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第7話 カッコワルイ告白もカッコイイ告白

正直、日曜日のことはあまり覚えていない。 いぐさとライブに行って、監督と出くわして、体調が悪くなって、眼鏡と出くわして、救護室で眠って、変態と出くわして、眼鏡と変態が出くわして、眼鏡に嘘ついてたのがバレて……いや結構覚えてるな。だいぶ覚えてるわ。 結局、体調の悪さはなんだったのかと言うと、単に風邪をひいていたみたいで、高熱にうなされながら、いぐさと一緒に実家に帰り、2日間寝込んで、今に至るというわけだ。3連休のはずが、俺だけ5連休になった。 久しぶりの学校だ。 教室に向かう足が重いのは、病み上がりだからだけじゃないだろう。 いぐさによれば、ぶっ倒れた俺をタクシーまで一緒に運んでくれたのが、早川らしい。なら、すれ違いざまに日曜日はサンキューと爽やかに言って自分の席に着けばいいだけなのに、なんでか、足が重い。早川に対して、後ろめたい事なんて何もないのに。100歩譲って東雲センパイに対して後ろめたさを感じるのはまだ分かる。ていうか感じている。大丈夫大丈夫、先輩だしそんな滅多に合わないし。いや、結構な頻度で遭遇してるよな。くそ。足が重い。どんどん重くなっていく。まるで何かにのしかかられているような。 「お前、ちょっと、痩せた?」 「うお!!!江藤……!!!」 「……(すぐる)だっつってんだろ」 「お、ぉお、優くん、重いんだけど」 俺が指摘すると、江藤はすぐに俺の背中から退いて、隣にならんだ。 「2日間居なかったな」 「よく知ってるな。お前は俺のストーカーか?」 「ばっ、ストーカーじゃねぇよ!」 頭をグーで殴られた。病み上がりになんてことしやがる。 「朝から何の用だよ」 「顔見に来たんだよ」 「お前は俺の彼女か?」 「ばっ、それを言うなら彼氏だろ!」 今度は肩を抱かれた。なんなんだこいつは。俺は今お前の面倒臭い行動にいちいち突っ込んでいられるほど元気じゃねぇんだよ。江藤の腕を肩から下ろす。 「はあ」 「アンニュイだな」 「アンニュイって言いたいだけだろ。お前は悩み事なんか無さそうだな」 「あったけど、お前が解決してくれたんだろ?」 「え?」 「は?また忘れたんじゃねーだろうな。初めてあった日のこと」 俺は忘れかけていた記憶を手繰り寄せる。そうだ。俺が髪の毛明るくしたらとかテキトーな事言って、こいつ髪の毛赤にしたんだった……。可哀想なやつ……。解決してねーしもっと悪化してるだろ。 「なんだその目は。変なこと考えてんじゃねーだろーな。その、お、俺は、お前に、好きだと言われて、悩んでたのがどうでも良くなったんだ。だから、その、お前も、俺に相談してくれよ」 「江藤……。俺、お前にそんな事言ったか?」 「は?ぶち犯すぞ」 「う、うっそ〜〜!ジョーク!塩谷風ジョーク!」 江藤の顔が鬼の様な形相になり、俺は急いで訂正した。しかし、俺の必死の誤魔化しでは誤魔化しきれなかった様で、頭を片手で掴まれた。頭、とれる……! 「す、すぐるくん、ごめ、俺、忘れっぽくて」 「はぁ〜〜……。俺ぐらいだぞ。てめーのそのテキトーな性格に付き合ってられんのは」 「は、ははぁ」 江藤は俺の頭をくしゃくしゃにしてから、俺を解放した。もうすぐ教室だ。 「昼飯付き合えよ。弁当作ってきた」 「え、また?つか今日も俺休みだったらどうしてたんだよ」 「今日来ただろ?問題ねーじゃん。食堂に来いよ。じゃあな」 江藤は立ち止まると、回れ右して来た道を戻って行った。俺は2Aの教室後方の扉を開こうとした。その時。勝手に扉が開いて、中から人が出てきた。早川ヒカルと目が合う。 「あ、は、早川!日曜日は、サンキュー!」 計画通り。すれ違いざまに。爽やかに。早川は教室を出て行った。何も言わずに。 俺は教室に入って、自分の席に着いた。 鞄を机の横にかけて、教科書を取り出す。 「おはよう、塩谷くん」 「あ、おはよう。山本くん。そういえば映画部、優勝したんだって?おめでとう」 山本くんが斜め前の席から、身を乗り出して挨拶してくれた。 「ありがとう。塩谷くんのおかげだよ。えっと、それで、話があるんだけど。