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第2章

 橙色の空の下、愛用のシウ(・・)革球を抱えて執務室から飛び立つ。中庭への近道だ。 「お待ちください。護衛がついてきません」  しかし傍らを飛ぶサーディクが、シャムスの足首をむんずと掴む。あえなく回廊に着地した。歩けるところは歩いて過ごしているのもあり、自分の体重より重いものを持って長くは飛べない。 「今日はちゃんと講義受け終わってるし、いつも撒いてるし、大丈夫だって」 「いつも? 危険です」  サーディクの表情がみるみる険しくなる。真顔が基本なのに。  シャムスの本当のダイナミクスを知る彼は、母と同じく案じているのだろう。  でも、シャムスはダイナミクスを理由にやりたいことを諦めるつもりはない。 (八年前ごろつきに襲われたのは王宮のずっと遠くだし、そのごろつきも母上が顏を憶えてて捕らえたし。何て言っても、オレはあのときより強くなったし!)  サーディクのコマンドに特別弱いだけで、普段はドミナントと難なく話せている。  サーディクを宥めながら中庭に着くと、それぞれ仕事を終えた仲間たちがすでに集まっていた。皆、シャムスの斜め上を――サーディクの顔を見る。  訓練を進めると同時に好きになってもらう作戦、その一。大好きな空蹴球(フットサル)を一緒にやる。 (日頃鍛錬積んでて、オレと同じくらい速く高く飛べるサーディクが加われば、シャムスチーム有利、なんてね)  もちろんプレイの訓練としても、ふたりきりの室内から、遊び仲間もいる王宮内へと、段階を踏んでいる。  最終的にはどこでも、誰からでも、コマンドに抗えないといけない。  仲間の下士官たちは、サーディクとは所属する隊が違うという。数日前の初対面時も少ししか話していないし、改めて紹介しよう。 「彼はサーディク。少将で、オレのパ」 「殿下」  パートナー候補だよ、とちゃっかり宣言して悪友に応援してもらう狙いは、阻止された。結構な力で長衣の立ち襟を摘ままれ、中庭を囲うオリーブの木の陰へと連行される。 「今、『パートナー』と言おうとしませんでしたか」 「だって。『世話役』にしたって、一将官のサーディクが何の世話? って思われるよ。サーディクのこと、『パートナー候補』って思ったらだめ? この前の訓練で、訓練以外でもサーディクとプレイしたいなって感じたんだ」  踏み込んで訴える。サーディクが優しさを垣間見せたのは、シャムス相手だからだと思いたい。  サーディクは、虚を衝かれたように碧眼を見開いた。手で口もとを覆い、考え込む。 「それは……ややこしくなります」  シャムスがサーディクを振り向かせたいという単純な話ではないか。と言い返そうとして、遅ればせながら思い至った。 「あっ、サブミッシブだって思われたら、軍で困るか。困らせたかったわけじゃないよ」  シャムスは表向きドミナントである。よって「シャムスのパートナー候補」は、サブミッシブだと公言するに等しい。  国軍では、号令を出す将官は原則としてドミナントが務める。サブミッシブは集団行動が得意なのと、敵軍のドミナントのコマンドを不用意に浴びないために、後ろで隊列を組む。  サブミッシブと勘違いされたら、配置転換になるかもしれない。  意外な障壁に、羽根が萎れた。一方のサーディクは、こほんと咳払いする。 「ダイナミクスを疑わせる『プレイの訓練相手』というのを伏せればよろしい。私たちの関係を表すのに最適な名称があります」  私たちの関係、という一言が甘く聞こえた。何だろう。シャムスは琥珀色の瞳をきゅるきゅるさせて、彼に任せた。 「なあ、おまえの躾係、ルシュディーさんの百倍厳しくないか?」  中休憩(ハーフタイム)に水分補給する仲間が耳打ちしてくる。シャムスはむすっとした顔で同意した。  サーディクはよりによって、「王太子の躾係」と自己紹介したのだ。皆も皆で「やんちゃなシャムスには躾が必要だよな」という反応だった。  何だか成年(おとな)と仔どもみたいだし、パートナー候補の件もうやむやにされたしで複雑に思っていたら、サーディクが大股で歩み寄ってくる。 「殿下。率直に申し上げて失策(ミス)が多過ぎます。このままでは逆転は望めません」  シャムスは目を瞬かせた。  王命の一貫として事務的に参加したと思いきや、熱い一言である。  確かに試合前半は、「躾係」に納得いかないシャムスの攻撃が絶不調だった。