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第31話 傾国のサキュバス1

『あんた、一体何者だい?』  その魔物ははち切れそうな胸とお尻の妖艶な女性の姿をしており、頭からちょこんと生えた小さな角は小悪魔のような愛嬌があり、とても強力な力を持った魔物には見えなかった。 『この国で最も力のある魔法使いですら、指輪に擬態したあたしの姿を直接見なければあたしの存在に気が付きもしなかったのに。あんたは魔法使いどころか、騎士ですらない普通の人間でしょ? どうしてあたしの正体に気がついたのかしら?』 『いえ、特に何も気がついていませんよ。直感で怪しいと思っただけです』  魔物は美しい眉をきゅっと吊り上げた。 『うそおっしゃい。あんたの力が強すぎて、あの侍女の女みたいに操ってやるつもりが、あんたが寝るまで姿を現すことすらできなかったんだから』  妖艶な容姿の悪魔、夢。ジアの頭で何かがひらめいた。 『……サキュバスか?』  女の魔物はニヤリと意地悪げな笑みを浮かべた。 『なかなか鋭いじゃないか』  サキュバス。女の姿をした淫魔で、夢に現れて男性を誘惑するという。 『ということは狙いはエドワード殿下だな。一体何が目的だ?』 『昔あの男とやり合って酷い目にあったから、ずっと復讐の機会を伺っていたのさ。結婚式をぶち壊すなんて最高だろう? あの侍女はセリーヌとかいう女に心酔していて、他国の男に取られるのを酷く悲しんでいたから付け入りやすかった。本当は公衆の面前であの女の姿であいつを誘惑して、不貞行為で大恥をかかせて信頼を失墜させてやるつもりだったんだけど、あんたが出てきて邪魔したせいで計画が台無しになっちまった。あの女はお前に拘束されて動けなかったから、今度はお前に乗り換えるつもりだったんだ。お前の姿であの王子を誘惑したらもっと面白いと思ったしね。それなのにお前は全くあたしの言うことを聞かないから、結局こんな時間になっちまったんじゃないか』  ジアゾッとして鳥肌が立った。 『エドワード殿下に男色をさせるつもりだったのか?』 『女相手よりずっと面白かっただろうにね』  サキュバスはくすくすと笑った後、不意に真顔になった。 『しかしこうなった以上、今回はずらかるしかないわね。まあ結婚式は一応ぶち壊したし、これでよしとしようじゃない。一人の男にずっと執着するなんてあたしたちの性に合わないしね』 『簡単に逃げられると思っているのか? ここには力のある魔法使いが大勢いるんだぞ』 『あたしの侵入を簡単に許すようなぼんくらしかいないのに、どうして逃げられないっていうの?それにあたしは本来夢に現れる魔物なのよ。夢の中のあたしをどうやって捉えるつもり?』 『でも……エドワード殿下に酷い目にあわされたことがあるんだろう?』 『特殊な魔法を使えば夢の中でもあたしと対等にやりあえるみたいね。でも今回は無理よ。あたしの正体を知っているのはあんただけだし、あたしはもうずらかるから』 『お前……! 次は必ずとっ捕まえてやるからな』  歯噛みするジアを見て、サキュバスは甲高い笑い声を上げた。 『あはははは! 次なんてないよ。男はいくらでもいるんだから、頼んだって二度とあんたたちの所になんて来てやらないんだから。それが長く生きる秘訣ってものよ』  サキュバスはふわりと宙を歩くようにジアに近づくと、ジアの手を両手で包み込むように握った。夢の中のせいか、体が言うことをきかず振り払うことができない。 『あたしの計画を邪魔してくれたお礼に、素敵な置き土産を置いてってあげる』 『俺を誘惑するつもりか?』 『男なら誰だって誘惑するわけじゃないよ。あたしにだって好みがあるんだから』  サキュバスが握っていた手を広げると、ジアの指にはまっている赤い指輪がすうっと溶けるようにジアの指に吸収されて行った。 『何だ? 一体何をしたんだ?』 『それじゃ、楽しんできてね』  サキュバスはジアの問いには答えず、楽しげにウィンクすると霧のように霧散して姿をくらましてしまった。 『おい! ちょっと待てって!』  ジアがはっと目を覚ました時、ウィリアムとアルガはまだ議論を白熱させているところだった。ジアが眠っていたことにも気づいていないらしい。どうやら夢の中で体験したことは、現実世界ではほんの一瞬の出来事でしかなかったようだ。 (本当はただの夢だったんじゃないか……?)  恐る恐る左手を上げてみると、しかし薬指にはまっていたはずの赤い指輪がやはり無くなっていた。 (夢だけど、夢じゃなかったんだ……) 「あの、すみません。一応お聞きしておきたいんですけど……」  寝台から起き上がって声をかけると、ウィリアムとアルガが議論を止めてこちらを振り向いた。 「何だ?」 「俺の指輪、取ったりしてませんよね?」  左手を上げてひらひらと振って見せると、ウィリアムは眉をひそめ、アルガは驚いて慌てて飛んできた。 「ええっ? 外れたんですか?」 「あ、やっぱり知りませんよね」  アルガはジアの手首を掴んで、指輪のあった辺りを何度も見直した。 「全然外れなかったのに、一体どうして?」 「いや、それがですね……」 「だったら外れた指輪はどこに行ったんだ?」  ウィリアムは四つん這いになって寝台の周りをくまなく確認している。 「落としたのに気がつかなかったのか?」 「いや、それが……」  その時、アルガが異変に気がついた。 「ジア様、大丈夫ですか?」 「え?」 「なんだか体が熱いみたいですよ? 顔も火照ってらっしゃるみたいですけど……」  そういえば、アルガに握られている手首が熱い。夜風の涼しい夜で暑い季節でもないはずなのに、なぜかじっとりと体が汗ばんできている気がする。 「魔物の攻撃で熱が出てるんじゃないか?」  ウィリアムも心配そうに近づいてくる。アルガはジアの脈を取りながら首を振った。 「確かに脈は速いですが、魔物の気配は私には感じられません。やはりアルバート様に診ていただいたほうが……」   ジアはサキュバスの事を話そうと口を開きかけたが、ぞくりと熱い感覚が下腹部を襲ったため変な声が出そうになり、慌てて口を閉じた。 (あれ? 何だこれ? どうしてこんな感じになってるんだ?)

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