ちょっとここでは言いづらくて。昼休み、時間ある?」 「ごめん、昼休みは先約があって。放課後でもいい?」 「うん、放課後でいいなら……。あの、塩谷くん。早川くんと喧嘩したの……?」 「やっぱり俺無視されたよな!?今…!!」 「え、あ、う、うーん、無視っていうか、急いでたんじゃないのかな」 山本くんはそう言うけど、あれは意図的な無視だった。目が合った。俺の声も届いていた。だけど早川は、敢えて何も言わなかった。俺を無視した。なんで? なんで。 俺、動揺してるんだ。ただ、俺の一言に答えなかっただけじゃん。つか!体調悪い俺をタクシーまで運んでくれたのは有難いけど、前から信じられないようなセクハラしてくるわで、俺は迷惑していたじゃんか。考えようによっては、ようやく変態野郎から、解放されたんだから、喜ぶべきだろ、俺。 でも、なんで。 なんで、俺。 「塩谷くん、塩谷くん!大丈夫?まだ風邪治ってないんじゃない?」 「え、あ、ああ、大丈夫。大丈夫!それじゃあ、放課後」 「うん、え?ちょっと、塩谷くん、何処いくの?」 「え、いや、ちょっと、あそこ、トイレ!」 俺は教室を出て行った。 落ち着け。何やってんだ。つか、ほんとに、どうしちゃったんだ俺。朝っぱらから。 授業開始のチャイムが鳴る前に、たどり着いたのは社会科準備室だった。案の定鍵は壊れていて、中には誰も居なかった。 とりあえず、音楽室からは見えないようにカーテンを閉めた。誰にも見られたくない、こんな俺。扉を背に床に体操座りで座った。これじゃあまるで落ち込んでるみたいだ……。もしかして、ショックを受けている……?いやいやショックなんて受ける必要ないはずなのに。 「なんでショック受けてんだよ〜」 声に出すとハッキリ分かることもある。 俺、早川に無視されて、嫌だった。なんでかその瞬間、おい無視すんなよって、言えなかった。言えなかった自分にもショックを受けた。ショックを受ける自分にも落ち込んだ。だってこれが、いぐさとか、中島くんとか、山本くんなら、無視されて落ち込むのは納得できるけど、早川だから。あの早川だぞ。馬鹿じゃねーのか、俺は。 「はあ」 俺の溜息がよく響く。いろんなめんどくさいことを回避してきた。こうなりたくなかったからだ。落ち込んだり、傷ついたり、したくないから、まわりの人とは適度な距離を保ちつつ、平々凡々な日々を送ってた。けど最近は、なんでか色んな人と関わるようになって、嫌なこともあったけど、良いことも、あった。嫌なことの方が多い気はするけど。 早川との、あんな馬鹿みたいな関係が、無かったことになってしまうのが、嬉しくないなんて。 多分、早川だけじゃない。 誰でも同じだ。誰との関係も、無かったことにしたいなんて、もう思えなくなってしまったんだ。 そう気付いたとしても、アイツに無視されたことも無かったことにはできないのに。 1限目、授業をやってる最中に俺は教室へ戻った。教室後方の扉を無言で開けて、とぼとぼ歩いて自分の席についた。クラスのほとんどとは目があったけど、早川とだけは合わなかった。 「なあ。トモダチ?クラスメイト?に、無視されたらどうしたら良いと思う?」 「避けられてんのか?」 「うん。と、思う」 江藤は歯に海苔をつけて笑った。 「俺と一緒だな」 「一緒じゃねーよ。あと、お前歯に海苔ついてるぞ」 鏡なんか持ち歩いていないので、学食に置いてあるスプーンを拝借して江藤に渡した。スプーンで歯を確認した江藤は黙り込んでしまった。俺は、江藤お手製の弁当を食べる。赤緑黄色が揃っていて健康的なお弁当だ。美味しい。腕を上げたな。お互い食べることに集中し始めて、俺の相談タイムは途切れてしまった。 だが食堂に静寂はない。 隣のテーブルに座る学生二人組の会話が耳に入った。 「朝会で見た映研の映画、思ったり良かったよな」 「よな!!俺も思ってた!映研とかオタクの集まりじゃんって思ってたんだけど、あれは良かった!ほんと、いいよなぁ。あれ」 映画の、感想だ。朝会で観たのか?うわあーいなくて良かった。恥ずかしくて見れねーよ。……いや、でも、ちょっと、見てみたかったかも。いやいや、あの姿を思い出すと、食欲失せるな。てか、こいつも、見たのか?俺は江藤をちらりと見た。 