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第5話 16歳、僕らは思春期

弟の名前はいぐさと言う。塩谷いぐさだ。『まとい』もなかなか変な名前だけど、俺の名前が『いぐさ』じゃなくて良かったなあとつくづく思う。なんでいぐさかと言うと、母さんがイグサのにおいが好きだからだ。夏になると、イグサが恋しくなる。いぐさは夏にうまれたから、イグサにちなんでいぐさという名前になったいぐさ。 そのいぐささんが、何やらたいそう不機嫌なご様子で、俺たちの目の前で仁王立ちしている。 弟は俺と違って髪が長く染髪していて、身長は高くひょろっとしている。そして根暗。好きなものは、アイドル、映画、ゲームのインドア派。クラスのイケてるグループには入れないけれど、オタクグループは見下してて、心の底では俺たちが一番イケてると思い込んでいる、そんなグループに属するような奴だと、兄の俺は見ている。 いぐさは高校のジャージにチルなアイドルのライブTシャツを着ていた。 「帰るって聞いて無かったんだけど。てか、それ、だれ?」 「言ってなかったからな。おい、お兄ちゃんの後輩に、失礼な態度をとるんじゃない」 「後輩だったら俺とタメじゃん。ならいいでしょべつに。つか後輩って、まといは部活に入ってなかっただろ」 「入ってなくても俺は2年なんで1年はみんな俺の後輩になるんですう。お前も俺の後輩にしてやろうか」 「中島俊と言います。お邪魔します」 俺の弟とはうって変わって、中島くんは名前を述べた後に会釈した。できた後輩だ。先輩として鼻が高い。 ここは俺の実家の玄関先だ。俺は後輩の中島くんを連れて、実家に帰ってきた。というのも、俺のメアドに中島くんから遊ぼうメールが来ていたのを2週間放置し(気づかなかったんだ)、その穴埋めとして、じゃあ俺先輩ちに行きたいという事で連れてきた次第だ。 学園は三連休。中島くんの部活も顧問の先生がタイに行くとかで休みになったらしい。 「いきなり弟がごめん。こいつは、いぐさだ。今高一だから、中島くんとは同い年だよ。同い年には見えないだろ?まるで小学生だ」 俺は家に上がりこむと、尻でいぐさを廊下の端へと押しやった。中島後輩くんが通れるよう、道をつくったのだ。大きめなスニーカーを綺麗に揃えて、中島くんはぶじ塩谷家に足を踏み入れる事ができた。 いぐさが俺の尻をつねっているが、そんなの可愛いもんだ。かわい…い…………い 「いっ、いててててててて、やめろ、尻がとれる、尻がとれる!!」 俺は俺の尻をつねるいぐさの手を掴んだ。力いっぱい引っ張ると、最悪の形でいぐさの手が俺の尻から離れた。 「っ〜〜〜!!!!いってーーー!!!!」 思わずお尻を押さえてその場にしゃがみ込んだ。めっちゃ痛い。 「いらないだろ、そんなケツ」 「くっ、お前、よくもお兄ちゃんに、こんなひどいこと」 「大丈夫ですか、先輩」 差し出された中島くんの手にしがみついて、なんとか立ち上がった。 「きったねーもん、さわっちまった。手ぇあらお」 いぐさは右手をプラプラさせながら、洗面所へと向かっていった。 「くっそー。いぐさのやつ、絶対許さん。お尻いてぇよぉ……絶対、痣になってるよ……見る?」 「いえ、遠慮しときます」 中島くんは、真顔で答えた。真顔か。真顔な。真顔でもいいよ。中島くんなら。たまに笑って欲しいけど。 気を取り直して、さっそく中島くんを俺の部屋に通した……のは良いけれども、半年前に帰った時の部屋とかなりその様子を変えていた。ベッドがないし、本棚もない、テレビもなければ、ゲーム機もない。ていうか何もない。もぬけの殻だ。 「え?あれ、え?ちょっと、ごめん……いぐさーー?いぐさくーーーん?ねえ、これ、何があったのーーー?なんか、何もないんだけど!」 俺はとりあえず大きな声でどこにいるかわからないいぐさに尋ねた。