張できる権利がジア様にはあるんですよ」 「そんなわけないじゃないですか。俺がそんなこと言った日には一瞬で首が飛びますよ。それに俺はともかく、殿下はこの馬鹿げた役割を終えたらちゃんとした家柄の令嬢と結婚しなければならないんじゃないですか? もし俺とのことがバレたら、女性はあまり快く思わないと思いますよ」 「ジア様はウィリアム殿下の伴侶の座が欲しくはないのですか?」 (だからそれ、みんなさも当然のように言ってくるけど、なんで誰もおかしいと思わないんだ?) 「いやですから、それは最初から無理な話であって……」 「どうして無理なのですか?」 「だって俺は男じゃないですか」 「男ではだめなのですか? 我が国では同性婚は禁止されてはいませんよ」 (逆にどうして王子殿下の伴侶が男でもいいと思えるのか分からないんだが) 「それはそうかもしれませんが、同性婚というのはやはり少数派ですし、国家の代表たる王子殿下にはあまり相応しくないかと。いや、ウィリアム殿下が元々そういう趣味の方なら仕方ない部分もあるかもしれませんが、そうじゃないではありませんか」  そう言いながら、ジアはセイレーンがエドワード殿下の姿を取っていた事を思い出した。 (いや、あれはあれだ! エドワード殿下は特別だから。俺だってちょっとときめいちゃったし) 「それに男では後継者が産めません」 「それは問題ありません。既にエドワード殿下とセリーヌ様との婚姻が決まっております。養子を取るという方法もありますし、どうしてもお二人の子供が欲しいなら、可能性はゼロではありませんよ」 「いや、ゼロでしょう」 「アルバート様の師匠である大魔法使いジョージア様は、かつて男性でも妊娠することができる魔法を確立されたそうですよ」 「ええっ?」  それはそれで問題だろう、とジアは思わず身震いした。 (どっちがって、当然産むのは俺なんだろうな。なにせ鍵穴は俺なんだから) 「ジア様は何も遠慮する必要など無いのですよ」 「いや……」  自分たちは宝箱を開けるために肉体関係を持つ必要があるだけの関係だ。 (確かに殿下にはその気になってもらう必要があるけど、でももっと割り切った関係でいいはずだ。エドワード殿下をはじめ、みんな真面目すぎる気がする。宝箱が開いた後まで俺たちが関係を維持する必要なんかないのに……)  てっきり泊まって帰るものとばかり思っていたが、ちょうど日没前くらいの時間帯になった頃、ジア達が控えていた部屋にエドワードとウィリアムがやってきて帰り支度をするよう騎士団員たちに告げた。 「慌ただしい訪問でしたね」 「エドワード殿下もウィリアム殿下もお忙しい身ですので。長く国を離れることはできないんです」  ヒカにそう言われ、ジアは目の下にくっきり隈をつくった状態でプロポーズせざるを得なかったエドワードを思い出して心が痛んだ。 「ジア、待たせたね。ゆっくり休めたかい?」  相変わらずやつれた様子のエドワードがウィリアムを連れてジアの所へやって来た。 「お陰様で、とても過ごしやすい部屋でした」 「ウィリーだけ連れて行って、君を置いて行ってしまって悪かったね」 「いえ、本当に俺のことはお構いなく」  ウィリアムも疲れているのか、無表情のまま黙りこくっている。 「日も落ちたし、出発するには丁度いい頃合いだ。あまり遅くなると国に着くのが深夜になってしまう。ウィリー、ペガサスの準備を頼めるか?」 「はい、もちろんです」  一礼して部屋を出て行ったウィリアムを追いかけようとしたジアをエドワードが呼び止めた。 「ジア、ちょっと」 「はい、何でしょうか?」  エドワードはジアに近づくと、声を低めて囁いた。 「あの子は、リネはウィリーに好意を抱いているようだが、ウィリーにその気は全くないから安心していい。以前聞いたことがあるんだが、ウィリーの好みは歳上で、歳下の人間には興味がないと言っていたんだ」 「……」  何と言っていいか分からず、ジアは感情の無い目でエドワードを見返した。エドワードはにっこり笑ってウィンクすると、部屋にいる騎士団員全員に聞こえるように声を張り上げた。 「用意ができた者は外へ。出発の準備を!」  来る時と同じように、ジアはウィリアムと一緒にスノーホワイトの背中に乗った。相変わらずウィリアムが押し黙ったままなので、ジアは少し心配になった。 (何だろう。何か不愉快なことでもあったんだろうか。まあ他国の王族を訪問したんだ、緊張して疲れたんだろう。いやそれとも俺がなんかしたのか?)  自分なりに気をつけたつもりだったが、セリーヌやリネの前での自分の態度が果たして百点満点だったかと言われれば、ジアは自信を持って頷くことはできなかった。 (出しゃばって発言もしてしまったし。ずっと黙っていられれば良かったんだが、でもあの場で何も言わないわけにもいかなかったし……) 「ジア様」  不意にスノーホワイトに声をかけられ、ジアはびっくりして掴んでいた彼女のたてがみを思わずギュッと引っ張ってしまった。 「あ、ごめんなさい!」 「大丈夫ですよ。それよりずっと俯いておられるみたいですけど、雲を抜けましたよ」  スノーホワイトの言葉に促されて、ジアは恐る恐る上を見上げた。 「わあ……」  城を出た時は曇り空だったのだが、スノーホワイトの言う通り雲を抜けたらしい。ジアの頭上に広がっていたのは、まるで宝石を砕いて散りばめたかのような満点の星空だった。 「ジア様はこんなに近くで星を見るのは初めてなのではありませんか?」 「うん」  あまりの美しさに、ジアは思わずため息をついた。装備のおかげで全く寒くはなかったが、口から漏れた白い息が足元の雲と混じって後ろへと流れていく。 「殿下、星が綺麗ですよ」  後ろにいる温かい人とこの感情を分かち合いたくて思わず声をかけたが、よく考えるとペガサスの世話係のウィリアムにとっては珍しい光景でもなかったのかもしれない。しかしそれでもいいとジアは思った。壮大な自然の美しさには不思議な力があるのか、いつもなら遠慮したり躊躇したりするところだったが、この感動を一人胸の内に秘めておくことなどできるはずがなかった。  後ろにいるウィリアムが身じろぎした。一瞬星を見上げたようだったが、すぐに彼は下を向いた。前を見ているジアになぜそれが分かったかというと……。 (……え?)  ジアはびくりと体を硬直させた。ウィリアムが額をジアのうなじのあたりに埋めたのだ。両脇から支えてくれている腕には力がこもっていて、体調が悪いわけではなさそうだった。 「殿下……?」 「セリーヌ様は素晴らしい女性だ」  背中を温かいものが濡らして、ジアは振り返りそうになった自分を慌てて止めた。 「長い付き合いだからよく分かっている。美しく寛容で聡明、兄上に対する心にも偽りがない。これ以上兄上に相応しい方はいらっしゃらないだろう。だが……」  ウィリアムはジアを抱いている腕にギュッと力を込めた。まるで後ろから支えているというより、目の前の人間にしがみついているかのようだった。 「兄上は……俺の兄上だったのに……」  ウィリアムの体が小刻みに震えて、嗚咽を堪えているようだった。ジアの胸にも悲しみが広がった。この星空の下では、誰もが心のうちを曝け出さずにはいられないようであった。

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