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第6話 こちら年齢制限はございません

三連休の最終日。俺はいぐさに連れられて、アイドルのライブ会場へと来ていた。 人混みは得意じゃないし、明日からまた寮生活が始まるから実家でのんびりしたかったけど、弟が珍しく『思い出がつくりたい』なんて言ってきたから、お兄ちゃんスイッチが入り『しょうがねえ、どこでも連れてってやるよ』と言ったら、アイドルのライブに連れて来られてしまった。 なんだよ俺との思い出じゃないの?アイドルとの思い出はいらねーんだよ。弟に裏切られたような気持ちで辛い。もう帰りたい。それだけじゃない。何この人混み。何このにおい。そしてこの湿気。長袖なんて着てくるんじゃなかった。およそ36度のカイロ達が押し寄せてくる。ここは何地獄だ。俺は生前どんな罪を犯してしまったのだろうか。 「な、なぁ、いぐさ。やっぱり、お兄ちゃんは外の喫茶店でまってるからさ、いぐさひとりで」 「は?ふざけんなよ。お前のチケットはな、誰かが死ぬほど欲しがったチケットなんだよ。無駄にすんな」 「といいましても、俺は別に死ぬほど欲しかったわけじゃないし、それに曲もわかんないし……」 「は?」 「俺みたいなのが、いるのは、アイドルに対しても失礼だろ……?」 「…………じゃあ、帰れば?」 「え」 「どこでもって言ったのはまといじゃん。俺、まといとライブに来られて、嬉しかったのに」 「ええーー!いきなりのツンデレ!お前どうせアレだろ、ライブ後の特典会で限定生写真が2枚欲しいだけだろ!そんなのお兄ちゃんお見通しなんだからな!」 「ちっ」 「いやー!待たせたね!!ボタリンくん!場所の確保ありがとう!」 俺といぐさの間に割って入ってきた奴を見て驚いた。頭の半分が黒くて、もう半分が金髪。こ、こいつは! 「かんとく!!!」 「あれ?塩谷くんじゃないか!えっ?じゃあ、なにかい?ボタリンくんのお兄さんが塩谷くんってこと?」 かんとく、こと、如月シモンが俺の背中をバシバシ叩きながら言った。つかボタリンってハンドルネームか?センス無さすぎだろ。完全に母さんのネーミングセンスの悪さを引き継いでるな。 「カントクさん、兄のこと知ってるんですか?」 「同じ学校でさ、いやー、彼にはとてもお世話になったよ!まさかあんな才能があったとは!おかげでコンクールは優勝さ!はっはっはっ」 「才能?何の話ですか?」 いぐさが監督に質問したので、俺はまずいと思い、監督の口を片手で塞いだ。 「なんでもない。なんでもないんだ。ちょっと、部活のお手伝いしただけ」 監督は大きく頷いた。事の詳細を、弟には言わないでくれという思いを込めて見つめると、伝わったのか、監督はもう一度大きく頷いた。ので、手を離した。 「部活ってなんの……」 「それより、ボタリンくん、ペンライトは持ってきたか?あとタオルとうちわ」 「もちろんです!!新曲のフリも昨日完璧に入れてきました」 なるほど、昨日夜遅くまでドスドスしてたのはそれか。というか、ちゃんとですますをつけて喋っている弟を見て、ちょっと感動している。俺はもう、このいぐさを見れただけで満足だ。良い思い出ができた。帰りたい。 周りを見渡せないぐらい、どんどん人が増えていく。オールスタンディングだから、ちっさい奴から埋もれていく。俺もうすぐ、生き埋めだ。マジで、息苦しい。これが人に酔うってやつか。 「いぐさ、俺、マジで体調悪くなってきたから、ロビーに出てるわ」 「は?嘘つけよ、そうやって逃げるつもりだろ?」 「まーまー!彼、本当に辛そうだからさ!