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第12話 マジでオーシャンビューする5秒前

突然だが文化祭と運動会どちらが好きだろうか。得意、不得意もあるだろうし、どちらも愛してやまない生徒もいるだろう。 だが、この学園では文化祭と運動会は選択科目に指定されている。『学生の本分は勉強!どっちもって大変だよね、だからやりたい方やっちゃいなヨー!』という校長の計らいだ。 でも、1年は運動会、2年で文化祭、3年は受験勉強のため自由参加となるがだいたいが不参加、というのがセオリーで、まれに、1年でも文化祭に参加したり、ずっと運動会だけに出続ける脳筋族もいる。クラス対抗の種目や出し物は無く、運動会、文化祭用に班編成が行われる。 俺はセオリー通りに1年の時は運動会に参加した。まだ右も左もわからない1年は、セオリーに乗っかるのが無難だ。それに、文化祭より運動会の方が準備期間が短い。2日程度の練習のみで、当日50メートルを全力で走ればおわる。もしくは棒をうばいあってつぶされたり、騎馬戦で腕の長い奴に一瞬でハチマキをとられて責められたり、借り物競走で恥ずかしい目にあえば終わる。安易な考えで選択すれば苦労をするという教訓を学んだ。今年は、そうだな。 「もちろん文化祭にでるよ」 この日、最後の号令がなった瞬間に、山本くんが文化祭と運動会どっちにでるのと聞いてきた。運動会なんて頼まれてももう二度と出たくない。 「よかったー!僕も文化祭。去年も文化祭に参加したんだけどね。班編成が気になるなー」 山本くんがわっくわくしながら、鞄に教科書を詰める。そんなにいいもんかね?文化祭。班次第では地獄にもなりえるし。自分とは合わない奴等ばっかの班になったらどうしよう。出来れば一人でも知り合いがいて欲しい。 「俺、山本くんと一緒の班がいいな」 「僕も塩谷くんと一緒にやりたいなあ。あ、早川くんも一緒だと良いね!」 「えっ!?べっ別に一緒じゃなくても良いんですけど!?」 山本くんは多分、からかうとかいじるとか、そんなつもりで言ったわけではないのに、過剰に反応してしまった。早川と付き合っている、という状況に、未だ慣れないし、落ち着かない。 「僕余計なこと言ったかな……?」 本気で申し訳なさそうに聞いてくる山本くんに対して申し訳なくなる。まあ、余計っちゃ余計……じゃなくて。 「いや、ごめん。俺、は、恥ずかしくて、つい」 恥ずかしいと思っていることを告白するのも恥ずかしい。恋愛モード全開だぜ、みたいな俺を見ないで。思わず両手で顔を隠した。 「ふたりっきりの時は恥ずかしがらないのにねー」 「そうそ………じゃねーよ!!!!!」 思いっきり、机を叩いて立ち上がる。山本くんが顔を赤らめているそのうしろで、早川が足をクロスさせモデルのようにして立っていた。 「残念ながら俺は運動会に出るから一緒の班にはなれないんだーごめんねー」 「一緒の班になりたいなんてひとことも言ってないんですけど?」 「あっそ〜」 早川はフッと笑って、歩き出した。よくみると、学園指定の鞄ではなく、馬鹿でかいリュックを背負っている。仕事か?頭の高さまで挙げた右手をヒラヒラと降って、教室を出た。 「くっそう」 「ご、ゴメンね!」 「あ、違う!山本くんに言ったんじゃなくて!ゴメン!じゃあ、また明日!」 俺は教科書の入ってない鞄を引っさげて、早川の後を追った。俺に気付いてもスタスタと歩いていく早川に追いつくには、走るしかなかった。やっと早川の横にならんで、早口で大事なことを伝えた。 「付き合ってるって、バレたらどーすんだよ!」 「良いじゃんべつに。まといちゃん失うものなくない?」 「くそ!どう言う意味だよそれは!!失うとか…じゃなくて、早川と付き合ってるって、バレたら、俺が早川のこと好きってバレるだろ!?」 早川は、突然足を止め、片手で目頭を押さえて、俯いた。