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第27話 ドラゴンと心を通わせる者3

 ジアは驚いてウィリアムを見たが、ウィリアムはジアが見ているのに気がつかない様子で、目の前のドラゴンから目を離さず微動だにしなかった。 (殿下には、いや、殿下だけじゃない。他の人たちには誰にも聞こえていないんだ)  ジアは箱をギュッと抱きしめると、一回深呼吸してからドラゴンを見上げた。予想通り、ドラゴンは鋭い目でじっとジアを凝視していた。 (どうしよう。俺の言葉は伝わるのかな?) (さっきから一人で何をぶつくさ言ってるんだ? 俺の質問に答えろ。なぜここに我々の赤ん坊がいるのかと聞いている) (普通に心の声が漏れてる!)  ジアはセイレーン退治の時に使った耳飾りを思い出した。もしかしたらあの要領でいけるのかもしれない。 (ぼーっとしてたら考えていることが筒抜けになってしまうから常に気を張って、伝えたい相手の顔を思い浮かべて……)  ジアは自分を見下ろしているドラゴンを真っ直ぐ見上げた。 (俺が鶏の卵だと思って市場で買ってきたんです) (何だと? 我々の卵が二束三文で売られていたのか? 金塊を積んだって手に入れられる代物じゃないぞ)  ドラゴンが金勘定の話をするのがなんだか可笑しくて、ジアは思わず強張っていた頬が緩むのを感じた。 (あなたはこの赤ん坊の親なのですか?) (いや、俺に子供はいない)  意外な返答に、ジアは思わず目を瞬いた。 (ここには子供を取り返しに来たのではないのですか?) (いや、ここにドラゴンの赤ん坊がいるとは全く聞いていなかった) (ではなぜここに来られたのですか?) (彼女に呼ばれて来たのだ)  彼女? 彼女って一体誰のことだ? ジアは思わず箱の中の赤ん坊を見下ろした。 (その赤ん坊のことではない。彼女はお前たちと同じ姿をした、我々の同類だ)  それは間違いなく魔法使いのことだろう。 (彼女の名前は何と言うのですか?) (知らぬ。我々とかつて心を通じ合わせられたのはアルジアだけだ。その女は力があったから簡単な言葉のやり取りくらいならできたが、アルジアには遠く及ばなかった。ただ数世紀ぶりに彼女が現れてここに来いと言ったから、きっと何かあるのだと思って久しぶりに尋ねて来たのだ)  ドラゴンはそう言って納得したように頷いた。 (そして実際その通りだったな) (あなたはこの子の親ではないと言いましたが、この子を育ててはくれませんか?) (面倒見のいい雌のドラゴンを知っているから、そいつに預けよう)  ドラゴンはゆっくりと、立ち上がった状態から四つん這いなるように巨体を傾けた。ウィリアムがビクッと体を震わせる。 「大丈夫ですよ」 「お前たちはさっきから全く動かずに睨み合っているが、一体何をしてるんだ?」 「睨み合ってるわけじゃありません。この子を預かってくれるそうですよ」 「何だと? テレパシーか?」  ドラゴンが短い腕を差し出して来たので、ジアは箱ごと赤ん坊を彼に渡した。 (バイバイ)  可愛らしい子供のような声が頭の中に響いてはっと顔を上げると、赤ん坊が箱の中からジアのことをじっと見ていた。ジアは急に寂しい気持ちに襲われて胸がキュッと痛んだ。 (さようなら) (また会いにくるね)  ジアは思わず微笑んだ。 (俺の名前はジアって言うんだ。何世紀も待てないから、できるだけ早めに来てくれよ) (俺からも皆に伝えよう。アルジアの後継者が現れたことを)  最後にそう言うと、ドラゴンは箱を抱えて再び立ち上がった。そのまま巨大な翼で二、三度羽ばたくと、巨体をゆっくりと浮遊させて、風を捉えたところで勢いよく飛翔し、そのまま雲の中へと消えていった。屋上庭園はドラゴンの起こした風圧で草や木が大きく揺れ、人々は立っているのがやっとの状態だった。ウィリアムが支えてくれなければ、ジアも地面にひっくり返るところだった。  やがて風が収まると、まるで何事もなかったかのような静けさが屋上庭園に訪れた。人々は呆然とドラゴンが去っていった空を見上げている。 「……あのドラゴンと一体何を話したんだ?」 「彼女に呼ばれて来たと言っていました」 「彼女?」 「卵のことを知っていたわけではなく、ただ誰かに呼ばれたからここに現れたのだと」  ウィリアムは戸惑ったような表情で、二人の元に駆け寄って来たエドワードと顔を見合わせた。 「あのドラゴンは赤ん坊を引き受けてくれたんだね?」  エドワードに聞かれて、ジアはすぐに頷いた。 「はい、面倒見の良い雌のドラゴンに預けてくれるそうです」 「そんなに複雑な会話ができたのですか?」  エドワードの後ろから付いて来ていたアルバートも驚きを隠せずにいる。 「アルガ、お前はドラゴンの言葉が聞こえたか?」 「いいえ、全く何も聞こえませんでした。ジア様とドラゴンが目を合わせてじっと固まっているのをただ見ているだけでした」 「これは、アルジア以来の快挙ですよ」  アルバートにそう言われて、ジアはあのドラゴンが自分のことをアルジアの後継者だと言ったことを思い出した。 「これも俺の鍵穴と何か関係があるのでしょうか?」 「分かりませんが、大変興味深い事象ですので我々でも少し調査させていただきたいと思います」 「いつ頃から調査を開始する?」  ウィリアムの問いにアルバートは軽く肩をすくめた。 「できれば再来月頃からですかね」 「そんなに先になるのか?」 「来月はエドワード殿下の婚礼の儀があるので、とてもこれ以上仕事を増やすわけにはいきません。この件は確かに興味深いですが、赤ん坊の件は解決しましたし、ジア様とドラゴンの関係も良好なようですので、仕事の優先度としては先送りにしても問題ない部類に入るかと」  ジアはちらりとウィリアムの無表情な顔を見上げた。 (殿下の気持ちが少しでも和らげばと思って愛玩動物を求めたはずが、なんだかとんでもない騒ぎになってしまったな……)  ジアはウィリアムからエドワードに視線を移した。心の中にモヤモヤとしたわだかまりができていた。このままこのモヤモヤを抱えたまま、来月行われるという婚礼の儀に参加することはできないとジアは思った。  ウィリアムがアルバートと話している隙に、ジアはエドワードの服の裾を軽く引いた。 「……殿下」 「何だい?」 「あの……少しだけお時間いただけませんか?」

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