ライブが始まって体調がさらに悪化しても、僕たち面倒見れないし、逆に今ロビーに出てもらった方が良いんじゃないかな」 優しさなのか本音なのかはわからないが、そんなのどっちだっていい。ナイスだ監督! 「特典会までには、治してよ」 「わかった。楽しめよ」 ゴホンと、大きな咳をして、俺は2人の元を去った。人と人と、肉と肉の間をかき分けて、ようやくロビーへとたどり着く頃には、マジで体調が悪くなっていた。しんどい。 ロビーの石でできた硬いベンチに座る。背もたれがないので、身体を横に倒し、冷たい座面に頬をつけた。 そういえば。コンクール優勝したっていってたな。すごいな、優勝したのか。……これって、俺も喜んでいいのか?優勝したのには、俺も含まれている……のか? 「マジで大丈夫か?」 「へ?」 いつのまにか、目の前にいぐさがいた。 「いや、こっちみながらにやけてたから……」 「あ、あぁ、ちょっと、トリップしてた。つかお前、もうすぐ始まるぞ」 「……あのさ、ほんとに、体調悪いなら、帰ってもいい。一緒に」 「あー、いや、人に酔っただけだし、ここで休んでれば治るからさ。それに、お前が無駄にしようとしてるチケットは、誰かが死ぬほど欲しがったチケットなんだろ?無駄にすんな」 「……でも」 「あのー、もしよろしければ救護室にご案内しまあ……」 「あ」 スタッフの兄ちゃんが目を丸くしたので俺も目を丸くした。 「しのだ」 「しののめだ」 しのだ改めしののめ(たぶん)センパイは、赤い帽子に赤いポロシャツを着ていた。眼鏡がなければ、絶対にわからなかったぞ。 「な、なんで、こんなとこに」 「単発のバイトだ」 「受験生じゃないんデスカ」 「もう進学先は決まってるから」 さすが眼鏡だ。期待を裏切らない秀才キャラらしい。 「ねえ、こいつ、だれ」 ボタリンくんは一気にふて腐れたような態度になって、東雲センパイの紹介を促した。 「高校の、先輩。東雲さん。そしてこっちが弟の、いぐ」 さ、と言いかけたが、俺は考えた。もし、この眼鏡がいぐさの事を覚えていたら?俺は全然記憶がないが、どうやら俺と東雲センパイは小さい頃に出会っているらしい。しかも、その、なんだ、初恋がどうのこうのらしく。もしも、センパイの初恋の子『塩谷まい』ちゃんの弟が『塩谷いぐさ』だということを覚えていたら、俺こと『田中とうま』の弟が『塩谷いぐさ』だと、おかしなことになってしまうな。マジでいぐさのことを覚えていたら、俺が眼鏡の初恋相手である事がバレてしまう…!! 「いぐ?」 「ボタリンくんです、ハイ」 「ボタリン、くん?」 「言っておくけど、ハンドルネームだぞ。このライブ会場ではハンドルネームで会話しなくてはならないんだ。そういうルールなんだ」 「そんなルール、ないけど」 東雲センパイ改め失恋眼鏡が、真面目に突っ込む。 「そりゃスタッフだから知らないだけでファンの中ではそういう暗黙のルールがあんだよ、な、ボタリン」 「まあな」 いぐさはいぐさで、いぐさという名前をこの場で紹介されるのはあまり好ましくないと思っているようだ。俺の作ったわけのわからんルールに乗ってくれた。 「ということだ、失恋眼鏡くん。俺のことは田中係長と呼ん…………」 「おい、大丈夫か?」 突然、気持ち悪くなり視界が暗くなった。一瞬だ。瞬きをすればまた元の明るさに戻った。俺はもしかして自分が思っている以上に体調が悪いのかもしれない。いぐさがひどく不安そうな顔で俺の頬を撫でた。俺はその手を掴んで引き剥がす。俺は身体起こして立ち上がった。どっこらしょい。 「もうすぐ始まるんじゃないか?ライブ。ちょっと横になったら楽になったわ。