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第11話 ちょろい

「なるほど、で、どうしたいんですか?」 昼休みの社会科準備室。 弁当いっぱいのプリンを食べながらも成田くんは至極冷静に俺に問うた。 「その頭脳を借りたいんだ。今、俺何考えてもダメだし、すぐ間違った選択をするから。もう自分が信じらんないよ」 「その判断もすでに間違えてるかも、と考えることもできないようですね。まあ、でも、正解です。東雲さんに相談しないあたり、自分で自分の気持ち、分かってるんじゃないんですか?」 歳下の男に、ビシッと、スプーンの先をこちらに向けられた。 「じぶんの、きもち?」 「つまり、あのイケメンに押されてまんざらでも無くなっていたところ、実は好きだというのは嘘でしたチャッチャラ〜とネタばらしされ、相当なショックを受けるも、それを自分に気のある東雲さんや赤髪の人には相談できないそこまで無神経じゃない、そこで、俺を選んだ。俺に対してはSですもんね、姉さんはふふふ」 「ふふふじゃねえ!!スプーンへし折るぞ」 「ホントのトコロ、まだ関係浅いですもんね、俺とまといさん。身近な人に相談できなくても、知らない人になら話せることもある。何故か。知らないから見損なわれる心配もないし、いざとなったら切り捨てられるから」 成田くんは、激辛スパイシーな性格をしているから、甘いものばかり食べてバランスを取ろうとしているんじゃないか?きっとそうだ。 一理ある。一理どころか十理ぐらいある。 「ハァ。俺は、どうしたいのか、自分が分からないのだ」 「俺が分かるわけないでしょう?それとも、俺に決めてほしいんですか?自分の気持ちを。ならこうしましょう、何もかも忘れて、俺と楽しく過ごす。なんかまといさんって押せば落ちそうな気がしてきたんで、落としてもいいですか?」 「それは困る」 「じゃあ、落としません。どうです?聞き分け良いでしょう?褒めてください」 「エライゾ〜ヨシヨシ」 手を伸ばして、中身にそぐわない可愛い頭を触ろうとしたら、逃げられた。その代わりに、伸ばした俺の手を成田くんが掴み、指先をそのお口に咥えられてしまった。 「うわっ気持ちわぐ」 指を引き抜くと、今度はプリンののったスプーンが俺の口に突っ込まれた。甘い。悪くない。 「ブドウ糖、足りてないんじゃないですか?昼食も食べてないし。この分だと、朝食も抜いたでしょう?思考能力が低下しすぎてて、姉さん、チョロいです」 「……チョロくねーよ」 俺が食ったプリンが最後のひとくちだったらしい。成田くんは弁当やスプーンをせかせかと片付けると、弁当が入っていた紙袋からタッパーを取り出した。 「知恵の実で作ったパイです。どうぞ」 目の前に差し出されるアップルパイ。 「やっぱ俺、チョロいかも」 タッパーからアップルパイを素手で取り出し、かじりつく。やっぱり甘い。が、悪くない。 「そもそも、好きじゃなきゃ、どうしたらいいか分かんなくなったりしないんですよ」 その言葉を聞いて腑に落ちた。 人類が初めて理性を手にした時のようだ 好きじゃなきゃ、こうはならない。 考えるまでもなかった。 「でもあんな奴の、何処が良いのかまったく分からない!なんで惚れたんだ!?押しに弱いっていったって、あんな変態っ!駄目だろ……」 「あの人も変態なんですか?まあ、変態だとしても、イケメンだからじゃないですか?俺もなかなか整った顔してますけど、やっぱりモデルにはかないませんよ」 「ハハなんだそれ……それじゃあ俺ただの面食いじゃん」 「良いじゃないですか、ただの面食いでも。マシな方ですよ。イケメンに唆されてその気になっちゃったんでしょう?それじゃあ、自分の気持ちがはっきりしたところで、告白をしましょう。振られたら俺の出番です。姉さんの身体を慰めてあげますよ」 「『身体を』はいらねーんだよ!つーか、こ、告白なんかしないし!だって……無駄じゃん、あいつのは全部、嘘だったんだから」 半分食べた知恵の実パイをタッパーに戻す。