しかし、いぐさからの返事はない。お兄ちゃんを無視だ。どういうことだ。俺の部屋が俺の部屋でなくなっている。なんだ?俺はもう塩谷家の子どもじゃないってか? 「中島くん、リビングでもいい?」 「俺はここでも大丈夫ですよ」 「そ、そう、それじゃあ、とりあえず座って……」 中島くんと俺は、何もないフローリングの上に座った。 「……やっぱ、リビングの方が」 「俺、一人部屋って憧れだったんですよね。俺の家、大家族で、兄弟めっちゃ多くて、子供部屋は二つあるんですけど、女子と男子にわかれてて。いいですよね、一人部屋」 どうせなら、こうなる前の部屋に案内したかった。そして、ちょっと自慢げに、今日はここがお前の部屋だぜとか言って……それはキモいか。 「そっか。やけに一人部屋かそうじゃないか聞いてくると思ったら、そういう背景があったのか。俺はてっきり、人見知りゆえの確認かと思ってたよ」 「でも俺、他人の家族ってちょっと苦手で、それもあったかもしれません」 「あー、わかる。俺も苦手。人見知りするもん」 「先輩が?人見知りなんてしないでしょ」 「するする。中島くんにも人見知りしたよ」 「気さくに話してくれたじゃないですか」 「あれだよ、人見知りすぎて初対面の時は喋りすぎちゃうのよ。わかる?」 「それは、わからないですね……。そんな人見知りあるんですか?ていうか先輩、もしかして、まだ俺に人見知りしてます?」 「えー、どうだろ、してんのかな?ほら、ベラベラ喋ってるし」 「じゃあ、今日の俺の目標は、先輩に人見知りされなくなるっていうやつで」 「やっぱ部活入ってる奴は違うな、常に目標をかがてる。休日でも。休日だぞ?今日は思う存分くつろげよ。と言っても何もないけど。どうする?寝る?」 「……へぇ、セックスすんだ。そういう関係だったんだ。うっわ、俺、ホンモノはじめて見た。まといの首の後ろのソレもそういうことかよ。やべー。だから男子校ってヤなんだよ」 もちろん、言ったのは中島くんではない。開け放たれたドアの前に立ついぐさだ。俺は立ち上がって、いぐさの前に立った。来るのが遅いし、失礼極まりないし。 「そ、だから邪魔すんなよ」 バタン、と思い切りドアを閉めた。 「俺、先輩とセックスはちょっと……」 中島くんが真顔で言った。そんな中島くんの発言がおかしくて、俺は吹き出した。 「冗談だよ!頼むから真顔で返さないで!あと、いぐさのこと、本当にごめん!」 「弟さんのことは俺気にしてませんよ。ていうか、勘違いさせたままで良いんですか?」 「いいのいいの。これであいつはもう現れない。やっとふたりきりになれたね中島くん」 「その言い方、ちょっと不安になるんですけど」 「だいじょーぶだいじょーぶ!取って食ったりしないよ!ところで、俺、首の後ろになんかあるの?」 俺は元の場所に座り直すと、くるりと中島くんに背中を向けた。 「あぁ、あれですね。虫刺され。赤くなってます」 「あかく……」 俺はある不安がよぎった。あながち弟の指摘は間違ではないかもしれない。 連休前には必ず寮と校舎の一斉掃除が行われる。普段は業者に任せている掃除だけど、こうやって年に何回かは、自分たちで綺麗にする。 俺の持ち場は、音楽室や美術室などがある北校舎4階男子トイレ。[[rb:早川 > へんたい]]と一緒だった。わざと水をかけられたり、個室に閉じ込められたり、逆に個室に閉じ込めたりと、酷い掃除時間だった。ぶっちゃけさっきいぐさが吐いた暴言よりもひどい事を言って罵った。さっき俺はすごく腹が立ったが、俺も人の事は言えないな……と思いかけたけど、俺の方は実際に被害にあったわけであって、いぐさとは違う。うん。 「薬ぬりますか?」 「え?あ、あぁ、大丈夫、かゆくないし」 そうそう、かゆくはないんだ。なぜならば、これは人に吸われた痕だから。 なんてことは、中島くんに言えない。絶対に言えない。 