俺はもーちょい休むからさ、お前は楽しんでこいよ、な」 今度は俺がいぐさの頬を撫でると、恥ずかしいのか視線を泳がせた。 「わかった…!特典会までには」 「あーはいはい。わかってるって」 俺よりも高い位置にある頭をワシャワシャと撫で回すと、この手から逃れるようにいぐさは会場へと戻っていった。あいつの姿が見えなくなって、俺は隣で突っ立ってる東雲センパイのポロシャツの裾を握った。 「やばい」 「え?」 「死ぬ」 はっ、と目を覚ました時、俺は赤いポロシャツにしがみついていた。超至近距離に眼鏡がいて血圧が上昇した。ちょうど、救護室のベッドに降ろされるその瞬間だったのだ。意識がもどるなら、もうちょっと後か前にしてくれ。いや、前だとこの体勢、たぶんお姫様抱っこでここまで連れてきたと思われるからダメだ。 目を覚ましても、眼鏡は俺を乱暴に引き剥がすでもなく、とても丁寧な扱いをしてくれた。まあ、病人だし。 「ありがとうございます」 「良い子、だよな」 「誰が?いぐさ?」 「?いや、君が。俺の時も、そうだったけど、面倒見が良いって言うのか。田中は」 「田中?あぁ、俺…か…」 面倒見が言い訳じゃない。最近よく巻き込まれるだけだ。別に良い子ではない。なんだよ良い子って。恥ずかしいだろ。 「これ、経口飲料水。たぶん、脱水症に陥ってるから、これ飲んで」 ペットボトルにストローがついてて、たぶん、これ、出演者が飲むやつなんだろうなと思いつつ、身体が水分を欲していたので遠慮なくいただいた。 「うえー、いきかえる」 「ライブ終わったら、起こしにくるから。ここ、本当は関係者用の救護室なんだ。だから、もし、誰かと出会したら俺が説明するから、これ」 「おう」 呼び出せということだろうか、レシートを渡された。裏には電話番号が書いてある。東雲センパイが部屋を出て気づいたのだが、俺、携帯持ってない。誰もこないことを祈ろう。俺は目を瞑った。 再び目を開けた時、ゾッとした。とても綺麗な顔をした男が、これまた超至近距離で俺の顔を見つめていたからだ。ただ、じっと。 「おはよう」 いくらなんでも、これは混乱する。どうして、早川がここにいるんだ。えっ、ストーカー? 「なんでまといちゃんがここにいるの?」 「それはこっちのセリフだ」 「俺はねー、事務所の付き合いで、嫌々だけど、仕方ないから挨拶だけしとこーと思って楽屋に顔パスで入ったらまといちゃんがいた。まといちゃん、あの子たちのファンなの?言ってくれれば招待とったのに」 「ここ、楽屋じゃないからな。俺の弟がファンなんだよ。俺はな、付き添いできたら脱水症になって救護室で寝て起きたらお前がいた」 「それって運命じゃん。すてきー」 「こわーい」 早川はどっから持ち出してきたのかわからないパイプ椅子に腰掛けた。 「こわがらないでよ、さすがに病人には手を出さないよ」 「ホントかよ」 「あ、出して欲しかった?実はまといちゃんがすやすや寝息たてて寝てる時にちゅーしたからそれで我慢してね。足りないぶんはまたこんど」 「おい最低だな!寝込みを襲うなんて!」 俺はゴシゴシと拳で唇を拭った。こいつ、いつからここにいるんだ。本当にキスしただけだろうな……。はっ。キスしただけって…!だけって!キスだって大事だろ!くそ、感覚がマヒしてる!俺は早川を睨みつけたが、早川はニコッと俺に笑いかけた。寒気がする。 「でさあ、これ、なーに」 これ、というのはレシートだ。 早川はひらひらと俺に見せつけた。 「文具養生テープ、280円?」 「の、裏」 「ああ、スタッフさんの、番号。何かあったらって教えてくれた」 「ほんと?ナンパとかじゃなく?」 「誰も俺なんてナンパしねーよ」 「だよねー」 「だよねーじゃねーだろ!