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第26話 ドラゴンと心を通わせる者2
アルバートは呼びに来た魔法使いについて慌てて部屋を飛び出して行った。アルガとウィリアムも後に続く。ジアはドラゴンの赤ん坊を箱ごとそっと抱えて皆の後を追った。
(ドラゴンの生態は謎が多いって言ってたけど、もしかしてここに赤ん坊がいることを察知して母親が連れ戻しに来たのかもしれない)
ドラゴンが飛来していたのはペガサスを飼育している屋上庭園だった。ジアが着いた時、他のペガサスたちはどこかに身を隠していて見当たらなかったが、ホワイトシルバーとスノーホワイトだけウィリアムとエドワードの側に寄り添っていた。アルバートとアルガを含む数名の魔法使いと騎士団員が、あんぐりと口を開けて頭上を見上げている。ジアも皆の視線の先を見て、呆然とその場に立ちすくんだ。
ドラゴン。あまりにも有名な魔法生物で、たとえ一度も見たことなどなくても一目でそれと分かる。体長は十メートルほどで、巨大な翼を持ち、赤黒い鱗に全身を覆われている。どことなくジアの腕の中にいる赤ん坊に似ている気もするが、黒い眼の眼光は鋭く、全体的に固くて尖った印象だ。その場にいる全員のことを警戒しているのか、鼻からは絶えず黒煙がもくもくと立ち昇っている。
「ジア!」
エドワードがジアに気がついて手招きした。
「それが君が孵したという赤ん坊かい?」
「はい」
ジアが近づくと、エドワードは緊張した面持ちながらも興味深そうに箱の中のドラゴンを覗き込んだ。
「一緒に入っているのが卵の殻だね? よくこれがドラゴンの卵だと分かったな」
「いえ、ドラゴンの卵と思って買ったわけじゃないんです」
エドワードは不思議そうな表情でジアを見た。
「なら、何故わざわざなんの変哲もない鶏の卵を欲しがったんだ?」
それはジアにも分からないことだった。別に鶏が飼いたいわけではなかったし、卵を食べたいわけでもなかったのだから。
「ただ何となく、この卵が欲しくなって……」
我ながら全く説得力のない説明だと思ったが、これ以上自分の行動に相応しい言葉も他に見つからなかった。
「直感、というわけだね」
エドワードは流石人格者だけあって、ジアの説明を笑うことなく真剣に受け止めてくれた。
「あの……でも、直感でドラゴンの卵を引き当てるなんて、そんなことってありますかね?」
アルガが至極真っ当な質問をエドワードに投げかけた。
「この世には我々が思っている以上に不思議なことがたくさんあるものだ。現に魔法を使えない私にとっては、君たち魔法使いという存在自体が不思議なものだよ。ジアは鍵穴の所持者だが、この鍵穴だって謎しかない代物だ。既に鍵穴の所持者は宝箱を開けられるという力を持っているけど、それ以外にも何かあるのかもしれない」
「兄上」
ウィリアムの鋭い声に、エドワードとジアははっと顔を上げた。屋上庭園に飛来したドラゴンが大きな頭をもたげてこちらを凝視しているところだった。
「ジア、私に箱を渡して下がりなさい」
エドワードはそう言って箱に手を伸ばしたが、ドラゴンの赤ん坊が鼻から煙を出して威嚇したため顔色を曇らせた。
「困ったな。この子は私のことが嫌いみたいだ」
「そんなことありませんよ。殿下のことが嫌いな生き物なんていません」
思わずそう言ったジアを、ウィリアムが怒っているのか笑っているのかよく分からない表情で見た。
「俺が行ってみます。きっと赤ん坊を取り返しに来たんでしょう。この子を返せば危害を加えることはありませんよ」
「それは分からないよ。ドラゴンとの交流はもう何世紀もの間途絶えているんだ。彼らが魔物と化している可能性だってある」
「俺が行く」
不意にウィリアムが横から割って入ると、ジアから箱を取り上げた。
「ウィリー!」
「この赤ん坊は俺が触ることを許したんです。俺の方が適任でしょう」
「しかし……」
その時、キュイィ、とも、キュピイィ、とも取れる、微かな鳴き声のような音が聞こえた。兄弟が驚いて箱を覗き込むと、ドラゴンの赤ん坊が丸い眼でジアを見ながら、長い口を開けて必死に何か訴えているようだった。
「……なんか、一緒に行こうって言ってます」
「え?」
「誰が?」
ウィリアムとエドワードは仰天してジアを見た。
「……ジア、この子の言っていることが分かるのかい?」
エドワードの問いにジアは一瞬迷ったが、それでも力強く頷いた。自分でもこの赤ん坊が言いたいことがなぜ分かったのかさっぱり分からなかったが、なぜか自信だけはあったのだ。
「多分俺と、ウィリアム殿下に言っています」
ジアはそう言うと、ウィリアムからゆっくりと箱を取り返した。
「殿下、一緒に来て頂けますか?」
エドワードは心配そうな目で二人を見たが、ウィリアムはすぐに頷くとジアの前に立った。
「分かった。早く行ってかたをつけよう」
二人が近づいてくるのを、巨大なドラゴンは感情の読み取れない目でじっと見ていた。赤ん坊が一緒に行こうと言ったのは自分たちを認めているからだとは思ったが、それでもジアは足が震えるのを止めることができなかった。
(なんて威圧感のある生き物なんだ。正直殿下が一緒に来てくれてよかった。強がってはみたものの、一人じゃ怖くてとても近づけなかっただろう)
ドラゴンの間合に入る一歩手前辺りで、ウィリアムが一旦歩みを止めた。
「どうする? このまま進むか?」
ジアは箱の中の赤ん坊を覗き込んだ。赤ん坊は丸い眼でジアを見返したが、特に何も言わなかった。
(どうしよう。もう少し近づくべきか……)
その時、どこからともなく大人の男のような太い声がジアの心に響いてきた。
(……なぜ我らの赤ん坊がここにいるのだ?)
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