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第28話 兄の思い

 エドワードは忙しい身であるにも関わらず、快くジアのために時間を作ってくれた。 「しかし、ウィリーに断りもなく君の部屋で二人きりになるのは少し気が引けるね」 「……殿下、俺は男ですので、全くそのような気遣いは不要ですよ。ウィリアム殿下だって全く気にしておられません」 「いやいや、君は君が思っている以上に魅力的だと思うよ」  ジアは再び抗議しようとしたが、目の下にくっきりと隈を作って微笑むエドワードを見て、これ以上余計なやり取りをして彼の時間を無駄にするわけにはいかないと考え直した。 「……殿下は、ウィリアム殿下のお気持ちをご存知ですか?」 「ウィリーの君に対する気持ちかい?」 「いえ、そうではなく……」  ジアは「時間、時間」と心の中で唱えながら、勇気を振り絞って言いづらいことを口にした。 「ウィリアム殿下はエドワード殿下のことがお好きなんですよ」  エドワードは片方の眉を跳ね上げた。 「もしかして、セイレーンが私の姿をしていたことを言っているのかい?」 「そうですね……それもあります」 「誰かのことを好きになるという気持ちは種類が様々だ。ウィリーにとって私は唯一血のつながった兄弟だから、まだ歳若いあの子にとって最も近しい存在と言っていい。魔物が近しい者の姿を取ることは別に珍しいことではないんだよ」 「でも、俺にはウィリアム殿下にはエドワード殿下しかいないように見えるのです」  エドワードは少し考えてから再び口を開いた。彼はジアの言いたいことを正しく理解していて、決して誤魔化したり、謙遜して思ってもいないことを口にすることはしなかった。 「私たちの母親が早くに亡くなっているのは知っているかい?」 「あ、はい」 「母上が亡くなった時、ウィリーはまだ三歳だった。そんな幼い子供だ、まだまだ母親が必要な時期だろう?」  エドワードは微笑むと、首から下げているロケットを服の下から引っ張り出した。彼がロケットを開くと、中にしまってあった家族写真が目に飛び込んできた。若い男女二人の前に、小さな少年と幼子が並んで立っている。後ろの男性は明らかにまだ若い国王陛下で、隣にいるのが亡くなった皇后陛下だろう。優しく微笑むさらりと長い金髪の女性を見て、ジアははっとした。 「私は亡くなった母上に似ているそうなんだ」 「ええ、とてもよく似ておられます」 「ウィリーは私に母上を見ているんだよ」  エドワードはロケットの蓋を閉じると再び服の下にしまい込んだ。 「母親の愛を求める子供のように、彼は私を求めているんだ。恋愛感情とは程遠いと思わないかい?」 「それは……」 「私はね、ジア、君にウィリーに本当の恋というものを教えて欲しいと思っているんだ」 「え?」  予想外の言葉にジアは驚いてエドワードを見た。エドワードは自嘲気味な笑顔を浮かべた。 「私は卑怯者だね。自分では何もできないくせに、君たちに宝箱を開ける役割を強要している。ウィリーのことだってそうだ。自分では何もできないくせに、君の心を無視してこんなことを頼むなんて」 「いえ殿下、それは……」 「君とウィリーが相思相愛になって欲しいというのは私の単なる我儘だ。鍵と鍵穴の役目を君たちに強要しなければならない私の罪悪感を減らしたいがための」  エドワードはそう自分を責めるような発言をしたが、ジアは彼が悪いことなどこれっぽっちもないと分かっていた。彼らに宝箱の開封を強要しているのはエドワードだけではない。国王陛下とその側近たち、いや、王宮に住む全ての人たちがそれを願い、そのために尽力しているではないか。ウィリアムの気持ちだって、エドワードにはどうにもできないことだ。ジアは尊敬するこの人がこのように心を痛めているのが耐えられなかった。 「……殿下はセリーヌ様とは親同士がお決めになった許嫁の関係でしたよね?」 「そうだよ」 「セリーヌ様のこと、どのように思っていらっしゃるのですか?」  エドワードはジアの言いたいことを理解して微笑んだ。 「最初から好きだったわけではないよ。私たちが出会ったのは八歳の時だ。許嫁というきっかけで出会い、長い年月をかけて彼女の心に触れて惹かれていったんだ」 「俺も同じです。とんでもないきっかけで出会って、時間もまだそんなに経っていませんけど、俺はウィリアム殿下のことは人として嫌いではありません。男同士で肉体関係を持つというのにはやはりまだ抵抗がありますけど……もう少し気長に待ってもらえませんか?」  エドワードは微かに目を丸くした。 「君がそんな風に真剣にウィリーとのことを考えてくれているとは」 「鍵穴の件は俺の気持ちじゃどうにもなりませんけどね。どうしたってウィリアム殿下にその気になってもらわなければ解決しません」  エドワードはにっこりと微笑んだ。 「さっきも言ったが、君は君が思っている以上に魅力的なんだよ」 「なぜそう仰るのか俺にはよく分からないのですが」 「美しい容姿に丈夫な体、性格だって情が深くて優しい。貧民街ではきっと引く手数多だったんじゃないか?」 (そうなのか? だったらなんで俺は今まで童貞だったんだろう?)  首を傾げるジアを見てエドワードはふふっと笑った。 「その素直さも君の魅力だ。それから君には不思議な親近感がある。これは理由を聞かれても上手く答えられないのだが……勘としか言いようがない。これは皆無意識に感じているものだと思う。初めて君を見た瞬間からだ。でなければいくら鍵穴を持つとはいえ、ここまで男の君に対して好意的にはならなかっただろう。君だったから、ウィリーの相手として皆積極的に応援しているんだよ」

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