お前、本当に、腹立つな」 その時、コンコンと、ノックの音が部屋に響いた。 「どうぞー」 お前が応えるのかよ!いや、まあ、俺が応えるのも、変か。ここ、関係者の救護室らしいし。そう言えば、東雲センパイがライブ終わったら来るって言ってたな。 案の定、入ってきたのは、東雲センパイだった。早川を見て、ぴたっと固まった。 「早川、くんだよね」 さすが早川ヒカル。学園のアイドル。その名を知らないものはおらぬってか。 東雲センパイの問いかけに早川は答えなかった。椅子に座ったまま、チラッと姿を確認しただけで、目も合わせない。 「あのひとは学園のセンパイ!東雲さん。バイトでスタッフしてるんだって」 何故か俺が気まずくなって、早川に東雲センパイを紹介した。 「知ってる。ホテルのロビーで泣き散らしてたひとだよね」 「え」 「まといちゃんにあやしてもらってましたよね?」 「早川!」 嘘だろなんでそんなことを今言うんだ。ていうか見てたのかよ。 「まといちゃんって」 「なに、しらばっくれてんですか?それとも俺まちがえた?この眼鏡にちょーそっくりな眼鏡が泣いてるの見たんだけどなぁ。ねえ、まといちゃん」 「まとい、ちゃん?」 東雲センパイは、早川の挑発なんて気にしていなかった。その代わり、もっと気になることがあるらしい。俺の方を指差して、まといちゃん?と呟いた。 「とうまだろ?」 「は?まといちゃんはまといちゃんでしょ」 「早川ちょっと黙っててくれないか!あの、そうそう、俺、まとい。まといとも言う。うん。とうまはミドルネーム。ほら、帰国子女だからさ」 「いぐって、まさかいぐさ……」 「いぐさ?なにそれ?タタミの?さっきからなんなの眼鏡もまといちゃんも」 「弟なんだろ?」 眼鏡が冷静に言った。そうそう、それはそうなんだけど。 「まといちゃん弟いるの?」 「いる、けど」 早川の質問にどもりながら答える。いる。いるんだけど。そうっと東雲センパイに視線を戻すと、その眼鏡の奥の瞳と、すぐに目が合った。 「田中」 「はい」 「本当の名前は?」 「ま、まとい」 「苗字は?」 「し、しおや」 「そう。お姉さんいる?妹か」 「いない、です。俺が長男です」 「そう。きみが」 東雲センパイは、どうやら何かに気付いたみたいで黙り込んでしまった。そんな様子に早川も何か察したみたいで、急に黙り込んだ。そして俺も黙り込んだ。いや、黙り込んではダメだ。 「ごめん!!は、恥ずかしかったんだよ!!お前が、は、は、初恋とか、言うから!お、お前だって、俺みたいなのが初恋とか、黒歴史だろ!だから、本当のこと、言わないほうが、良いと、おもったんです」 「初恋は、初恋だろ。別に、今好きなわけじゃない」 うん、もっともだ。そう言われれば、そうなんだけど、あの時の俺は、ただただ恥ずかしくて、つい嘘をついてしまった。 初恋なんて無かったことにしたんだ。 「はつこいねー」 早川は、鼻で笑いながら言った。なんて空気の読めないやつなんだ。 「初恋って、叶わないのがヨのツネなんだってさ。残念でしたね。初恋のひとがまといちゃんで」 「残念というかむしろ良かったというか!俺と結ばれても困るだろ!なんか、あれだよなー!やービックリだよなー!ほんと!」 「困らない」 「は?」 「困らないよ、塩谷。俺は、別に」 東雲センパイは、そんなことを言い残して、救護室を出て行った。 なんで。 「ねえ、まといちゃん」 なんでめがね、かお、あかくなってんの? 「ねえ、まといちゃん。なんで、かお、あかいの?」 そんなのしるかよ、俺はもう限界だ。

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