「ていうか、本当、この部屋何も無いし、まじでどっか行くか?それかリビングで映画観るとか。いや、この家にいるといぐさに絡まれるから、やっぱ外だな。あ、近くに公園があるんだ」 「公園で何するんですか?」 「……ブランコとか……滑り台とか……」 「滑り台って……何歳ですか」 「今年で17だけど。えーじゃあ、どうする?本当に寝る?」 俺はフローリングに寝転がった。幸い、家具とともに埃などもどっかに行ってた。視界に懐かしい景色と、中島くんの覗き込む顔が入る。 「先輩の家まで来て、昼寝ですか……?」 「修学旅行ごっこでもする?まくらないから枕投げできないけど」 そう言って中島くんの袖を引っ張ると、中島くんは、ちょっと嫌そうな顔をした。けど、のっそりとフローリングに寝転がった。まっすぐに仰向けになって、両手をお腹の上で組んでる。 「ねぇねぇ、中島くんの好きな子ってだれなの?」 「は、えっ、あ、言うわけないじゃないですか。ていうか修学旅行ごっこって……」 「えー、教えてくれないの?この塩谷先輩に?ていうかいるの?いるよね、そりゃあ。中学までは普通の共学?」 「普通の共学ですよ。この話、やめましょう」 「じゃあ、しりとりでもする?リからな。リス」 「スイカ」 「カラス……やっぱやめよう。ねぇ、中島くんここと、教えてよ」 「俺のことですか……?」 「うん。きょうだい何人いるの?」 そう、6人きょうだいの長男で、中学は共学。ほう、それで、バレー部ではアタッカー。へえ、好きな言葉は、誠、なにそれ新撰組?嫌いな虫は蛾。俺も好きじゃない。好きなタイプは優しい子。普通だな。あと、バレー部で一番尊敬してる先輩は、3年C組のサエキさんだって。俺は知らねーな。じゃあさ、俺とサエキさんどっちが好き?もちろん、俺……なわけないか。 あ。と思った時にはもう遅かった。 「うわ、顔がちけーんだよ、このへんたい!」 「え、うあ」 俺は目の前にあった顔を掌で押し返した。 急いで起き上がろうとしたが、全身が痛くて起き上がれなかった。再び床に寝転がる。寝転がったまま、横に転がっていって、男から距離をとった。そこで、俺が危害を与えてしまった男の正体を確認した。 「あ。中島くんだ」 「俺ですよ。まったく、誰と間違えたんだか」 「あ、いや、ゆ、夢で、変態がな……。つか、俺、寝てた、よね。うん。え、どれくらい」 「まだ3時間しか経ってませんよ」 「まじかよ……3時間も。うわー、ごめんな。中島くん」 「いや、俺も寝ちゃったんで。首と肩と腰が痛いです。あと、顎も」 「あー、ごめんなぁ」 俺は床に寝転んだまま、中島くんに誤った。気持ちは込めてる。中島くんは、ストレッチをし始めた。 この部屋には時計がない。窓から差し込む光が赤い。もう夕方だ。 俺はゆっくりと立ち上がって、中島くんの後ろでひざ立ちになった。 「肩もむよ」 「じゃあ、俺も先輩の肩もみますね」 中島くんの両肩に手をおく。人の肩を揉むなんて、久しぶりだ。5年ほど前に、ばーちゃんの肩を揉んだ以来か。 「どうっすか」 「きもいちいいですよ」 「そうっすか」 反応が薄い。俺はもしかして下手くそなのか。まぁ、将来マッサージ師にでもならないかぎり、マッサージが下手くそでも困らないだろう。 5分ぐらい、肩を揉んだところで、中島くんがもう良いですよと半笑いで立ち上がった。 「ありがとうございます。おかげでだいぶ楽になりました。今度は俺の番ですね。先輩はどこが痛いですか?」 「腰」 「わかりました。うつ伏せになってください。俺、結構うまいですよ」 宣言通り、中島くんのマッサージはうまかった。 「ふえーきもちいいーー」 「こうされると、きもち、いいですよね。俺たちもよくマネージャーがしてくれるんですけど、技を盗みました」 中島くんは、腰だけでなく、首から下を全て揉み解してくれた。最高だ。お金を出してもやってもらいたいレベルだ。 