急に腹いっぱいになってしまった。 「嘘なんですか?本当に。50パーセントでも、5パーセントでも、嘘じゃない気持ちも、あったかもしれませんよ。俺に相談したのは、正解ですけど、正解はひとつじゃありません。本当に話すべき相手は、もうわかってるでしょう?」 成田くんの出すヒントは、ことごとく俺に勇気をくれる。誰かに相談してよかったな。成田くんに相談して良かった。 それと同じように、早川にも話して良かったと思えるだろうか。 お前が好きなんだと伝えて。 「ハ……!!はずかしい……今さら恥ずかしすぎるだろ」 「何言ってるんですか。二回もセーラー服着た男がよく言いますね」 「お前が着せたんだろ」 「今度は、スク水を着た写真を撮らせてくださいね。それでチャラです」 成田くんは無邪気に笑った。チョロいな、俺は。 「あー、もう、わかったよ、ありがとう。成田くん」 「んなの、認めねぇぞ!!」 壊れるんじゃないかというほど大きな音を立てて扉が開いた。開けたのは、鼻息を荒くした江藤だった。 成田くんが驚いて椅子から立ち上がる。 「そんな!まさか、ブルマ派ですか?マニアックな……だけど認めましょう!」 「成田くん!?殺されるぞ!!」 江藤は成田くんの血迷ったツッコミもその存在も無視して、一直線に俺の横までやって来た。座っている俺の両肩に江藤の両手がかかる。 「おっ!!俺だってお前の事す、好きだし!!なんなら、付き合ってやっても良いぜ!?」 「江藤……」 髪どころか耳まで真っ赤になった江藤の告白。今ならわかる。好きだと認めることも伝えることも、死ぬほど恥ずかしくて死ぬほど勇気がいることなんだって。 だから。 ちゃんと向き合って、話さなきゃいけないことなんだ。 肩に乗った江藤の手に、自分のそれを重ねる。 「塩谷……!」 「ありがとう。ごめん、俺、面食いだからさ……お前の気持ちには答えられない」 あれから、足取りもおぼつかなくなった江藤を、成田くんとふたりで教室に送り届けた。別れ際、江藤に『俺をフっといてあいつにフられてんじゃねーぞ』と言われた。かっこよかったな。 それなのに俺は。 俺は……! 早川に一言も話しかけられない。 話しかけるタイミングを探るため、早川をチラチラと盗み見するが、目があう度に俺はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、一言も発せなくなる。 さらにクラスメイト全員にバレたらどうしようと不安になったり、俺ちゃんといつも通りにできてるだろうか不安になったり、いつも通りってどうだっけともうなにがなんだか分からなくなったりしている。 泳ぐ視線の行き場を探す。 もういっそ、何も見ないように目をつぶって俯く。 早川から話かけてくれたらいいのに。 いつもはうざいぐらい話しかけてくるくせに。 今日は話しかけないのかよ。 廊下で、佐伯から早川は自分への嫌がらせで俺に近づいたんだって言われた時。 俺は走って逃げた。キャパオーバーだったのもあったけど、そんなの聞いてられなかったんだよ。 ねえ、早川。お前、否定しなくていいのか? このままだと俺に誤解されたままだぞ。 本当の事だから、誤解も何もないのか? つか佐伯とどういう関係なんだよ。 全く知らねーぞ。 答えろよ、早川。 どうなんだ、おい、早川。 好きじゃないのか、俺のこと。 好きでいてくれよ、俺のこと。 とんとんと、肩を叩かれた。 目を開けて顔をあげる。山本くんがいた。 「大丈夫?」 「え、あ、大丈夫!え、あれ、授業は?」 「終わってるよ。本当に大丈夫?顔色悪いよ」 「熱は、無いみたいだね。つかれてるのかな。ごめんね、映画の件で、余計な心配させちゃったよね」 山本くんが、小さい手で俺の額を触った。子どもみたいな手だ。かわいい。 「山本くんは、優しいね……。緊張、ほぐれた。あのさ……耳貸して」 山本くんはおとなしく俺に従ってくれた。いつの間に俺たちはこんなに仲良くなったんだろうな。