さらにサーディクと他の仲間の連携がうまくいかず、三点も負けている。 「えっ、と。じゃあ陣形を変えて、」  シャムスは圧されるようにしゃがみ込んだ。地面にチームの人数分の小石を並べて動かし、仲間と作戦を話し合う。  そのさなか、サーディクがおもむろに長衣を脱いだ。腰の位置が高く、下衣のみでも胸板に厚みがある。姿勢もいいので見映えがした。「おおー」と、敵味方問わず歓声が上がる。  シャムスはすかさず立ち上がり、手と羽を広げた。 「みんなは見たらだめ!」 「なんでだよ?」  サーディクはシャムスのパートナー候補だから……とは言えない。ぐううう、と唸る。  サーディク本人は容姿を褒められ慣れているのか、逆に無頓着なのか、得意そうにもしない。銀髪をいつもより高い位置で結び直した。露わになった白い項に汗がひと筋流れていく。  何だかなまめかしい。それを手首の内側で拭う仕草にもどきりとする。今までを汗だくの鳥人を見ても何とも思わなかったのに。  サーディクに注目が集まるのは誇らしい一方、焦りもある。 「サーディク、一瞬でいいから変顔してよ。表情筋の鍛錬だ」 「しません。躾に関係ありますか」  サーディクの引き締まった上腕にぐりぐり頭を擦りつけて頼むも、すげなく断られた。  結局、試合後半もサーディクに見惚れて空振りしたりと、ふるわない。  司令塔のシャムスがこの調子なので、チームの仲間の動きもちぐはぐだ。仲間がサーディクにパスしようとして、彼の飛行方向と反対側に球を蹴ってしまう。 「……正確に蹴ってください」 「まあまあ。敵の裏を掻こうとしたんでしょ」  不穏な空気を纏うサーディクと委縮する仲間との間に、飛んでいった。ドミナントのサーディクが語調を強めると、コマンドみたいになり兼ねない。  何とか流れを変えたい。 「とにかく一点返そう」 「はい。殿下と私で球をつなぎましょう」  サーディクの言に、頷いた。協力なら得意だ。  自分に敵が集まってきたら、サーディクへ。サーディクが空間(スペース)をつくって、シャムスへ。球を守りながら敵陣に迫る。  サーディクは羽先まで駆使して(手以外は反則じゃない)球を扱った。躾係らしく手本を示そうというのか、それとも日頃から勝負ごとには真剣なのか。 「殿下、球を[Back](戻して)」  さりげなくコマンドも使う。でも、シャムスは自分で敵の位置を見極め、自ら球を蹴る。  ゴールのど真ん中を射抜いた。 「ふふふん、反撃だ!」  待望の得点にはしゃいで、サーディクに抱きつく。サーディクはシャムスの体重を受け止めつつ、空中でよろめいた。 「……、……警戒心がなさ過ぎます」 「ん? 聞こえないよ」 「何でもありません」  サーディクはシャムスを引き剥がし、手で口もとを覆った。眉も顰めている。 (汗がやだったかな? サーディクの身体も熱かったけど)  つい寝台での抱擁を思い出し、敵に抜かれてしまう。慌てて球に集中し直す。  すばしっこいシャムスと、足が長いサーディクの相性は抜群だ。他の仲間も触発され、懸命に地を駆け空を舞う。仲間とサーディクの息も合ってきた。  でもあと一点及ばず、試合終了となった。サーディクが汗を拭いながら言う。 「もう五分あれば結果は違いました」 「なー。連勝が途切れたの悔しい。けど、互角なほうが楽しいよ。また今度頑張ろう」  あっという間に夜の帳が降りつつあった。今日のところは解散だ。  長衣を着直すサーディクが、他の誰よりもう一試合やりたそうな顔をしていて、可笑しい。よく見ると完璧には表情を隠せていないときがあるのが、シャムスにはわかる。 (趣味はないって言ってたけど、また誘おうっと)  シャムスはにまにま笑い、サーディクにくっついた。 「オレ、うまくできたでしょ」 「……ええ、私の指示をほとんど聞いてくださいませんでした」  片眉を上げたサーディクが、冷徹に評価を下す。  試合中、サブミッシブの仲間へと見せて[Take(球を運べ)]とか[Kneel(屈め)]とかのコマンドを散りばめられても、シャムスは自分で判断して動いた。抗えなかったり、抗ってサブドロップ気味になったりもしない。プレイだと身構えないのがよかったのだろう。  初回からの進歩を褒めてほしかったのに、返ってきたのは皮肉とは。拗ねて口を尖らせる。 「あーあ。秘密が増えてやだなあ」  実は、空蹴球仲間には本当のダイナミクスを打ち明けようとしたこともある。