「ぅあ、あ、そこ、きもちいい」 「ここですか?」 「うん、あ、それ、いったい、かも」 「じゃあ、これは」 「ん、めっちゃ、いい」 「ここがいいんですね?」 「うん、いい」 「うわ、ここ、すごいかたいですね」 「いっ、いたい、それやめて、いたたたた」 「おい!!!!!何やってんだよ!!!!」 扉がバーンと開かれて、鼻息の荒いいぐさが俺の部屋へずかずか入ってきた。 「何って、マッサージですけど……」 中島くんが、戸惑いながらいぐさの絶叫にも近い問いかけに答えた。 「中島くんプロ並みにうまくてさー…じゃなくて、いぐさ、お前、勝手に人の部屋入ってくんなよ」 「マッサージ!?あんなん……くそ。勝手にってか、ここ、俺の家だし。なんなんだよ、滅多に帰ってこないのに、彼氏つれて帰ってきて、部屋にこもってなんかやってるし、イチャモンつけやがって、このっホ」 「あの、休日なのに、お邪魔してすみませんでした。俺もう帰ります。久しぶりに、妹たちに晩御飯作るって約束したんで」 中島くんは俺の上から退くと、いぐさに対して頭を下げた。 「あ、でも、駅までの道わからないんで、送ってもらってもいいですか?塩谷先輩」 そして俺に手を差し伸べた。 「今日は本当にごめんな……。いぐさは頭おかしいし、俺は寝るし、中島くんの首と肩と腰に苦痛を与えるしで」 中島くんを駅まで送り届ける。その途中で、せめてものつぐないとしてアイスを買った。王道バニラソフトクリームだ。二人してそれを舐めながら並んで歩く。右手でアイスのコーンを、左手でコンビニの袋を握りしめた。 「顎もですよ」 「顎も……」 「良いんですよ。俺は楽しかったです。普通にゲームしたり買い物したりするより、有意義だったと思います」 「ごめんな、そんな気を使わせて」 「気なんて使ってないですよ。マジで、そう思ってます」 「良い子だな」 「良い子ってわけじゃ、ないと思いますけど。うん。まあ、良い子ですよ、俺は」 「どっちなんだよ」 「俺、長男ですから。今度は俺の家に遊びに来てください。一人部屋じゃないけど。今日はありがとうございました。それでは、また学校で」 「おう」 改札を超えてから駆け出したお兄ちゃんの背中を、俺は微笑みながら見送った。 「おい、いぐさ。出てこいよ」 「……なんで」 「いや、わかるだろ。もろばれだったぞ」 俺の背後からでてきたいぐさに、コンビニのビニール袋を押し付ける。 「は、ゴミとか」 「アイスだよ。溶けるだろ。てかもう溶けてるけど、はやく食えよ」 弟は、コンビニのビニール袋に手を突っ込むと、空のソフトクリームのパッケージを取り出した。 「ゴミじゃん」 「やーい、だまされたー!ばかめ!」 いぐさは顔を真っ赤にして、ゴミを俺に投げつけた。俺はそれをキャッチして、いぐさの頭を撫でた。背が俺よりも高いので、手を伸ばして。 「帰りにかってやるよ」 「アイスなんていらねーよ」 「じゃあ、ご飯食べて帰るか。ピザ食いにいこう」 そのあと、いぐさとピザ食って、コンビニでアイスを買って帰った。 「でさ、いぐさくん。なんで俺のもんないの?」 俺は風呂からあがると、いぐさのパンツといぐさのTシャツを借りた。ズボンは履かない。それが実家での過ごし方だ。 「売った」 「はぁ?」 「それで、旅行に行ってきた。母さんとふたりで。父さんに会ってきた」 衝撃の事実だ。 長男の物を勝手に売って、その利益で、家族旅行に行ったとか。長男抜きで!信じられない。 「いや、パンツとか、靴下とかは売れないだろ」 「タンスが無くなったから捨てた」 「捨てんなよ……」 「どうせ。帰ってこないだろ、まといは。あの、猫目のいけすかねー奴とふたりで父さんとこいけば?結婚できるぜ」 「だからそれはお前の勘違いだっつってんだろ」 「でも」 「でも?」 「いつかは、出ていくじゃん」 「えー、俺この家好きだよ」 「出て行ったくせに」 いぐさは、じっと俺を見つめた。 