小さな声で山本くんの小さな耳に語りかける。 「俺ね、山本くんのライバルになっちゃった。恋敵ってやつだ」 「え!?それって……」 驚いて、俺を見つめる山本くんに、恥ずかしいけど笑顔で応えてみせる。なんて言われるかな。 山本くんが指で俺に来い来いする。俺は耳を差し出した。 「…………監督が好きってこと?」 「断じて違う」 ヒソヒソ声じゃなく本域で否定してしまった。監督?えっ監督?なんで監督?何故?監督ってシルエットフェチのヤバい奴だろ。 「まて、まてまてまて、山本くんって、監督が好きなの?」 「冗談だよ。早川くんでしょう?塩谷くんの好きな人。ていうか付き合ってるんじゃないの?僕それで諦めたんだけど。でもそれは僕の勝手だから」 やっぱり山本くんは早川の事が好きで、そして諦めたんだ……。 それってどんだけ辛い事なんだろう。 「付き合って、ない。ごめん、俺」 「そんな顔しないで。さっきみたいに笑ってよ。僕、塩谷くんも好きだよ。だから、頑張って」 「………あ、ありがとう」 笑ってとは言われたが、どんな顔をすればいいのかわからず、無理やり口角をあげた。俺、笑えてる?山本くんが吹き出して、顔の横で可愛くてまるい拳をつくった。 「応援してるよ。頑張ってね」 頑張ろう。 俺は意を決して、早川の方を見た。が、その姿はすでにこの教室に無かった。 でも、この気持ちが弱まらないうちに、行動しよう。もう勢いで行くしかない。 「山本くん!早川の部屋番号、知ってる!?」 落ち着け。 息を大きく吸ってー、そして大きく吐けー。 扉に掲げられている部屋番号と山本くんに書いてもらったメモを見比べる。合ってる。何回見ても合ってる。怖じ気づくな。 呼鈴を鳴らすだけ。 押して、出てきたら、もう勢いに任せる。 大丈夫。頑張れる、俺。 痺れる人差し指で、そっと、インターフォンに触れた。 ーーピンポーン。 聞き慣れたチャイムの音。 ヤバい、水の中にいるみたいだ。心臓があつい。 扉が開く。 「はい」 「お前俺のこと好き!?」 「好きだよ」 なんの迷いもなく、佐伯が答えた。 佐伯が? 「……アー……ココハー、早川ノー、オ部屋デスカー?」 「そうだよ。俺の部屋でもあるけど」 オー、同室デスカ。ナルホド!なるほど。なんでだ! 「……大丈夫?ぼーっとしてるけど」 「……大丈夫デス。あの、早川、いますか?」 「今日は仕事じゃないかな?」 「あ、そっか」 モデルの仕事……。なんだよ、そうなら早く言えよ、よし、明日、出直すか!ほっとした!って、何を俺はホッとしてんだ。 「入って待ってなよ。それでヒカルが帰って来るまで、塩谷くんと話したい。大丈夫、俺は、手を出さないし、出さないの塩谷くんがよく知ってるよね?」 そう、知ってる。こいつは手を出さない。俺の親衛隊で騎士(ナイト)だったから。従順に俺を守ってきた。体操服を帰すまで、俺の平凡な日常を、守ってきたんだ。 一歩だけ前進する。 「いったいどういう魔法使ってたんだよ」 「魔法じゃないよ。一番やっかいだと思った日生と如月を親衛隊に入れることで、ルールを守らせた。あとは、いろいろ。具体的にききたい?」 「いーや、いい。でもなんで、やめたんだ?その、俺を守るの」 佐伯は申し訳なさそうに笑った。 「座って話そう。長くなるから」 靴を脱いで、佐伯と早川の部屋にあがって驚いた。部屋が広い。ダイニングテーブルは4人がけのもので、ソファーもある。学年主席部屋?なんで。主席って各学年何人もいるのか? 「佐伯、さんは学年主席なんですか?」 「違うよ。父が、この学園に出資してるんだ。それで」 「まじかよ。そういう仕組みだったのか……。じゃあ、早川も?」 「……そうだよ。出資してるから。父が」 案内されて、ダイニングテーブルに腰掛ける。真向かいに座った佐伯が、少しだけ眉間にしわ寄せ厳しい顔をした。 「そう、それでね、親がいろいろとうるさいんだ。留学も勝手に決めて。日生に襲われたって聞いて、そのまま飛行機に乗って、帰ってきたんだよ」 「りゅ、留学してたのに!?