ゆっくりと自分自身を落ち着かせるように息を吐いている。 「な、なんだよ、泣いてんのか?」 「いや、マジしんどと思って……。初めて恋人できて戸惑いを隠せないまといちゃんマジしんど……。はあ」 「はあ?喧嘩売ってんのか?」 「違う、めっちゃかわいいってこと」 早川が俺の手をとって自分の唇スレスレのとこまで持っていった。幸い、後ろから近づいてくるクラスメイトには見えていない、ハズ。すぐに手を引いて、早川の肩を叩いた。 「いきなり何言ってるんだ」 「なんで急に冷静になるの?さっきみたいにカワイク恥ずかしがってよー」 「だまれ!をからかうのはやめろ!!」 「からかってないよ。本気だよ」 「……どうだか。あ、何時に帰ってくんの?付き合ってほしいことがあんだけど」 「8時ぐらいかな。ナニソレ。アナル拡張とか?」 「ふざけんなぶん殴るぞ!……まあ、説明は、その時に。行ってらっしゃい」 もう一度、今度はソフトに肩をたたいて。早川を送り出した。 ピンポーン ピンポーンピンポーンピンポーン 「うるさいんだが」 チャイムを鳴らすと、出てきたのは寝ぼけた東雲先輩だ。すでに寝癖までついてる。眼鏡はかけ忘れたようだ。眉間にシワをよせて、目を細めて俺を確認した。 「まだ21時だぞ。おじいちゃんなのか?」 「昨日寝れなかったんだよ」 「不眠症か?神経質だと大変だな」 「違う。文化祭の」 「えっ、うそー!!まといさーーーん!?ほんとにほんとにまといねぇさーん!?」 眼鏡を(眼鏡かけてないけど)横に押しやって、俺の真向かいを陣取った成田くん。まあ、用があったのはこっちのほうなんだけど。思いのほかテンションが高くて、帰りたくなった。 「ねぇーさんじゃねぇ。借りを返しにきたぞ、成田くん」 「借り?なんか貸してたのか?」 「東雲さんは黙っててくれます?まといさんは俺に会いに来てくれたんで」 相変わらず成田くんは東雲センパイにあたりがつよいな。眼鏡は眼鏡で、そんな成田くんに怒りもせず、一体何がどうなってるんだという顔をしている。でもこれから、もっと混乱させるかもなあ。 「いやー、色々あって、スクール水着の写真撮らせてやるって約束しちゃって」 「はあ?」 「わーいわーい!うれしー!絶対忘れてると思ったのに!流石俺のねーさん!」 俺のお腹に手を回そうとする成田くんを東雲センパイがホールドする。ナイス眼鏡! 「でも、成田くんそんなだし、前科もあるからさ。俺は水着着ないけど、モデルをつれてきたよ」 「モデルでーす」 スクール水着(男子用)を着用した早川が俺の横から顔を出す。これだって立派なスク水だし、誰も、『俺がスク水着て』なんて言ってないし。早川もノリノリで水着を着てくれた。 「はあ、がっかりです。ほんと。まじで!」 「俺より絵になると思うけどなあ。ホンモノのモデルだし」 「撮りますけど!良い金になりそうだから。姉さん、卑怯ですよ。いつからこんな小賢しい女に……」 「今頃気付いたのか?俺は前々からけっこー小賢しいぞ」 「チッ、小賢しい姉さんも、アリッちゃアリだな……カメラ用意してくるんで」 成田くんがカメラを取りに自分の部屋に戻り、俺たちは玄関からリビングにお邪魔させてもらった。 「成田の言うことなんて無視すれば良かったのに」 東雲センパイがポツリと言った。確かに。 「それもそうだけど、無かったことにして後でトラブルになるのもヤだし」 散々な目にあってきたから。俺は学んだし、小賢しくなった。しかし、なんだろう。この光景。水着の早川と、東雲センパイ、俺。まてよ、よく考えたら、めちゃくちゃ気まずくないか?つーか、東雲センパイに、早川と付き合ってるって報告もしてないし、オエ、急に気持ち悪くなってきた。東雲センパイの眉間から皺が消えないのって、単に眼鏡が無いからじゃなくて、もしかして、もしかして。 「付き合ってるってきいたけど」 「え!!!!!???えーっと」 「そーすね」 「そうか……」 気んまず!!!!!!