はいはい、わかってるよ。 「いぐさも好きだし」 「ばっかじゃねーの、俺は嫌いだからな。はやく帰れよ」 「今日はいぐさちゃんと一緒に寝よっかなぁ。ベッドないし」 「はぁ?やだし、絶対くんなよ」 「早いもん勝ちだろ」 俺はすぐに駆け出して、いぐさの部屋に入り込んだ。相変わらず汚い。床は漫画とDVDだらけで壁はポスターだらけ。ベッドもなんか変なにおいがするし。俺はいぐさのベッドの上で大の字になった。 「くそ、まとい!どけよ」 追ってきたいぐさが、俺の足を掴んで引っ張った。俺は両手でベッドボードにしがみついて、引き摺り落とされないように対抗した。 「ベッドないんだから仕方ないだろ。ほら、いぐさ、おいで」 片手だけ、ベッドボードから離して、いぐさにのばした。 いぐさは俺の足から手を離し、俺の上に覆い被さった。 「よぉし、良い子、ダ。お前、今度中島くんにあったらちゃんと謝れよ」 いぐさの頭を撫でようとしたら、両肩を掴まれてベッドに押し付けられた。 「つぅか、アレ、どう見てもキスマークだよな」 「なんのこと?」 「とぼけてんじゃねーよ」 「ほんと、身に覚えがないんだって」 「ていうことは、身に覚えが無い間にやられたのかよ。本当、どうなってんだよ、まといの学校」 ほんとそれ、俺も思うよ。 中島くんにもだけど、いぐさにも絶対知られたくない出来事がいくつかある。あぁ、俺にもとうとう家族にも言えない秘密ができてしまったのか。 「キスマークって決めつけてんじゃねーよ。つか、お前、キスマークなんて見たことないだろ?首に赤い痣があるとキスマークって結びつけるところが、チェリーっぽ、ひゃ」 え? え?? いぐさくんの頭が、俺の首元に埋まった。 す、す、吸われてる!!! 「ちょ、いたい、いぐさ!!そんなきつく吸わなくても」 「キスマークは見たことないって?」 いぐさは俺に乗ったまま上半身を起こすと、手の甲で自分の唇を拭った。 「いったけど……お前、お前……、つけたのか、キスマーク」 「こっちの方が濃いけど、ほら、ソレと同じじゃん。まといの嘘つき」 俺はボーリングの玉で頭を殴られたぐらいのショックを受けた。 弟にキスマークをつけられたのも、嘘つき呼ばわりされたのも、実際嘘がばれたのも、ショックだ。 「い、いや、嘘じゃ、ねぇんだよ。嘘じゃ。ただ、色々あってな。お兄ちゃんも、大変なんだよ。うん。あれ、目から、汗が、はは。まいったな、こりゃ。」 ポロポロと目から汗が湧いて出てきた。 俺よりもいぐさの方がショックを受けたみたいで、昔よく見た顔で狼狽えていた。 「ご、ごめん、にいちゃん。そういうつもりじゃ、ごめんなさい、おれ、にいちゃん、ごめん」 まるで子犬みたいに、俺にしがみついて丸くなった。頭を俺の胸にグリグリとこすりつける。 「ははは、いいんだよ、いぐさ。弟にキスマークつけられたくらいで泣くわけないだろ?目にゴミがはいっただけ。キスマークぐらい、平気平気。ほら、なんなら、こっち側にもつけとくか?ははは」 俺はいぐさの頭を撫でながら、天井を見上げていた。ここの蛍光灯は眩しすぎる。電気を消して、このまま寝てわすれてしまいたい。 「いいの?」 何故か、いぐさの方も目を潤ませながら聞いてきた。いいの?って何が? いぐさはもぞもぞと動くと、俺のTシャツをめくりあげて、肋骨の上から4本目ぐらいのところに、吸い付いた。 いやいや、誰もそこにしていいとは言ってないし、冗談だったんだけど、なんて言えず、俺はすぐに服の裾を掴んだ元に戻した。 「いぐさ、寝よう」 「え、俺、さすがに、まといとは寝られない」 そう言って、いぐさはそそくさと部屋を出て行った。 そして15分後、再びいぐさがこの部屋に戻ってきた。

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