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第32話 傾国のサキュバス2
『素敵な置き土産を置いてってあげる』
サキュバスの意地の悪い笑みを思い出し、ジアは恐怖と同時に焼けるような疼きに襲われて思わず前屈みになった。
(あの野郎! 置き土産ってこういうことか!)
恐らくジアが起きている間は何もできなかった彼女だったが、夢の中では十分にその魔力を発揮できたようだ。本体はとっくに逃げ出しているはずだから、これは彼女の呪いの力なのだろう。
(あの時祭壇前でこうやってエドワード殿下を誘惑するつもりだったんだな。あの侍女や俺の体を利用して!)
ジアはあらぬ所が疼くのを感じて全身に冷や汗をかきはじめた。
(サキュバスは男の性を搾り取る女の悪魔だ。俺は男だけど、今疼いている場所は……サキュバスの呪いを受けたら、男でも男を求めるってことなのか?)
「ジア様?」
アルガに声をかけられて、ジアははっとして慌てて彼の手を振り払った。
(やばい、この魔法使いの顔にエフェクトがかかったようにキラキラして見える。男なら誰でもいいのか?)
体の熱はどんどん上がってきて、頭もクラクラしてきた。今はまだ理性を保っていられているが、この調子だと最終的にはタガが外れて、誰彼構わず抱いてくれと縋りつきそうな勢いだ。
(どうしよう、なんて説明すればいいんだ? 放っておいたら自然に治ったりしないんだろうか?)
「おい、どうしたんだ?」
ウィリアムが心配そうにジアの顔を覗き込みながらそっと肩に触れた。
「ああっ!」
声を抑えることができなかった。触れられた場所に熱い痺れが走って、体がびくんと跳ねる。ウィリアムが驚いて慌てて手を離したが、ジアは手で口を押さえながら羞恥心にますます赤くなった。
(全身性感帯になってる!)
「もしかして、サキュバスじゃないですか?」
急にアルガがそう言ったので、ジアとウィリアムは驚いて彼を見た。
「何だって?」
(冴えてるじゃないかアルガさん!)
ジアが何とか力を振り絞って頷くと、アルガは納得したような表情を浮かべた。
「気付くのが遅くなってすみません。そういえば以前エドワード殿下と一緒にサキュバスと戦ったことを思い出しまして」
「どうしてそれを今思い出したんだ?」
ウィリアムの質問に、アルガは少し困ったような表情をした。
「それは、その……ジア様のお体の様子で……」
(あ、やめて! それ以上は言わないで!)
疼いているのは確かに後ろだったが、男が性欲を感じた時に反応する部分は当然勃ちあがっていたのだ。
(反応してるのアルガさんにバレてる時点で既に穴があったら入りたいくらいなのに、殿下にまで見られたらもうこの世の終わりだろ)
ジアはウィリアムがこちらを見る前にもじもじと掛け布団を腰上まで引っ張り上げた。
「そういえばあの時、兄上はサキュバスを取り逃したと仰っていたな。今回の騒ぎはそいつの仕業ってことか?」
「どうやらそのようですね」
「じゃあ今こいつがこんな状況なのは、サキュバスが取り付いているからなのか?」
ジアはようやく説明する機会を掴むことができた。
「違うんです。奴はもう逃げてしまったんですけど、俺に何か呪いをかけて行ったみたいで」
「逃げた? 奴の目的は一体何だったんだ?」
「エドワード殿下の結婚式をぶち壊しにして、かつての恨みを晴らすのが目的だったみたいです。侍女に取り付いて殿下を誘惑し、祭壇前で不貞行為をさせるつもりだったらしいのですが、失敗したので手近にいた俺に取り付いていたようです」
「なるほど、男のジア様では流石にエドワード殿下の不貞行為の相手は務まらないと判断し、逃げるためにしばらくジア様の体に潜伏していたというわけですね。計画を邪魔された腹いせに呪いをかけて去ったと、そういうことでしょうか?」
サキュバスがジアの体も使うつもりだったことは都合よく気付かれなかったため、ジアはそのまま勘違いしておいてもらおうと黙って頷いた。
「そうだったのか。それで、その呪いって一体何なんだ? 今こいつの体はどうなっている?」
「淫魔の呪いですから、恐らく一時的に性欲が高まっているのではないかと……」
こっちをみたウィリアムの視線を受け止めることができず、ジアは反射的にさっと下を向いた。
「それで、どうすれば呪いは解けるんだ?」
「欲をおさめれば解けるはずです」
「一度放出すればいいのか?」
とんでもない内容の会話だったが、この国で最も高貴な十八歳の口から出ると下品な印象を受けないのが不思議だった。
「いえ、インキュバスは女の姿をした淫魔ですから、恐らく……ジア様が希望する通りにしないと呪いは解けないと思います」
「お前の希望って一体何だ?」
ウィリアムにそう聞かれて、ジアは頭に血が上りすぎて破裂するのではないかと思った。それに気づいたアルガも赤くなり、しかし彼はすぐに適切な判断を行った。
「私は席を外させていただきます!」
「え? 魔法使いのお前がいなくてどうするんだ?」
「いえ、私ができることは正直何もありません。殿下だけが頼りですから、ジア様のことをお願いします!」
アルガはそう言い捨てると、慌ただしく部屋を出て行った。一刻も早く、彼はジアの側を離れる必要があったのだ。少し歩いてようやく落ち着いた彼は、ふうっと大きく息を吐き出し、手で火照った顔を煽ぎながらその場に座り込んだ。
(やれやれ、凄まじい色気だったな。あれがインキュバスの呪いか。うっかり縋りつかれたら私が襲ってしまうところだった。殿下は気づいていらっしゃらないのかな?)
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