俺からなんか言った方がいいのか?なんて?何を言っても傷口に塩酸ぶっかけるような気がして言えねぇよ。つかなんで知ってんの?それきけばいいのか?はやく成田くん戻ってこいよ。カメラとりにもどるのそんな時間かかる?わざとか? 「やっぱ初恋って叶わないんですねー」 「早川!もっとオブラートにつつめ!」 「クッ!!!!せいぜいお幸せにな!!!」 失恋眼鏡が目に涙を溜めて捨て台詞を吐いて去ろうとしたので、俺はその腕を掴んだ。 「ありがとう、その、いろいろと。……ティッシュ、持ってけよ」 「もらっておく」 箱ティッシュを渡す。そこのテーブルに置いてあったものだけど。東雲センパイはティッシュをかかえて、自室に入って行った。 「泣き虫眼鏡もいなくなったところでまといちゃんに相談なんだけど」 早川が俺の腰を片手でガシッと掴んだ。 「人んちでヤるってのは、どう?」 「却下!!ありえない!!どうかしてるだろ!!お前!」 「俺、結構、ギャラ高いんだよねー」 「んな話聞いてねーよ!」 「まといちゃんのために脱いだのに?俺には報酬無いの?キスだけでいーからさー」 「っこ、ここじゃなくてもいいだろ」 早川のもう一方の手が俺の顎に添えられる。 「だめ、ここでする」 強引に上を向かされて、早川の顔が近づいてくる。 一瞬。一瞬で、済ませられるなら。後でネチネチとやられるより、良いかもしれない。 「いや、良くない!!!!!!」 カシャ カシャカシャカシャカシャ 横を見るとカメラとケータイをこちらに向けて連写している成田くんがいた。ぞっとする。 「良い!!!めっちゃいい!!良いアングル!!まといさん顔真っ赤ー!!あ、どうぞ続けてください!!」 「おい、誰が撮って良いっていった?成田くん!!」 俺はカメラのレンズを握って、早川はケータイを取り上げた。 「おっ、いいねー!後で送っといて。俺の番号登録しとくから」 「おい!ちがうだろ!そこはデータ消すとかカメラ壊すとか!!」 「まといさんって、ロマンチックですよね。写真は俺の報酬です。東雲さんにちゃんと伝えられて良かったですねー。はー俺って見た目だけじゃなくてホント天使」 「ぐっ。何だかんだで、お前、良いやつなんだな、くそ!変態だけど!」 「ハイ、どーぞ」 早川が成田くんにケータイを返す。成田くんはケータイの画面を見て笑った。早川も笑っていたけど、俺だけはその画面を見せてもらえなかった。 東雲成田邸から帰る途中、すれ違う生徒にジロジロと見られても早川は気にしない様子だった。それどころかちょっと嬉しそう。もしかして、露出狂の素養があるのか? 「ねえ、まといちゃん。俺の部屋と、まといちゃんの部屋、どっちが良い?俺は俺の部屋がいーけど、いちおーまといちゃんの意見もきいてあげる」 「なにが?」 「今日これからエッチするんでしょ?」 「えっ?」 なんだ?こいつの中ではそういう流れになっていたのか。いやたしかに、『ここじゃなくても』とは言ったが……。 「で、どっちがいい?」 「初体験は高級ホテルの海が見えるスイートルームが良いって言ってんだろ」 言い訳、というか、逃げる為の文句なんだけど。コレ言えば早川は迫って来ないから。 「まといちゃんさ、それ言えば俺がおとなしく引き下がると思ってるっしょ?本当にスイートルームのホテル予約してたらどうすんの?」 「えっっ!!!予約……したのか?」 一気に脇汗が吹き出た。ど直球に言われるとは思わなかった。 「そろそろ俺だって限界」 「えっ!?ちょっと、早川!ここ!誰の」 手を引かれて、知らない人の部屋に連れ込まれた。土足でズカズカ上がっていく。中には誰もいない。もちろん、早川の部屋でも俺の部屋でもない。空き部屋ってわけでもない。見渡すと生活感がある。 「トモダチの部屋。借りた」 「は、ああ??え、なんで!?」 「人んちでエッチなことやりたいなーって思って!あ、でも処女はスイートルームでいただく予定だから、ちょっとイチャイチャするだけ、ほんと!