しかし母が悲しむと思うと、踏み切れなかった。  さらにサーディクとの関係も偽らねばならないのは、気が重い。  サーディクは、黒銀の羽の毛並みを整える手を止めた。他の仲間が離れた場所で後片付けしているのを確かめ、小声で言う。 「殿下は、ご自分がサブミッシブであることをどう思いますか?」  シャムスは「え?」の形に口を開けたまま、サーディクを見上げた。数日前に訊こうとしたことを、逆に訊かれるとは思わなかった。  サーディクはいつもの真顔よりもっと真剣に見えた。シャムスもきゅっと目に力を込める。 「変えられないことだから、憎んだり恥じたりはしてないよ。ナスラーン国では共生できる。オレが王になったら、みんなが長所をもっと活かせるようにするんだ!」  さっきの愚痴は、ダイナミクス自体を悲観したわけじゃない。金茶色の羽を広げ、「ふふふん」と夢を語ってみせた。  課題は、他の者がついてきてくれるかということ。 「……そうですか」  訊いておいて、サーディクの反応は薄い。何やら思案に沈む様子だ。さては、シャムスに実現できると信じていないな。それとも、サブミッシブの長所がわからないのか。  サブミッシブを代表して、シャムスがいかに頑張り屋か言い募ろうとしたところ、 「シャムス、サーディク殿。一緒にご飯を食べに行きマセンか」  雁人族の仲間が声をかけてきた。  試合前半はどうなることかと思ったが、サーディクをチームの仲間と認めてくれたらしい。 「朗らかな雌将(おかみ)が切り盛りする、肉もサラダも美味し~い飯屋があるんですよ」  雀混族の仲間の一言に、シャムスは早くも涎を垂らした。行きつけのあの飯屋か。  シャムスは民と肩を並べて、同じものを食べる。  さまざまな種族の商人や役人、軍人で賑わう宮下街の一角。円卓のモザイクタイルの天板で、じゅうじゅう肉汁を溢れさせる分厚いシウ(・・)肉ステーキ……。 「せっかくですが、夜の外出は許可できませんゆえ」  でも、サーディクがぴしゃりと断ってしまう。食事でまで躾係らしくするな、と羽ではたくも、憎らしいほど澄まし顔だ。  いつの間にか木枝に控えていた護衛たちも「ご勘弁を」と首を振っている。  今夜はしぶしぶ、角灯を手に帰路に就く仲間たちを見送ることにした。 「ちぇ。いつかオレより大きなシウ肉を、一頭まるまるホールドして食べてやるんだ」  背の高い宮門前で恨み言を言う。するとサーディクが、シャムスの口もとに手を伸ばしてきた。  触られる前から、身体が火照る。嘴の名残で口もとを撫でられると気持ちいい。パートナーや恋人がよくする愛撫だ。 (ちょっとはオレが気になってくれたかな?)  期待と裏腹に、涎を拭われるのみで終わった。離れていく指を目で追う。  サーディクが寝泊まりする官舎も、宮門の外にある。別れる前に新たな約束が欲しい。 「次の訓練は、王宮の外で、知らない人もいる場所にしよう。王立公園はどう?」 「御意。来週、非番の日に参りましょう」  シャムスは再び「よし」と足の爪を握り込んだ。王立公園には恋人の聖地があるのだ。  ただ、来週だと少し日が空く。すんなり訓練兼デートが受け入れられて上機嫌のまま、持ち掛ける。 「また空蹴球もしようよ。みんなと仲良くなれば連携がよくなるし、次はご飯も一緒に、」 「いいえ。私は友人も、パートナーも必要ありません」  あまりに冷たく硬い声に、シャムスは口を噤んだ。  夕食時の喧騒を乗せた夜風に、サーディクの銀糸がなびく。それを涙と錯覚する。実際は無表情で空を見据えている。  この前は机に突っ伏したけれど、今はサーディクを抱き締めてあげたくなった。 「サーディク、」 「そろそろ失礼します」  しかし伸ばした腕と行き違いに、サーディクは歩き出す。 「またね! おやすみ!」  シャムスは声を張り、広い背中に投げ掛けた。なめらかな羽が見えなくなるまで動かない。  近づいたと思ったら、遠ざかる。 (パートナーも必要ない、なんてさみしい。ドミナントには必要だよ。ドミナントじゃなくとも、満たし合える鳥人(ひと)がいたほうがいい)  パートナー候補だと思ってもいいか、というシャムスの申し出に対する、遠回しな答えかもしれない。でもシャムスはめげるどころか、愛しさが増す。  サーディクは冷たいのではなく、王命にかかわらず冷たくしている。理由はわからないけれど、一部でも冷たくない部分に触れたからには、ぜんぶ溶かしてあげたいという思いが募る。 (……こんな気持ちも、恋っていうのかな)  一週間後、サーディクが非番の日。ルシュディーに頼み込み、シャムスも講義を休みにしてもらった。  訓練を進めると同時に好きになってもらう作戦、その二。恋人の聖地へ一緒に行く。  王宮から北へシウ(・・)車をしばらく走らせると、王立公園がある。  原生林を曾祖父のパートナーだった(おとこ)が美しく整えた。遊歩道のほか遊飛()道も組まれ、せせらぎを聞きながら木陰を羽ばたける。弁当を広げられる枝場や、中央広場の大噴水も人気だ。  幌を開けたシウ車から豊かな緑が見えた時点で、シャムスの羽根はわさわさ弾む。 「殿下は森林浴がお好きなのですか?」  んー、と曖昧に頷く。今日も無表情なサーディクは、言い伝えを知らないみたいだ。  いわく、王立公園の噴水の真上でキスしたふたりは、永遠に結ばれる――。  出どころはほかでもないシャムスの曾祖父とパートナーなので、信憑性が高い。ふたりは正妃を看取った後も穏やかに支え合ったと、ルシュディーから何度も聞いた。 (キスって、ほっぺたとか手とかでもいいんだよな? それならオレにもできる)  最初の訓練で[Kⅰss]のコマンドは失敗してしまったが、その挽回も兼ねている。  ちなみに護衛にはシウ車で待機しているよう話をつけた。服ももともと華美ではないが、王家がよく着る濃赤はやめて薄灰色の長衣にした。これで目立たず実行できるはず。  入園すると、ヒルギなどの常緑高木の陰を、恋人や[カラー(首環)]を着けたパートナーたちが寄り添って歩いている。種族によって飛行力が違っても、歩幅はそう変わらない。  王族以外はドミナントの仔を残すことにそこまでこだわらない。よってドミナントとサブミッシブの夫婦兼パートナーもいれば、同性のパートナーのみ持ち仔は生さないふたりもいる。  シャムスはゆったり温風に乗りつつ、同性のパートナーカップルを眺めた。 「カラー、いいなあ」 「欲しいのですか」 「ぴょっ、声に出てた!?」  心で思っただけのつもりだったので、おどかされたみたいに羽根が逆立つ。  それも今日ふたつ目のサーディクからの問い掛けだ。顔合わせの際はシャムスが質問攻めしていたのを思えば、大きな進展だ。  この一週間、サーディク隊の飛行演習や剣術鍛錬の見学に通った効果だろうか。  好きになってもらう機会を逃さないよう、ここぞと答える。 「そりゃあね。カラー着けてるみんな幸せそうだし。曾祖父(ひいおじい)様がパートナーに贈ったカラーは、特に素敵なんだ」  シャムスにとって、カラーは永遠を誓うものだ。サブミッシブはカラーを身に着けていれば、贈り主のドミナントの縄張りに守られているように安心するという。 「ふむ……」  サーディクは手で口もとを覆う。求愛(アピール)が響いた感じがしない。  改めて見回せば、周りのカップルは自分の相手に夢中だ。なかなか振り向いてもらえないシャムスはちょっぴり居たたまれなくなる。  まあ、サーディクとの間に割り込まれる心配はしなくて済むか。むしろどんどん甘い空気を出してもらって、便乗しよう。 「最初の質問、やっぱ訂正。オレ、ナスラーンの民の笑顔浴が好きだな」  サーディクの腕にぶら下がる。衣服越しでもシャムスの腕のほうが熱い。サーディクは真顔でシャムスを見下ろしたが、振り払いはしない。  木洩れ日から木洩れ日へと渡っていく。緑が多いから日中でも涼しかった。サーディクが小柄なシャムスに()幅を合わせてくれていることに気づいて、頬がほころぶ。 「私でなく風景を[Look(見てください)]」 「えーだって、見ないのもったいないくらいかっこいいよ」  サーディクにコマンドを放たれるも、無理なく抗う。  質素な白の長衣が、却っての身体の線の美しさを際立たせている。そうだそうだと加勢するかのごとく、原色の蝶がシャムスの頭や肩でひらめく。  サーディクは眩しがるように顔を逸らしながらも、見つめ続けることを許してくれた。  ……その美貌の内側に凍らせた哀しさやさみしさもぜんぶ、透かして見ることができたらいいのに。  などと思いながら、うねる樹幹とサーディクとを交互に眺めるうち、中央広場に出た。 (いよいよだな。頑張るぞ)  開けた台地に、円形に長椅子(ベンチ)が並ぶ。飲み物や氷菓(アイス)の売店も出ている。広い公園を巡った翼や足を休めたり、噴水を見物する鳥人が行き交う。  これはかなり人目がある中でキスを決行せねばならない。しかも昼日中だ。