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第8話 ヤバイ奴はヤバイ
「いや、だからさ!!なんでこうなるんだよ!」
「いや、なるでしょー!!こういう展開になるの期待したっしょ!!」
俺は、変態から救ってくれた早川 に押し倒されていた。
呆れるほど、早川は早川だった。
あの後、全てを水洗トイレに流し、ヘロヘロになった俺は、早川に付き添われて寮まで戻ってきた。
『せんせーには俺からテキトーに言っとくし。嫌な事は全部、寝て忘れたら良いよ』
そんな早川の言葉に、素直にありがとうと返した俺の気持ちを返せ。
早川は教室に戻り、そしてたぶん先生にテキトー言って、ここに戻ってきたのだ。
いつの間にスらていたのか、俺の部屋の鍵を勝手に使って。
「マジでふざけんなよ…!お前、やってるコト、アイツと一緒だぞ!!」
「でも、アイツより、俺の方がイケメンだし、まんざらでもないでしょー?」
早川が顔を近づけて来るので、俺は首が攣りそうになるぐらい顔を逸らした。イケメンなら許されるとかそういう問題じゃないから。犯罪だから。
全力で両手を押さえつけられて、ちょっと恐怖すら感じる。
あの時、早川が来てくれて、俺はたぶん、とても、安心したのに。それなのに、こいつは…!ふつふつと、自分でも抑えようのない怒りが湧き上がってきた。全部トイレに流したはずなのに、いろんなものがこみ上げる。
「んなわけないだろ……!今日ぐらい、俺を放っといてくれ!!」
「ほっとけない。今日だからこそ、ほっとけないんだよ」
早川の真剣な目に、俺の鼓動が馬鹿みたいに加速した。
あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。
早川のくせにカッコイイこと言うな。俺もドキドキするな目の前にいるのは変態だぞ。
「もっ、もうなんだよお前!!そんなに俺とやりたいのかよ!?」
早川の驚いたような顔が目に入り、はっとした。勢い任せに何言ってんだ。そんな質問の答えなんて知りたくもない。知ってどうする。知ったらどうなる。
「あー!!!無し!!!今のは無し!!!とりあえず、俺の上から降りろ」
早川は、押さえつけていた俺の両手を解放した。
それなのに、俺の方が動けずにいた。動けずに?動きたくなくて?わかんない。頭に血がのぼって、くらくらする。
必死に逸らしていた顔を、早川の両手に挟まれて、勢いよく正面を向かされた。
ヤバイ。俺は今まともじゃない。
「まといちゃん何言ってんの?やりたいよ!セックスしたいに決まってんじゃん!好きなんだし、愛してるって言ったよね、俺。あ、なに?やっぱ初めてだからこわいとか?そうだよね!処女だもんね!だいじょーぶだいじょーぶ!俺慣れてるし、上手いし!まといちゃんぐらい、まあ、3日あればアナだけでイかせられる自信はあるし!!よし、それじゃあセックスしよっか!お清めセックス?今日じゃなきゃ無理じゃん!俺が忘れさせてやるみたいな!一回はやってみたいとおもうよねー!!過ぎたことはしょーがないんだし、どうせなら活かさなきゃ!!」
もはや安心するほど、早川は早川だった。スゥーッと頭が冴えていく。
「早川、ありがとうな」
「え?ウッッッ」
俺は男なら誰もが持ってる弱点を足で突き上げた。
その痛みは想像が出来ない。
「ッッツ〜〜〜!!!!ァァ、な、なんで、まとい、ちゃ…ん……」
「おかげで自分を取り戻せた」
そう言い残して、寝室を出た。
不法侵入者が持っている俺の部屋の鍵は取り戻せなかったけど、もういい。
この部屋には帰ってこない。
早川の言う通りだ。過ぎたことは仕方がない。
今日と言う日を無かったことにできないなら、今日を糧に生きるしかないんだ。
金輪際、俺は変態の餌食にはならない。
「あれ?塩谷くん、食中毒で早退したんじゃなかったの?」
ギリギリ、最後の授業が始まる前に教室に戻ってきた俺に話しかけてくれたのは、山本くんだった。
「吐いたら、治った」
「そう、それならよかった……。あ、放課後、大丈夫そう?」
「え?放課後?あ、あー、放課後!大丈夫!大丈夫!なんなら、明日の朝まで俺は大丈夫!」
「朝!?ははは、そんなに時間はとらせない、と思うよ」
山本くんは困ったように笑った。
その顔を見て、今夜泊まらせて欲しいなんて図々しいお願いをするのはやめた。
山本くんに言われて思い出したが、放課後、俺に話があるって言ってたの、忘れてた。何だろう。何でも良いか。山本くんは、俺を襲ったりしないし。
「あ、塩谷くん。放課後、ふたりきりになれる場所、知ってる?」
「……ふたりきり」
変な邪推はよせ。山本くんだぞ。
俺はひたつ思い当たる場所を教えた。
社会科準備室、そこなら、ふたりきりになれる。
放課後。
俺を待たせること30分。山本くんは両手いっぱいに手紙を抱えて、社会科準備室に入って来た。
なんだ?