あ、愛が重い……」 「そもそも、留学なんか行かなきゃよかったんだよ。俺、塩谷くんを守りたい。あいつらから、ヒカルから、守りたいんだ」 佐伯がまっすぐ俺を見据える。 何がこの人をここまでさせるのかも分からなし、俺が享受していた平凡は佐伯のおかげかもしれない。 でも。 「俺はあなたに守って欲しいとは思いません。何故なら!俺を守ってくれるなら、そのナイトは、早川がいい!俺は早川が好きだから!」 どうだ。 俺の愛だってちゃんと重いだろう。ナイトになって欲しいとか言っちゃってるんだぜ。 佐伯が俺を睨んだ。 「でも、ヒカルは塩谷くんが好きなわけじゃない」 「あいつの気持ちは、あいつにきくよ。ききに来たんだよ」 「振られて傷つく塩谷くんなんてみたくない!」 佐伯が自分の顔を大きな両手覆った。 「な、振られないかもしれないだろ!」 「ヒカルは、俺に嫌がらせしたいだけなんだって」 「なんなんだよ、それ!なんでそう言い切れるんだよ!」 「兄弟だから。腹ちがいのねー」 間延びする声が、背後からして振り向いた。早川だ。モデル立ちしている早川がいた。 「え?え?仕事は、モデル」 「今日は仕事じゃないよ〜」 俺の頭に手をついて、隣に座った。隣かよ!隣が見れねえ。仕事じゃなかったのかよ。いつからいた?きいてないよな?俺の告白きいてないよな? 「驚かないんだね、俺たちが兄弟だってきいても」 「……え!?兄弟なの!?」 「俺、この人の父親の愛人の息子」 「えっ!?」 「この人は本妻の息子。だからだろ?こいつが俺に嫌がらせされてるって被害妄想に陥ってるのは」 衝撃の事実。愛人の息子と本妻の息子。同じ父親。同じY染色体。同じ学校。同じ部屋。いや、配慮しろよ!パパとしては仲良くしてほしいってか!なんちゅう大人のエゴ! 「妄想じゃない!俺が良いなと思う子をヒカルは全て口説いただろ!!」 佐伯が立ち上がって、机を叩いた。 「好みが同じってだけでしょう?深いイミはありませーん。可愛い子は全て漏れなく口説きますー」 早川も、座りながら机を叩いた。 つーか、何言ってんだこいつ!ふざけんなよ! 「そして俺の方がカッコ良いから俺になびいちゃうんです〜!!ねっ、まといちゃん?」 「調子こいてんじゃねーぞ!お前!!嫌がらせじゃないって、本当なんだろうな?じゃあ、お前は、俺の事を好きで、いいんだよな?両思いで、いいんだよな!?」 俺も立ち上がって机を叩いた。とても、早川が見られない。 ひたいから汗がつたう。机についた手の上に落ちる。ぽたぽたと。 「泣かないでよ。まといちゃん」 「よく見ろ汗だ!」 「見せてよ」 「ほら」 早川に向かって、前髪をあげてデコを見せる。バッチリと視線がかち合う。しまった。死ぬほど、恥ずかしい。瞳が潤ってしまう。 「俺、ちゃんと愛しちゃってるって言ったでしょう?ねえ、まといちゃん。俺と付き合ってくれる?」 「うっ…………うん…………………」 「うぐっ、苦しい……」 突然、佐伯が胸を押さえながら机に倒れこんだ。苦しそうに、背中が上下している。発作!? 「お、おい!大丈夫か?心臓か!?どうしよ、早川!救急車」 「ぐぅぅ、苦しい……!塩谷くんが……かわいすぎて苦しい……!!『うっ…………うん…………………』って!かわいい……苦しい……かわいい」 「………………」 「まといちゃん、とどめさして楽にしてあげたら?」 「………。俺たちのこと認めてください!お文字義兄(にい)さん!」 「お、にいさん呼び……たまらん……!!くっ、認める……認めるよ」 佐伯は机の上でのたうち回るのをやめて席についた。俺だけ立ってるのもあれなので、俺も座った。 「というか、両思いなら、塩谷くんが幸せなら、それで良いんだ。親衛隊だから、俺は……。ヒカル、塩谷くんを泣かせるなよ。ちゃんと、守るんだぞ」 「ナイトだからね、俺は」 にやついた早川が、俺を見て言った。

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