さすがにサーディクは応じてくれないかも、と弱気がよぎる。  いや、達成が困難なほうがおまじないとして強力だ。気合を入れ直す。 「ね、噴水の真上に行、ぐえ」  勇んで方向転換したシャムスの横腹に、鈍痛が走った。  十歳くらいの(カラス)人族の仔どもが突進してきたのだ。仔どもはしりもちをついたが、泣き出しはしない。漆黒の羽がクッションになった。掌の砂を払い、再び駆け出す。  その後ろを、同じ背格好の鴉人族の仔どもがきゃっきゃと追う。なんと三つ仔だ。公園にはカップルばかりでなく親仔連れも訪れている。  三つ仔は自然観賞より運動が楽しい年頃らしく、居合わせた鳥人の間を縫って追いかけっこする。シャムスで懲りず、何人もにぶつかった。  その度に、サーディクの眉間の皴が深くなる。  空蹴球中の自分にも他人にも厳しい態度が思い出され、シャムスは顔が引き攣った。仔ども相手にもあんな調子ということは……あり得る。サーディクなら大いにあり得る。 「あのさ、オレは別に怪我とかしてないから、」  宥めたが、遅かった。  蛇行しながら再び近づいてきた三人の前に、サーディクが仁王立ちする。 「こら、止まりなさい。鳥人(ひと)のたくさんいる場所で走り回ったら危ないでしょう」  ドミナントであるサーディクの注意に、仔どもたちがぴたりと停止した。彼らはニュートラルだがサブミッシブ因子が反応したのだろう。 「ごめ、んなさ、い……」  今度はシャムスが眉根を寄せた。予期せず従わせられると、身体が硬直する。情緒も不安定になる。もっと他にやり方があったはずだ。  だが窘める前に、 「よろしい」  とサーディクが懐から何やら取り出す。たちまち仔どもたちが目を耀かせる。 「シウのドライソーセージ(カルパス)だ! くれるの?」 「きちんと行動を改められたご褒美です」  サーディクの大きな手には、赤いセロファンに包まれた一口大のおやつが載っていた。受け取った三つ仔は「ありがとー」とはしゃぎながら、両親のもとへ戻っていく。  両親はというと、三人の世話で消耗した体力の回復中だったらしく、よれよれ頭を下げてきた。気にしないでと親指を立てておく。  それにしても、ご褒美を用意していたとは。手慣れた躾方をしげしげ眺めていたら、 「でん……きみも欲しいなら差し上げますよ」  と勘違いされた。サーディクの長衣の内ポケットはまだふくらんでいる。  シウ肉は好物だけれど、そこまで食い意地は張っていない。 「そんな仔どもじゃないし。それより、売店の棗椰子(デーツ)ジュース飲もうよ。吸い口がふたつあるカップルストローで!」 「仔どもじゃない、ですか」  サーディクが含みある口調でシャムスの台詞を復唱する。  何が言いたいんだよ、という追及は、細い悲鳴に掻き消された。  声の発生源は、噴水を挟んだ反対側だ。褐色の羽と髪を持つ百舌鳥(モズ)人族の若い雌性(じょせい)が、(ハヤブサ)人族の(おとこ)三人に囲まれている。ずいぶんものものしい。  隼人族はドミナントが多いため、誰も迂闊に仲裁できない。  望まないコマンドは、サブミッシブにとって通りすがりに殴りつけられるに等しい。ニュートラルもまったく平気とはいかない。ドミナントでさえ、自分より強い[グレア(睨み)]を浴びたら、ダメージを負う。  ――それでも。 「近ごろブーム家とつるんでるやつらじゃないか?」  という囁きが聞こえたときにはもう、シャムスは飛び立っていた。足首にサーディクの手が伸びてきたが、掴ませない。 「大丈夫だよ、おねえさん。動けなさそうならオレの後ろに隠れてて」  翼を盾代わりに腕に回す雌性の前に、すべり込む。金茶色の羽を広げた。 「[Leave(どけ)]。……チッ、鷲人族か」  人相の悪い雄がすかさずコマンドを発する。あり得ない行為だ。シャムスをコマンドの効かないドミナントとみて、舌打ちまでする。  ナスラーン国王太子として、見逃せない。シャムスは短く息を吸い、吐いた。 「おまえたちにドミナントの誇りはないのかよ。コマンドは、サブミッシブの信頼の下でのみ出せるもんだぞ」  足の爪を踏ん張り、粗暴なドミナントたちを見据えた。途端、「はははっ」と嘲笑が起こる。 「この国のドミナントは、牙を抜かれたやつばっかりだな」  やはり、彼らはブーム派のようだ。  ナスラーン家――シャムスの父は、「指示を忠実に実行できる」といったサブミッシブの特性を評価し、尊重する施策を取っている。  