30 / 37

第30話 魔物の指輪

 リングガールがリングピローを持ち上げた時、ジアの目に彼女の細くて長い指が見えた。その綺麗な薬指にはまっている指輪が、なんと血のように赤い光を放っていたのだ!  考えている暇もなく、ジアの体が勝手に動いた。式場の端に控えていたアルバートも一瞬遅れて異変に気がついたが、侍女の動きを注視していて、しかも祭壇の目の前、最前列に座っていたジアほど早くは動けなかった。アルバートが飛び出した時は、先に飛び出したジアが既に侍女とエドワード達の間に割って入り、彼女の左手を掴んだところだった。  ジアが掴んだ左手の指輪が目に入った瞬間、アルバートの目が赤い光を放った。リネが悲鳴を上げ、来賓達がどよめいた。  侍女は顔色を変えて辺りをさっと見回した。掴んでいるジアの手が思いのほか強く振り解けない。迫ってくるアルバートや騎士団員を見て、逃げることも最初の計画を遂行することも難しいと判断した彼女は、赤い指輪をさっと抜き取るとそれをジアの薬指にはめた。 「……え?」 「でしゃばった自分の行動を後悔するんだね」  侍女はニヤリと笑ってそう言うと、気を失ってその場にくずおれるように倒れ込んだ。  一人の騎士が剣を振り上げるのを見て、セリーヌが悲鳴を上げた。 「待って! その子は私の侍女なんです!」  駆けつけたアルバートが素早く侍女の手首を掴んで脈を取った。 「……気を失っているだけですね。魔物の気配も感じません」 「おい! 大丈夫か?」  気を失った侍女の横では、ウィリアムが切羽詰まった表情で俯いているジアを覗き込んでいた。 「……この指輪、取れないんです。あ、殿下は触れない方が!」  ジアの忠告を無視してウィリアムが赤い指輪に指をかけて引っ張ったが、それはまるでジアの体の一部のようにピタリと指にはまってびくともしなかった。 「アルバート! ジアの様子を見てやってくれ」  エドワードの言葉にアルバートが侍女の腕を離して振り向くと、再びその両目が赤く輝き出した。 「恐らくこっちが本体ですね」 「セリーヌの侍女は魔物に乗り移られていたということか?」 「詳しく調べてみなければ分かりませんが、恐らくそうではないかと。他にも魔物が混じっている可能性がありますので、一旦式を中断して下さい」 「ご、ごめんなさい。私、本当は私がリングガールを務めるはずだったんですけど、直前でこの人に交代してくれって言われて。セリーヌ姉様の指示だって言われて、でも姉様はもう祭壇前にいたから確認することもできなくて」  わあわあ泣きながらそう弁解するリネを、セリーヌが優しく抱きしめた。 「大丈夫よ。あなたに怪我がなくて良かったわ」 「ひとまず騎士団員は来賓の安全確保と同時に、魔法使いと協力して魔物の再検査を。力のある魔法使いにセリーヌとその親族の警護を頼みたいが、ジアの方も診る必要がある。アルバート、どうすればいい?」 「アルガ、ジアを頼めるか?」  アルバートの問いにアルガは蒼白な顔で頷いた。 「善処します」  アルバートは頷くと、セリーヌと隣国の一向を連れて式場を出て行った。皆慌ただしく動き始め、ジアの側にはアルバートの指示を受けたアルガとウィリアムだけが残った。 「ジア様、お体の具合は大丈夫ですか?」 「特になんともないんですけど、この指輪だけがどうしても外れなくて。ていうかアルガさんの方こそ大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですけど」 「当然ですよ。我々魔法使いは面目丸潰れです。こんな大事な日にまさか魔物の侵入を許すなんて」  アルガもウィリアムと同じように指輪を引き抜こうと引っ張ったが、結果は先ほどと何ら変わりはなかった。 「……私の耳は明らかに禍々しいこの指輪を前にしても全く反応しません。この魔物は私よりも遥かに格上ということになります」 「何だと? ではどの魔法使いなら対応できるんだ?」 「恐らくアルバート様でないと難しいかと」  ウィリアムはそれを聞いて顔色を曇らせた。ジアは彼の考えていることを素早く察知して慌てて首を振った。 「俺は大丈夫です。この通りピンピンしてますから。元々魔物の狙いはエドワード殿下かセリーヌ様でしたし、アルバート様はそちらの護衛に付くべきかと」 「いや、大丈夫じゃないだろ。そんなに力のある魔物の指輪がくっついたままなんだぞ。そいつに何か狙いがあるに違いない。正体が分からない時点でかなり厄介な魔物なんだ。早く何とかしなければ……」 「人手不足なんでどうしようもないじゃないですか」 「なんでお前はそう落ち着いていられるんだ?」  そう聞かれると、ジアは何と答えていいか分からなかった。ドラゴンの卵を見つけた時も、セリーヌの侍女に違和感を感じた時も、全て『勘』だった。そして現在のこの状況も、全く同じ理由でしか説明できなかったのだ。 「……根拠はないのですが、この指輪からは俺を殺そうとか、傷つけようだとかいう意志を全く感じないのです。悪意はもちろん感じますから、決して付けていて気持ちのいいものではないのですが。むしろ先ほどの侍女の方のように俺を操って、エドワード殿下やセリーヌ様に危害を加えるつもりかもしれません。ですからやはり、この国で最も力のある魔法使いはお二人に付いていて然るべきかと」 「根拠がなければ何の信憑性もないぞ」 「しかし、ジア様は直感でドラゴンの卵を引き当てておられます。鍵穴の所持者ですし、何か不思議な力をお持ちなのかもしれません」 「そうかもしれないが、しかしじゃあこの指輪はどうするんだ? アルガではどうにもできないんだろう?」 「私の力不足で申し訳ありません。しかし、もう少し診させていただいてもよろしいでしょうか?」  結局、アルガとウィリアムはジアの部屋まで付いてきて、指輪の様子を見たりあれやこれやと議論を行った。二人とも夜が更けてもアドレナリンが出ているのか全く眠たそうな気配すらなかったが、当の張本人であるはずのジアは何故か眠気が酷くて耐えられなくなった。 「あの、すみません。俺そろそろ寝かせてもらっても……」  ちょうど議論の真っ最中だった二人はジアの声が聞こえないのか、ジアが寝台に横になった瞬間眠りに落ちたのにも全く気がつかない様子だった。  眠りは深かったにも関わらず、ジアは鮮明な夢を見た。そしてその夢の中で、彼はその魔物に出会った。

ともだちにシェアしよう!