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第24話 ペットを買いに行ったんだろ? なんで食品を買って来たんだ?

「ジア様? それは鶏の卵ですよ。確かに雛は可愛らしいですが、愛玩動物としてはちょっと……」  アルガが言うのを聞き流して、ジアは鶏の屋台に近づいた。 「雛を飼いたいのかい? 悪いがこの卵は食用だから、あっためても孵らないよ」  二人の会話を聞いていた屋台の店主もジアにそう告げたが、ジアは迷わず籠の隅にちょこんと転がっていたその卵を取り上げた。 「でも、なんだか温かいように感じます」 「あ? そんなわけないだろ?」  店主も試しにジアから受け取った卵を手のひらに乗せたが、すぐに呆れたように首を振った。 「他の卵と何も変わらねえよ。ちょっと殻の色が赤みがかってるからそう感じるだけだろ」  ジアはアルガを振り返った。 「これ買ってもいいですか?」 「ええ〜? 家に帰ればもっといい卵をたくさん食べられますけど?」 「兄ちゃん、これだっていい卵だよ。こっちの兄ちゃんがどうしても欲しいってんだから買ってやりなよ。よく見たら他の卵よりちょっと大きいし、お買い得だよ。そんな高い買い物でもないだろ?」  アルガは納得いかない様子だったが、それでもジアの希望通り卵を購入してくれた。 「ありがとうございます」 「いえいえ、ジア様は本来この屋台丸ごと買える権利をお持ちなんですよ。ジア様が希望されるのであれば、私に構わず何でも仰って下さい」 「え、俺ってそんなに金持ちだったんですか?」 「ジア様は着の身着のまま連れてこられたのですから、当然我々はそれなりの保証をすべきです。ジア様の希望の物は全てウィリアム殿下の財布から購入することになっております」  ジアは呆れてため息をついた。 (俺がもしとんでもない浪費家のわがままお嬢様だったらどうするつもりだったんだろう? 危うく傾国の悪姫になるところだったぞ)  その後アルガは違法取引されている魔法生物がいないか調べながら、ジアが気に入りそうな可愛い動物を見つけるたびに声をかけてくれたが、何故かジアは他のどの動物を見ても、あの卵を見た時ほど心を動かされなかった。 「やれやれ、結局ゆで卵の材料を購入しただけになっちゃったじゃないですか」  お城に帰る道すがら、アルガはジアが大事そうに抱えている小さな卵を見ながらため息をついた。 「別に卵を買うのは構いませんが、それにしても他の動物ももっと見たって良かったじゃないですか」 「何だかそんな気分じゃなくなっちゃって」 「子犬を見に行ったはずなのに、そんなことってあります?」  アルガは呆れたようにそう言ったが、ジアは全く気にすることなく両手で卵をしっかりと包み込んだ。  自分の部屋に戻ったジアは、少し考えてから小さな装飾品の入った木箱を取り出した。中に入っている腕輪や首飾りなどの装飾品を全て机に出して、浴室に置いてあるふわふわのタオルを一枚中に敷いてから、その中にそっと卵を入れた。  その時、トントンと部屋の扉を叩く音がした。 「どうぞ」  ゆっくりと扉を開けて入ってきたウィリアムは、鶏の卵のような物の入った箱の前に座っているジアを見て眉をひそめた。 「何をしてるんだ?」 「ちょうどいい箱があったので、卵の入れ物にしようと思って」  ウィリアムはジアの側に近づいて、箱の中の卵をしげしげと眺めた。 「アルガがお前が食用の卵を買ってきたと言っていたんだが」 「屋台の店主にもそう言われたんですけど、俺は何だかこの卵が生きている気がして」  ウィリアムは指先でそっと卵に触れてみた。 「ごく普通の鶏の卵にしか見えないが」 「確かにそうなんですけどね」  ジアもそう言いながら、ウィリアムが触れている場所とは反対側の殻の部分をそっと撫でた。と、ジアが触れた部分に突然亀裂が入り、ピキピキと伸びた割れ目の先がウィリアムの触れている部分まで、まるで鉛筆で線を書いているかのように伸びて行った。 「……え?」  パリッと薄い殻が破れる音がして、次の瞬間、卵の中にいたものがひょっこりと顔を現した。 「ええっ!?」  ジアは驚いて思わず後ずさった。ウィリアムも目を見開いて驚きを隠せずにいる。 「……何だこれは?」  その生き物は黒くて大きな丸い瞳でじっとジアのことを見つめている。それから長い口の先を殻から突き出し、ひび割れをこじ開けて今度は体も出てきやすいようにさらに穴を広げた。上に乗っていた殻を退けると、その生き物は折りたたまれていた翼をゆっくりと広げて大きくあくびをした。  確かに翼はある……が、どう見ても鶏の雛ではなかった。 「……え、何これ?」  その生き物がくしゃみをすると、鼻の穴から微かに黒い煙のようなものが流れ出てきた。 「ドラゴンだ!」  ウィリアムが我に返って立ち上がると、部屋の隅に垂れ下がっている紐を勢いよく引っ張った。すぐに足音がして、外から侍女の呼ぶ声が聞こえてきた。 「ジア様、お呼びでしょうか?」 「大至急アルバートを呼べ!」 「え? ウィリアム殿下?」 「いいから急げ!」 「は、はい!」  侍女は慌ててバタバタと廊下を走り去って行った。 「……これがドラゴンなのですか?」  ジアは卵から生まれ出たばかりの小さな生き物をしげしげと眺めた。うっすらと赤黒い鱗に覆われていて、小さいが鳥の雛のように弱々しくはない。丸い目はしっかりと開いていて、周りの様子をきちんと認識しているようだ。真っ直ぐにジアを見つめる瞳が可愛らしくて思わず手を差し伸べると、その小さな生き物はジアの手のひらにちょこんと飛び乗って体を丸めた。 (あ、なんか可愛い) 「俺も初めて見るが、鼻から煙が出てきたところを見ると火が吹けそうだ。翼もあるし、ドラゴンの特徴と一致している」 「ドラゴンって赤ん坊でももっと大きいんだと思ってました。それに俺のこと怖がらないのって、もしかして最初に見たのが俺だから親だと思ってるんでしょうか?」 「分からない。ドラゴンはペガサスの比にならないほどの絶滅危惧種で、謎の多い生き物でもあるんだ」  程なくして廊下を慌ただしく走ってくる足音が聞こえ、部屋の外からアルバートの声が聞こえた。 「殿下、お呼びでしょうか? ジア様のお部屋からお呼びということは、もしかして鍵穴が……」 「いいからさっさと入ってこい」  恐る恐る扉を開けて入ってきたアルバートは、二人がベッドではなく机の前に並んで腰掛けているのを見て、失望とも安堵とも取れる表情をした。 「大至急お呼びということでしたが、一体どうされたんでしょうか?」 「これを見てくれ」  ウィリアムに促され、ジアの手の中にいる生き物を見た瞬間、アルバートの両目が赤い光を放った。 「うわっ!」  ジアの声に、眠りかけていた赤ん坊がビクッと目を覚まして翼を広げた。 「あ、ごめん」 「これは一体……」  アルバートも驚きであんぐりと口を開けている。 「どうしてドラゴンの赤ん坊がここにいるんですか?」

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