「あ、もしかしてラブレター?すごいな、山本くん。モテモテじゃん」
「僕のじゃなくて、君のだよ、塩谷くん」
「へぇー、俺の……俺の!?俺にラブレター!?マジで!?今まで一度も貰ったことなんかなかったのに!!ここに来てこんなに!?モテ期到来!?スゲーーーー」
「喜ぶのはまだ早いよ。ここ、山奥にある男子校だから。つまり差出人は」
「やめて!!聴きたくない!!!俺にも夢を見させて!!!!」
つまり差出人は。
俺は男にモテモテになる惚れられ薬でも飲んでしまったのだろうか。じゃなきゃ、アレだ。ラブレターではなく、果たし状とか。それだ!
「山本くんのファンとか、早川のファンとか、敵に回してそうだもんな俺。あいにく決闘は法律で禁止されてるんだ。よし、全て燃やしてくれ」
「燃やしてって……。あの、実は、コレほとんど差出人不明で、最初は誰宛なのかわからなくて何通か開けちゃったんだ。ごめんね。でも、内容が、その……。こんなの、塩谷くんに渡して良いのかも、迷ったんだけど、知らないと、危ない気がして」
嫌な予感しかしないが、山本くんから一通手紙を受け取った。ほんのりピンクがかった、どこにでもある封筒だ。俺は手紙を取り出して、中身に目を通した。
主演の二人が良かったと、
思いました。
やっぱり、山本くんは天才です。
また、もう一人の子も。
とても面白かったです。
一位に相応しい作品です。
ゾッとした。
こう言うのって大抵縦読みしたらいいんだろって思って縦読みしたら、まさにその通りだった。
頭文字を繋げていくと、俺の名前になる。
何で俺の事を知って……。俺は封筒に差出人がかかれていないか確認した。すると、封筒の裏側、右隅に小さく、監督と書いてあった。
ん?監督?
「監督からじゃねーか!」
「あ、ごめん!渡すの間違えた!それ、僕もやまもとゆうきって縦読みできるやつ貰ったよ。先輩は喜ぶと思ってやってるんだけど、正直気持ち悪いよね」
「あ、あぁ確かに気持ちわるいな……」
いやまあ、気持ちは嬉しいんだけど。紛らわしいんだよ。ゾッとして損した。
「で、確認してもらいたいのは、こっちなんだ」
山本くんが渡して来たのは、白い封筒。こっちは本当に、差出人も宛先もない。
手紙に書かれてある短い文を読み上げる。
「『お願いします。教えてください』。何を!?」
俺は思わず突っ込んだ。何を教えればいいんだよ。
こんなのもういたずらレターだろ。
「まあ、次、これ読んで」
と、追加で渡された手紙を読みあげる。
「『顔が見たいです』。誰の!?」
またしても突っ込む。なんだこれ、同じ人物が書いてるんだったら、一度に言いたい事全部かけよ!