先っちょだけ!ネッ」 「いやいやいや、先っちょだけってのは絶対うそだろ!嫌だよ、俺、人んちでヤんの!!」 早川と腕を取り合い揉み合う。そんな見ず知らずの他人の部屋でヤられてたまるか!用意周到すぎるんだよ! 「ね、おねがい!俺今日もうほんとはやくまといちゃん犯したくてたまんないからもう犯すしかないよね」 「犯すって言うな!犯されねーよ、俺は!!ほんと、待って、ちょっと待って!!!」 「待たない。脱がす」 「待て待て!!お、俺だって、やりたくないわけじゃないんだから!!!」 付き合っている、ワケなので。 でもこれだめだ、恥ずかしくて死ねる。早川の顔が見られねぇ。俺の顔も見られたく無い。両手で顔を隠す。 「じゃあ問題なく無い?ハイ、ぬいで!」 俺の一世一代の告白もさらりと流されて、いきなりパンツごとスウェットを脱がされた。 「うわあ、ちょっ、この変態が!」 ズボンを急いで引き上げようとするも、早川に踏みつけられてうまく履けない。 「もうさ、覚悟決めよーよ、まといちゃん!俺に任せて、きもちいくなっちゃいなよ」 早川が俺の耳に吹き込む。膵臓あたりが締め付けられる感じがした。たのむから、俺の内臓、反応しないでくれ。 「いやだ、だって、人んちだぞ!ムリ、ムリ、やめて、早川、おねがい」 頭を早川の胸にグリグリと擦り付けた。すると早川は俺を抱きしめて、唸り始めた。 「しんどすぎるよまといちゃん」 「お前だって、嫌がる俺より、ノリノリの俺とやりたいだろ?」 ノリノリの俺?何言ってんだ俺。 「どっちともやりたい。嫌がるまといちゃんとエッチしながらノリノリのまといちゃんともエッチしたい。3Pしたい」 「無理だから」 「今日はイけると思ったんだけどなー。ちゅうしていい?」 「えっ…………キスだけなら……」 「うん、キスだけ、ネ」 この後4時間ぐらいめちゃくちゃキスされた。 できれば、1人でも知り合いがいてほしい、などと願ってしまったせいかな。 「知り合い多くね!?」 誰に対してでもなく、この状況にひとりで突っ込んだ。 文化祭の班編成が発表された。今日はその、第一回の打ち合わせである。一班20人ずつなのだが、俺の所属するE班のメンバーを紹介しよう。 俺、山本くん、中島くん、成田くん、江藤、眼鏡、監督、佐伯、その他。なにかの陰謀か? 「まあ、お察しの通りなんだけど、俺の力が働いてる。と言っても、父にお願いしたんだけどね」 すっと、俺の横にたった佐伯が急に話しかけてきた。父にお願いして、好きに班編成できるって、出資者やべぇな。 「でもなんで、こんなめちゃくちゃな班に……?」 俺は疑問をぶつける。逆に全員ばらけさせてくれよ。いや、山本くんと中島くんだけは残しておいてもらおう。 「もちろん、ヒカルが運動会に勤しんでる間、塩谷くんを守るためだよ。塩谷くんに近しいひと全員集めて、お互いを監視させあうんだ。まあ、アレと一緒だよ」 アレ、とは、たぶん親衛隊のことだろう。監督とか、めちゃくちゃ話辛いんだが。だってあの人も俺の親衛隊だったんだろ。と思っていると、監督と目が合った。こちらに近づいてくる。佐伯には目もくれない。仲が良いわけではないのか? 「やあ!塩谷くん!!ライブ以来だね!!弟くんとは毎日の如くチャットしてるけど」 「え!!いぐさと!?俺には電話ひとつもよこさないのに」 「まあずっとアイドルと映画の話をしてるんだけどね。どう?また僕の映画に出ない?ファンに続き作って欲しいって言われてさ!受験終わったら個人で作ろうかなと思っているんだけれども」 肩をポンポンと叩かれる。たしか、そう、如月はシルエットフェチ、とか言ってたな。まてよ!?だから女装した時、俺の顔は一切見ようとしなかったのか!?なんてやつだ、俺のシルエットにしか興味無いのか!なかなかの変態だ。 「おい、気安く触ってんじゃねーぞ。ぶっ殺されてーのか」 「ヒッ、すい、みません!あ、やぁ、山本くん!」 