「なあ、お前、朝会は出てるのか?」 「朝会?いや。単位に関係ないし」 「そこは不良なんだな、お前」 「つか、さっきの話。無視されても、いいーじゃねーか。お、俺は、す、好きだし、お前のこと」 「お前……。優しいんだなー不良のくせにいてててててて」 顔面を鷲掴みにされた。潰される。 必死に江藤の腕を掴んで引き剥がすと、江藤の赤くなった耳が目に入った。 「優しいって言われたぐらいで照れんなよ」 「お前なぁ。あーくそ!今度はお前が弁当作れよ。優しい俺のために」 「えー、俺、料理はそんなに得意じゃないし。今度学食奢るから」 「それじゃー意味ねーんだよ!バカ!まー、俺は。お前がそんなでも、無視したりしねーけどな」 江藤は斜め上を見ながら、ちょっとかっこいいセリフを歯に海苔をつけたまま言った。 俺は勢いよく立ち上がった。ご飯食べたのに、なんかちょっとだけ身体が軽くなった気がする。 「ご馳走さまでした。ありがとうな、江藤」 「優だっつってんだろーが」 「まだ海苔ついてるぜ、すぐるくん」 俺は江藤に手を振って、食堂を出て行った。 「あの、塩谷くん。これ、キミの?」 教室に戻る途中。誰かに肩をポンポンと叩かれ、声をかけられた。ふりむくと、黒髪短髪の生徒がハンカチを持って立っていた。知らない奴だ。俺の名前を知っているってことは、クラスメイトか?いや、でも、流石にクラスメイトなら顔ぐらいは見たことあるだろ……。その誰かさんが手に持っているハンカチも、知らないものだった。 「違う」 とりあえず否定して、去ろうとしたら、手を掴まれた。びっくりして手を振りほどこうとしたら、今度はやけに顔を近づいてきた。 「ついてきて」 「は?」 「視聴覚室、ついてきて」 「なんで。やだし。離して」 「キミの秘密、バラすよ」 秘密!?俺は頭を巡らせた。秘密がいっぱいありすぎて、どれのことなんだ。つかこいつなんなんだよ。 「映画のこと言われたくないでしょ」 「は、え?映研の人?」 「うん」 短髪の男は頷いたが、こんな奴いたっけ。会ってないだけ?でも、俺が映画に出たの知ってるってことは、映研の人か?いや、でも。めんどくせえ! 「知らない人に、ついていったらいけないって、親に言われてるんで」 「はぁ。警戒心強いね。あのね、映画、上映会するって。サプライズで連れてきてほしいって言われてるんだ」 「なんだそれ。山本くん、そんなこと一言も……」 いや、話があるって言ってたな。アレか?でも、放課後にってなったよな。えーどうなってんのこれ。 「ほら、サプライズだから。監督からの命令」 「なんかあんま信用できないんだけど……」 「じゃあなんて言ったら来てくれるの?」 「そーだな、お前じゃなくて、監督とか、撮影にいたスタッフなら、ついてった」 短髪の男は笑って俺の手を離した。 「じゃ、連れてくる。俺疑われてるしな。ここで待ってて」 「……行くよ。待たされるのもなんかめんどいし。正直さ、俺も、ちょっとだけ、映画見たかったんだ」 「失敗したら、どうしようかと思った」 ほっとしたように、男はため息をついて歩き出した。その後ろをついていく。 「名前、なんて言うの?」 「……日生(ひなせ)、3年B組」 「おお、先輩でしたか。すいません」 「いーよ、タメ口で。俺そうゆうの気にしないから」 日生先輩は、視聴覚室の前でとまると唇に人差し指をあてた。 「先に俺が入るから、15秒後に入ってきて」 日生先輩がドアを開けた時、一瞬だけ、映画の音声が聞こえてきた。なんだ、もうはじまってるんじゃん。すぐにドアが閉められて、俺は心の中で適当に10秒数えた。5秒フライング だけど、扉を開け、照明の落ちた視聴覚室に踏み入った。 「ほんと、失敗したら、どうしようかとおもったよ」 耳元で、日生先輩の声がして何も見えなくなった。理解が追いつかないまま、次の瞬間には、声を上げることもできなくなって、その次は腕を動かすことが出来なくなった。どういうサプライズ?足だけは動くから、記憶を頼りに教室を出ようとしたけど、そっちじゃないって言われてるみたいに腕を引っ張られてバランスを崩し床へ転がった。なんだこれ。こわい。サプライズ?こわい、こわい!ちがうだろ!これ! 「映画見たよ。すごく良かった。