「たぶん、塩谷くんのだよ。あと一枚、これも勝手に開けちゃったやつ」
「『彼女の声が聴きたい』」
「差出人不明の手紙はあと10枚ほどあって、たぶん全部同じ人が書いてる。他は差出人の名前が全部あるんだ。気持ち悪いよね。何か、思い当たることない?」
確かに気味が悪い。こんな手紙、嫌でも印象に残るし、相手はそれを見越してやってるんだろう。
思い当たること。
といえば、今日、出会った、アイツのことぐらいで。
でも、アイツは、何故か俺の事だって知ってたし。あ、でもこれが、俺だって気づく前に書いたものだとしたら。
「思い当たるやつはいるんだけど、そいつのことだったら、もう大丈夫というか……」
大丈夫じゃなかったけど。今なら流石に俺も警戒できるし、証拠写真も早川が持ってるからこれ以上ヤバイ事にはならなそうだけど。
「塩谷くん。僕ね……。何度か襲われたことがあるんだ。これで撃退してからは、そんなことも無くなったけど。ヤバイやつはヤバイから」
山本くんは、どこから取り出したのかわからないがスタンガンを持っていた。俺はそれを見て、反射的に1歩下がった。
「う、おお。そうだな、襲ってくるやつにはそれぐらいしないとな」
「殺す気でいかなきゃ。……こんな事になるとはわかってなかったから、本当にごめんね。でも、塩谷くんが一緒に映画やってくれて、良かった。僕、楽しかったよ。ありがとう」
そうやって、とびきりの笑顔で言われたら、やらなきゃ良かったなんて思えないよな。俺は、下がった一歩を元に戻した。
「俺も、初めて。生まれて初めて、優勝したんだ。いや、俺が優勝したってわけじゃないけど。でも、そういうのに、関われて、良かったと、思う。ありがとう。じゃ、帰るかー。これ持って帰って全部確認しとく」
「うん。そうした方がいいよ。燃やさないでね」
机に広げられた手紙を鞄の中に詰めようとしたその時。
社会科準備室に扉がゆっくりと開かれた。
振り向くと、眼鏡が立っていた。知っている眼鏡だ。
「塩谷」
「誰ですか?」
山本くんがスタンガン片手に失恋眼鏡に近づく。俺はその間に入った。
「知り合い!知り合い!トモダチ!センパイだけど!三年の東雲センパイ」
山本くんからスタンガンを取り上げ、彼のポケットに突っ込む。東雲センパイは、俺の腕を掴んだ。
「……塩谷、今から話せる?」
「話せるっちゃ、話せるけど、何?」
東雲センパイは、山本くんをチラリと見た。うむ、これはあれだな。ふたりきりで話したいということだな。ふたりきり……いやいや、東雲センパイだぞ、失恋眼鏡だぞ。
「ごめん、山本くん、センパイとちょっと話したい事あって」
「……大丈夫?その人信頼できる人?」
山本くん……なんかカッコイイ。じゃなくて。
「うん、大丈夫。信頼してる」
「これ、持ってて」
「いや、これはいらない。山本くんの方が日々の危険度は高いでしょ。殺す気でいくなら、持ってなきゃ」
俺は山本くんがポケットから取り出そうとしたものを押し返した。失恋眼鏡はそのやりとりを怪訝そうに見てる。
「ありがとう、山本くん」
山本くんを笑顔で送り出して、東雲センパイと向かい合う。
「それ、なに?」
東雲センパイが手紙の山を覗き込んだ。この人には、すでに俺の女子高生姿を観られている。
「映研の映画に出たら、ファンレターいっぱい貰っちゃってさ羨ましいだろはっはっはっ」
「別に、羨ましくないけど。出した人はかわいそうだな、騙されて」
「かわいそうって言ったか?失礼だろ!俺に!目の前にいるのに!」
「あんなの詐欺だろ。俺は全身見てるから、恥ずかしくなった」
「喧嘩を売りにきたんだな」
「違う。塩谷、あの、日曜日のこと」
「日曜日?」
「覚えてないのか?あの、ライブで」
失恋眼鏡。日曜日。ライブ。
思い出した。
そうだ、俺、こいつに『田中とうま』だって嘘ついてたのがバレて。早川は失礼なこと言うし、この眼鏡は意味深な事言って……。
「お、覚えてる。正確には、今思い出した」
「……そうか。忘れてたんだな。俺は、君を困らせたんじゃないかって、ずっと悩んでた。気にするなって、言いたかったんだけど、でも、気にしてなかったみたいだから、良いんだ」
「……あの、気にしてなかった訳じゃなくて、俺も、嘘ついて、申し訳ない事したって思ってたんだけど、ちょっといろいろ、いろいろってか、大事件があって、それどころじゃなかったっていうか…混乱してたっていうか…ていうか……俺……いつも……言い訳ばっかだ。あーもう!!!」
俺は机を両手で叩いた。
こうやって、なんでも無かったことにするから、後から大事件になるんだ。
反省を糧にする。
「びっくりした。叩くなよ、机を」
「あのさ、失恋眼鏡。お前、俺を襲ったりはしないか?」
眼鏡の眼鏡がずれ落ちる。言葉の意味を理解してか、頬が赤くなった。
「おそっ、襲うわけないだろ!!君は何を言ってるんだ!!」
「じゃあさ、今晩泊めさせてよ、眼鏡の部屋に」
「………は!?なんで!?」
「俺の部屋は変態が巣食う魔窟となってしまったんだ」
「はぁ?意味が分からない」
「受験も終わったって言ってたし、良いだろ?あんまり他人に迷惑かけたくないし。眼鏡なら、信頼できるし。あと、相談に乗って欲しいことがあるんだ」
東雲センパイは、眼鏡を中指で押し上げて、溜息をついた。
「わかったよ」
「ありがとう、東雲センパイ」
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