しかしブーム家、特にライルは、サブミッシブは閉じ込めてドミナントに従わせるべき、さもなくば国から追い出そうという考えらしい。そうすれば他国のドミナントに侵略される心配なく、支配を拡げられると嘯いている。北部では当主交代前からじわじわ支持を集めている。  ただ、シャムスの羽の後ろにいる百舌鳥人族の雌性は、ドミナントだ。[Leave]のコマンドにも顔色は変わらなかった。なぜ絡まれたのだろう。 「サブミッシブやニュートラルにヘラヘラするてめえらのほうが、誇りを忘れてるぜ」  雄のひとりが、見せびらかすようにドライソーセージを噛みしだく。ポイ、と捨てられた赤いセロファンは――さっきサーディクが三つ仔にあげた包みだ。  三つ仔は、両親の膝の上で羽を丸めて震えていた。  雌性が申し訳なさそうに俯く。なるほど、いい成年(おとな)が仔どもからおやつを強奪し、彼雌(かのじょ)はそれを諫めたということか。  彼雌の行動は間違っていない。シャムスも義憤がこみ上げる。 「ここは先々代のパートナーが、ダイナミクスや種族問わずくつろいでほしいって遺した場所だ。水差すなら去れ」  きっぱりと告げた。シャムスの言葉には、ドミナントと違って強制力はない。それでも、ごろつきぐらい退けられなければ。  実際、シャムスの一言で場の空気が晴れた。人垣をつくっていた鳥人から声が上がる。 「あの小柄だけど勇敢な御方は、シャムス王太子殿下だよ。我々を守ってくださる」 (ばれたか。まあ、コマンドに屈しないところを見せておくいい機会だ)  シャムスは否定せず、金茶色の羽を最大限開いた。  一方、隼人族の雄たちは目くばせし合う。逃げる算段かと思いきや、シャムスの顔から足の爪までじろじろ見てくる。 「まさか王太子サマ本人に会えるとはな。ここで連れてっちまうか? [Kneel(跪け)]」  再びコマンドを使われた。  だがシャムスは平然と立ち続ける。次代の王としての覚悟七割、鷲人族の意地三割。元来草食・虫食種族のサブミッシブよりは、コマンドに耐性がある。 「聞こえなかった? お行儀よくできない仔はここでは遊べないよ」 「へえ。じゃあ、これでどうだ」 「……っ」  間髪入れず、グレアを当てられた。  コマンドが言葉なら、グレアは視線による支配だ。ドミナント特有の力であり、ドミナント同士の序列づけにもなる。 (もしオレがドミナントなら、ひと睨み(グレア)で決着つけられるのに)  自分のダイナミクスを変えたいと願ったことはない。ただ、ドミナントならこんなに難しくないと思うことはある。  顎先からぽたりと汗が滴った。引き続き平然と見せかけているものの、長引くと不利だ。  猛禽を祖とするサブミッシブは、肉食と被支配というふたつの本能が相反するぶん、サブドロップに落ちると深い。  隼人族は鷲人族と同じくらいドミナントの力が強い。でも理不尽に屈したくない……。  ぎゅっと目を瞑って開けたら、視界が黒銀と白で――サーディクの背中でいっぱいになった。 「不敬な輩よ。殿下の恩情があるうちに去れ」  サーディクは世話役として、シャムスがコマンドに抗うのを見守っていた。でも限界とみて、ごろつきの視線を遮ってくれたのだ。  グレアも発する。立ち位置的に、周りの皆にはシャムスが発したように見えるだろう。 (王太子のグレアのふりにしたって、強過ぎる気もするけど)  まるで、自分のパートナーにちょっかいを出してきた他のドミナントを牽制するみたいだ。  サーディクが一瞬、シャムスを振り返る。すぐ三人組に向き直って体術の構えを取ったけれど、碧眼に「よく頑張りました」と労われた気がする。  指先が体温を取り戻す。さらに熱く痺れる。  ドミナントに守られるのがこんなに安らげるなんて。普段ドミナントとして振る舞っているから知らなかった。  王太子として弱みは見せられないシャムスの事情や意地を、サーディクは唯一理解して、絶妙なサポートをしてくれた。 (頑張りを認めてもらえるの、好きだ)  それにサーディクは、シャムスに危険が及びそうになると、事務的な仮面が剥がれる。  最初はちょっと厭味で、よそよそしかった。プレイに抗うのも失敗した。  でも、優しくケアしてくれた。空蹴球では熱い一面も垣間見えた。仔どもを可愛がる。そして、いざというときは頼もしい。  「ありがと」と大っぴらには言えない代わりに、黒銀の大きな翼にそっと頬を寄せる。  次代の王として国を守ってみせるという意志は変わらない。