素敵だった」 耳元にかかる息。奴が喋ってるその後ろで、映画の音が流れていた。江藤の弁当がせり上がってくる。口にはガムテープが貼られていた。最悪。 「酷いことはしないから。好きなんだ。塩谷くんの身体が」 横たわる俺の身体に、日生が跨った。変態だ。どうなってんだこの学校は。変態ばっか。どいつもこいつも倒錯しやがって。ホント泣けてくる。 「見てるだけで、良かったんだけどさ。なに、あれ。あの、映画。塩谷くんは、いいんだけどさ、あんなの、犯してくださいって言ってるようなもんだよ。大丈夫?誰にも触られてないよね」 触られててたまるかと言いたいが、どっかの変態にあんなことやこんな事をされている。だけど、この場合は頷くのが最善だろう。 最善か?日生の手が、俺の制服のボタンを外していくのがわかる。必死に抵抗するも、状況は悪化していくばかり。 「触ってもいい?」 良い訳ねーだろうが!と罵りたくても言葉にならない。いやだ。嫌な事ばっかりだ。なんなんだよ。極め付けはコレか。このザマか。日生の指が、俺の脇腹から太もものラインを制服越しに撫でた。気持ちわるい。吐きそうだ。 「佐伯ももういないし、これから、いっぱい、塩谷くんで楽しもうと思ってたのに。チャラいのとか不良とか、余計な奴らが付きまとって、ウザかったんだー。でも、もう我慢しなくても、いいよね。だって、あれ、俺へのメッセージだったんでしょ」 もう言ってることめちゃくちゃだよこいつ。こんな危ないやついたの?俺はまた、居なかったことにしたのか?知らねーよ。でも、きっと、いたんだよな。今、ここにいるんだから。 「塩谷くん、これって、キスマーク?」 俺は首を横にふった。 「ほんとやだよ。塩谷くん。キミ、そうやって、俺のこと試すの、やめてよ」 いぐさが戯れでつけたキスマークのところを日生は執拗に指で擦り始めた。痛い。酷くしないんじゃなかったのかよ。 すると、急に身体が軽くなったので、起き上がろうとした。しかし、腰が抜けて立てなかった。これが本当の腰抜けか。とか言ってる場合じゃないよな。 日生が俺のズボンを脱がしにかかっていた。 逃げる。逃げなきゃ。足、動けよ。 俺は立ち上がった。 立ち上がったけど、背中から日生に抱きつかれて、そのまま一緒に床へダイブした。額を思いっきり床にぶつけた。すごい痛い。しかしそのおかげで、目隠しが外れた。 目に入ったのは、第三者の足だった。 「なんで!鍵かけたはずなのに!」 「職員室に予備あるのしらないの〜?つーか、なにしてんの。勝手に。コイツ連れてってさ」 早川だ。 早川ヒカル。 今日、俺の爽やかな挨拶を無視したやろうだ。 早川は、俺の目の前にしゃがみ込むと、口に貼られていたガムテープをいっきに剥がした。 「は、はやかわ、おまえ、むしすんなよ!」 よだれと涙で溺れかけながら、言ってやった。 早川は笑った。 「おれねー。やめよーとおもったんだ。まといちゃんに絡むの。」 身体が軽くなった。上に乗っていた日生が立ち上がったらしい。 「動くなよ。動いたら、これ、警察にショーコとして提出するから。もしくは。まあ、察しろ」 早川は、スマホで撮影した犯罪現場を日生に見せた。そしてまた、俺に目線を合わせる。 「だって、まといちゃんのくせに全然俺になびかないし、他のやつとらぶらぶしちゃって、ムカつくし。もうやめようと思って。なかったことにしちゃえって。でもね」 「おい!お前なんなんだよ!!俺の塩谷くんに話しかけるな!」 「黙れよ。今から真面目に告白するんだから」 早川は、動けなくなっている俺の両脇に手を入れて、抱き起こしてくれた。 俺は生まれたての子鹿のように、足をがくがくさせながら外されかけていたベルトを止め直した。一方で、早川はモデルみたいに足をクロスさせて立っている。こいつはどんな時でもキマッてるな。 「でもね、無かったことにできなかった。だって俺愛しちゃってるんだもん」 その瞬間、ずっと我慢していたものが、俺の身体の中を駆け上がってきた。 「は、はやかわ、お、おれ、おれ、吐きそう」 早川は俺を抱き抱えると、男子トイレまで走ってくれた。

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