不良が苦手なのか、江藤の一言で完全に萎縮して、山本くんの方へ、そそくさと去って行った。俺は江藤を見上げて、ありがとうと言った。 「別にこれくらい、親友として当然だろ」 ちょっと照れながら、江藤が俺の肩を抱く。親友?親友になったのか?俺たち。 「親友にしては、距離が近いんじゃないか?」 失恋眼鏡が俺の腕を掴んで引く。まあ、たしかに、眼鏡の言う通りかも。 「テメーは親友でもなんでもねーだろ。ガリ勉は勉強でもしてろよ。とっとと帰れ」 「ふっ、俺は班長だぞ。俺がいなきゃ、文化祭は成功しない」 「え、班長なの?お前」 班長とか、そういうことするような柄には見えないけど。バイトやったり、健気に働くのが好きなのか? 眼鏡が得意げに、眼鏡を中指でくいっとあげた。 「そうだ。だから、ちゃんと俺の言うことはきけよ」 「あ、塩谷先輩!佐伯先輩も!一緒の班なんですね、良かった」 今度は中島くんが尻尾を振りながら(俺には見える)こちらにやってきた。 「中島くん、運動会じゃないんだね」 「部活で運動してるんで」 スパッと言い切った。相変わらず、サバサバしてる。俺もこんなサバサバ系だったら、あの地獄の運動会なんて選ばなかったのに。別に部活で運動してるわけじゃないけど。 「俊は部活優先になっちゃうから、塩谷くんカバーしてあげてね」 佐伯が優しく笑う。バレー部員の前では、本当に良い先輩やってんだな。 「おい、あっち座ろーぜ」 「うぉ、おい!」 自称親友に引っ張られると言うか、引きずり出される。教室の隅、窓側の一番後ろの席まで連れてこられた。ひとつ前に江藤が座る。そして俺の隣に、成田くんがやってきた。 「ココ、いいですかー?」 「テメー1年だろ、もっと前の席座れや」 「貴方に聞いてないんですが。じゃあ、まといさんも一緒に前の席に座りましょう?姉さんの彼女も前の方にいますよ」 「ハ?ねえさんのかのじょ?」 前方にいるのは、山本くんだ。ねえさんの彼女。完全に映画部が作った映画の設定じゃねーか。江藤が解せないという顔をするが、説明が面倒くさい。 「いや、俺は後ろの席でいいんだ」 「じゃあ俺、ねーさんのとなり!」 「おい、勝手にすわってんじゃねーぞ!」 「班長ーーー!!赤毛の人がうるさいんですけどー」 成田くんが手を挙げて物申すと、東雲センパイがこちらをなんとなく嫌そうに見つめて、黒板に名前順!と書き殴った。 「ほんとモテモテだね、塩谷くん」 新しく前の席に座った佐伯が、ニコニコしながら俺に言った。うっせー! この日、打ち合わせで決まったのは、文化祭ですることのみだった。 『ふーん、でなんなの?』 電話口からでも、めんどくさそうなのが伝わってくる。そんな素っ気ない態度取らないでよ、いぐささん。 『文化祭、親族だけ来れるみたいだからさ。いぐさ来ない?』 『えー、めんどくせ。どーせ、食べ物もマズイし、出し物はつまんねーだろ。まといの痴態なんか見たくねー』 『痴態って言うな!!まあ、俺も、見られたくないっちゃ見られたくないけど……文化祭いぐさとまわりたいしー』 『…………ちなみに、何やんの?』 『ベタだけど、メイド喫茶』 『はっ、行ってやるよ、痴態見に』 突然電話を切られてしまったが、いぐさが来ると言ったぞ!これで文化祭は、ひとりでウロウロすることもなく乗り切れそうだ。 「嬉しそうだね、まといちゃん」 寮内の公衆電話ゾーンから出ると、早川がいた。仕事帰りみたいだ。髪型がガチガチにきまっている上に、スーツだった。言葉が出て来ない。 「どうしたの?まといちゃんかっこよすぎて見惚れちゃった?」 「ちょ、ちょっとだけ……!」 「あー、しんど。最近まといちゃんやばくない?素直すぎじゃない?ねーもうちょっと奥行って」 公衆電話ゾーンに押し戻される。腰に電話台が当たったところで、俺からキスをした。

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