でも同じくらい、サーディクに守られると嬉しい。青白い炎を纏ったような横顔に、場違いだがぞくぞくする。  三人組のほうは目を瞠り、次々這い蹲った。 「覚えてろっ。国軍の飼い鷹が偉そうに」  翼を広げようともがきながら、サーディクに吐き捨てる。民にも知られた存在らしい。  サーディクは「[Shut up(黙れ)]」と文字どおり黙殺した。グレアに中てられた、いうなれば生存競争に敗れたドミナントには、多少のコマンドが効く。  ごろつきたちは憎々しげに唇を引き結び、高く飛び立った。  入れ替わりに「殿下!」と大きな声が響く。シャムスの護衛が馳せ参じたのだ。  その最後尾に、護衛の制服姿でない、片翼の青年がいる。彼の最大限の速さで百舌鳥人族の雌性のもとに駆け寄った。 「間に合わなかったなァ。こんなことしかできなくて悪い」  彼が護衛たちを呼んできてくれたようだ。  大柄な鷹人族だが、過去に事故にでも遭ったのか、濃灰色の右翼は付け根からちぎれている。これでは飛べないし、ドミナントの力も半減だ。この身体でごろつきとやり合うのでなく助けを呼んだのは、適切な判断と言えた。 「ううん。わたしはこのとおり無事だよ」  雌性が微笑む。翼の強張りも取れていた。ほっとしたシャムスに、深く頭を下げてくる。 「シャムス殿下のおかげです。さすがナスラーン国王位を継ぐ御方」  直截な称賛に、ふふふんと笑いがこぼれた。ドミナントと対峙した疲労も吹き飛ぶ。 「また何か困ったことがあったら呼んでね。いつでもどこでも()けつけるよ」 「とんでもない。次は自力で返り討ちにします。家がブーム家の居宮の近くなので、絡まれるのは慣れました。選ばれしドミナントは復古の王国ブームに集えとか何とか……」  王国? 独立でもする気だろうか。いやな予感に羽根がざわめく。 「でも、わたしはナスラーン派です。大事な鳥人(ひと)と穏やかに暮らしたいので」  片翼の青年と顔を見合わせ、ふたりとも頬を染める。これは早めに退散しよう。 「あ、待ってくれ。サーディクだよな」  だが青年が、三つ仔におやつをあげ直して戻ってきたサーディクを呼び止めた。  気安い物言い。友人同士なのだろうか。その割にサーディクは立ち止まらない。 「俺だよ、ミドハトだ」  と重ねられ、仕方なくといったふうに振り返った。  ミドハトの片翼を、じっと凝視する。 「いやァ、偶然だな。七、八年ぶりか? あのときはいろいろ暴れもしたが、今それなりに落ち着いてるとこ見せられてよかった。実は、婚約したんだ」  ミドハトは、四角い顎をぽりぽり掻いた。どうやら昔はやんちゃしていたらしい。  サーディクは懐かしむような、どこか寂しがるようでもある笑みを浮かべる。めずらしい。しかし、 「で、おまえはなんで王太子様と一緒にいるんだ」  と問われ、表情が消えた。  王宮では「躾係だから」で通している。では一緒に公園を巡るのは躾かと突っ込まれると、苦しい。  この際「仲良しだから」と言ってくれないかななんて期待を込めて、シャムスもサーディクの答えを待った。さっきはパートナーみたいに守ってくれたし、希望はあるのでは。 「国王陛下より任務を賜っただけです」  出てきたのは、事務的な説明。それも誰かに言い聞かせるかのような口調だ。  彼にとってシャムスに関わるすべては義務なのだと、優しくしてくれてもそこは初日から変わらないのだと、がっかりする。 「……気をつけてね」  サーディクの旧友カップルを、しょんぼり見送る。護衛に付き添われ、気遣い合いながら公園出口へ向かうふたりがうらやましい。  サーディクとパートナーになるのは簡単ではない。でも、シャムスの頑張り次第で不可能ではないと、心の奥底で思っていた。今まで何でもそうやって取り組んできた。  でもこの件は、サーディクにその気がなければ不可能なんじゃないか?  はじめての挫折感に、ごろつき三人組の言葉に少し引っ掛かったことも押し流された。  他の来園者に気づかれたので、おまじないのキスは実行できずじまいで帰路に就く。  シャムスたちを乗せたシウ車が、官舎に到着した。ひとり降りたサーディクが、黄昏のなか振り返る。 「よければ私の部屋に寄っていきませんか」 「えっ、うん、行く!」  願ってもないお誘いに、シャムスはひらりと座席から飛び降りた。彼の一言で落ち込んだかと思えば、あっという間に元気になる。  サーディクは対照的に、相変わらずの無表情で歩き出す。  