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第25話 ドラゴンと心を通わせる者1
「やっぱりドラゴンなんですね」
アルバートはジアの声など耳に入っていない様子で、ジアの手の中にいるドラゴンの赤ん坊に向かってフラフラと近づいてきた。
「ジョージア様とアルジアがいた時代にはよく見かけたものですが、ここ何世紀かはさっぱり影も形も見ていなかったのに……」
ジアはウィリアムを振り返った。
「誰のことですか?」
「大魔法使いジョージアはかつての王室付き筆頭魔法使いで、この国の歴史上最も力のある魔法使いだったそうだ。確かアルバートの師匠のはずだ。アルジアという名前は俺は聞いたことがないが……」
「アルジアは私の弟弟子で、ジョージア様の一番弟子でした」
「弟弟子なのに一番弟子?」
「我々は長寿なので年齢や弟子入りした時期などはあまり気にしません。アルジアは私より若く弟子入りした時期もずっと後でしたが、私より力があったので一番弟子の座に着いていたのです。ドラゴンの扱いに最も長けていたのがこのアルジアだったのもあって、彼がいた時代は人間とドラゴンの交流が最も多かった時代と言っていいでしょう」
「今いらっしゃらないということは、お二人は既に亡くなられたのでしょうか?」
「アルジアが亡くなった時にジョージア様も姿をくらまして、もう何世紀も消息不明なのです」
アルバートが手を伸ばして触れようとすると、ドラゴンの赤ん坊は鼻から煙を出しながら丸い目を鋭く尖らせて威嚇した。
「私は昔からドラゴンの扱いが苦手で……アルガを呼んできます。あいつの方がまだましかもしれないので」
「ドラゴンは鳥の雛のように、初めて見たものを親と勘違いして懐くものなのか?」
「ドラゴンの生態は謎が多く、私にはさっぱり分からないことが多いです。誕生に立ち合える機会などそうそうありませんし、私はドラゴンと会話することができなかったので」
アルバートはジアが初めて出会った魔法使いであり、彼の知る限り最も力のある魔法使いだ。その彼にもできないことがあるというのは何だか不思議な気分だった。
すぐに呼ばれたアルガは、ジアが市場で買った卵からドラゴンが生まれたと聞いて血相を変えた。
「ええっ? あれドラゴンの卵だったんですか?」
「なんかそうだったみたいで……」
「だってどう見ても鶏の卵でしたけど?」
アルバートも箱の中に残された卵の殻を持ち上げて凝視している。
「色も大きさも鶏の卵だな」
「一体どうやって産まれたんですか? 温めたんですか?」
アルガの問いにジアとウィリアムは顔を見合わせた。
「この箱にタオルを入れて、その上に卵を乗せてたんですけど、俺とウィリアム殿下で卵を触ってたら突然殻にヒビが入って……」
「たまたまそのタイミングで孵ったのか、外的要因が加わったせいなのかはよく分からない。アルガはドラゴンについて詳しいのか?」
「詳しいどころか、見たこともありませんよ。アルバート様ならお詳しいのではないかと」
「私は昔からドラゴンとは相性が悪かったんだ。お前はどうだろうと思って呼び出したんだが……」
アルガは恐る恐るドラゴンに向かって手を伸ばした。赤ん坊はあまり友好的な表情は見せなかったが、それでも彼が頭に触れることは許したようだった。
「よし、でかした! お前はドラゴンとの相性がいい!」
「……こいつすごい不満そうな表情してますけど?」
「ドラゴンはとても繊細な生き物で、少しでも気に食わない相手には指一本触れさせないからな。触れた時点で心を許したも同然だ」
「では、ジア様はどうなのですか?」
「もしかしたら本当に鳥の雛と同じで、初めて見た相手を親と勘違いしているのかもしれない。ドラゴンの赤ん坊が手に入ることなんて滅多にないから、これはとても興味深い研究対象だぞ」
興奮したアルバートが考え無しに伸ばした手に向かって、ドラゴンが煙の鼻息を勢いよく吹きかけた。
「あちちちちち!」
「へえ、赤ん坊のくせに賢いんだな。火を吹けそうなのに、こいつに火を吹くのはまずいと判断して煙を吹きかけたのか」
ウィリアムが指先でドラゴンの頭をそっと撫でると、ドラゴンは丸い目を気持ち良さげに細めた。
「おい、俺も触れたぞ。同類のはずの魔法使いのお前らの方が警戒されてるのは何故なんだ?」
「ですからドラゴンの生態はまだまだ謎が多く……」
ジアは赤ん坊をそっと箱の中に戻してやった後、ふと気がついてアルバートを見た。
「あの、ドラゴンって絶滅危惧種なんですよね?」
「超、超、超絶滅危惧種ですよ」
「これからこの子はどうなるんですか? ペガサスみたいにこのお城で保護するんですか?」
ウィリアムもアルガもアルバートの方を振り返った。この中でドラゴンを見たことがあるのは彼一人で、ドラゴンとかつてどのように生活していたのか知っているのも彼の他にいなかった。
「そうですね……アルジアがいた頃、ドラゴンはよく彼を訪ねてこの王都までやってきていましたが、彼らがどこに住んでいるのか、どのような生活をしているのかはよく分かっていませんでした。ただ彼らは自分たちが絶滅の危機に瀕していることを知りながら、ペガサスのように我々に保護されることは望みませんでした。今回のようにお城で卵が孵るなどというのは前代未聞でして、私としてもどうしたものか……」
「こいつには親がいないんだ。ここで育てるしかないだろ」
「しかし殿下、ドラゴンが何を食べるのかご存知ですか?」
「いや。お前は知らないのか?」
「誠に遺憾ながら、存じ上げないのです」
「書物は? 何か記録は残っていないのか?」
「残っていれば当然我々魔法使いが見逃すはずはありません」
ウィリアムは途方に暮れたような表情をした。
「それじゃどうすればいい? このままじゃこいつを育てることはできないぞ?」
その時だった。慌ただしく廊下を走ってくる音が近づいて来たかと思うと、バーン! とノックもせずにジアの部屋の扉が開かれた。
「アルバート様! ここにおられるとお聞きしたので……」
ジアは初めて見る顔だったが、服装からして魔法使いの一人のようだった。
「どうした? 何があったんだ?」
「ド、ドラゴンです! ドラゴンが飛来しています!」
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