クリーム色の壁の官舎は三階建てで、サーディクの部屋は最上階の端だという。同じ意匠の扉をいくつも通り過ぎる。 「散らかっていますが」  招き入れられた居室は、むしろ殺風景だった。  将官用のゆったりした間取りだから余計そう感じる。背部が空いた籠型椅子(ソファ)は備えつけだ。漆喰壁に織物(タペストリ)のひとつもなく、水煙草や香の匂いもしない。  サーディクは趣味がないと言っていたけれど、楽しむこと自体に興味がない鳥人(にんげん)の住処みたいだ。またさみしく感じて、シャムスは自分の身体に羽を回した。  サーディクに「こちらへ」と促され、窓際の籠型椅子に腰掛ける。透かし窓の向こうで、今しがた陽が沈みきった。それが合図かのように、 「ケアが必要ではありませんか。コマンドもグレアも浴びたでしょう」  自分は直立不動のサーディクが切り出す。  シャムスは目の奥がじわりと熱くなった。 (やっぱり、優しい……。優しくされると、なんで泣きたくなるんだろ)  王立公園に出向いたのは、コマンドに抗う訓練のためだ。実際にごろつきと対峙するのは想定外だったものの、まさにああいう場面でも屈しない力をつけようとしている。  だから平気な顏でいた。サーディクだって、王命はあくまで「コマンドに対抗する力をつけさせる」で、ケアまで考えなくていい。  なのに手を差し伸べられたら、「怖かったよ」とその手を取りたくなる。  サーディクも、シャムスを甘やかしたいという気持ちを持ってくれたのだろうか。 『国王陛下より任務を賜っただけです』  ふと、王立公園での一言がよみがえる。誰かに――シャムスに言い聞かせるみたいだった。  シャムスがまたサブドロップに陥ったら、訓練は中断だ。早く務めを終えたくてケアを申し出ただけかもしれない。  終わりに向かうサーディクと、始まりを夢見るシャムス。同じ方向へ歩いていったミドハトと婚約者とは、まったく違う。  サーディクの冷えてしまっている心に、まだ近づけていない。 「ううん……」  悪あがきで、首を振った。 「平気だよ。だってオレ、小さいときにも知らない(おとこ)にいきなりコマンド使われたことあるんだ」  今日の公園での事件に少し似ている、八年前の記憶を引っ張り出す。 (オレの原点を、知ってほしいな)  母仔(おやこ)ともどものサブドロップにより結局は父の知るところとなったが、もともと内緒の外出である。どう頑張ったかなどは誰にも口外せずにきた。  でもサーディクなら、シャムスがサブミッシブだと知っているし、話しても構わないだろう。  サーディクは何も言わない。沈黙を許可と解釈して、話を続ける。 「でかい成年(おとな)相手だけど、ぎりぎりまで頑張って対抗した。そしたら、通り掛かったドミナントが守ってくれたんだ。辺鄙な場所だったのにさ。オレもその鳥人(ひと)たちみたいに、民や国を守れるかっこいい(おとこ)に、立派な王になりたいって思った。だからこれしき……」  立派な王。それはドミナントの正妃を娶り、ドミナントの仔を授かることも含まれる。  一方で、サーディクとパートナーになりたい、少しでも心に触れたいと願う自分がいる。矛盾していることに気づいて、だんだん歯切れ悪くなる。 「そのとき通り掛かった者が、現在どうしているかご存知ですか」  代わりにサーディクが口を開いた。  シャムスでもごろつきでもなく、恩人について訊かれたのは意外だが、興味を持ってくれたなら何でもいい。 「ううん。王宮に戻ったらサブドロップになっちゃって、恩人の顔も声もほとんど憶えてないんだよ。でもいつか探し出して御礼したいな。へへ、はじめて鳥人(ひと)に話した」 「そう……だったのですか」  照れくさくなってきて頬を掻く。  一方のサーディクの感想は、素っ気ない。訓練するでもなく、取り留めもない話を聞かされて煩わしかったか。  いっそはっきり言ってくれれば諦められるのにと、羽根が萎れる。  一拍後、逆に一本残らずふくらむ。 「頑張ったのですね。きみは立派なサブミッシブです」  サーディクが歩み寄ってきて、抱き締めてくれたのだ。大きな翼で、シャムスの翼ごと背中をさすられる。 「うん……頑張ったよ、オレ、頑張った」  どうしてシャムスのしてほしいことがわかるんだろう。たとえ王太子として当たり前でも、あの日母を守ったことを、ドミナントに立ち向かったことを、ずっと誰かに褒めてもらいたかった。それが八年越しに叶った。  サーディクの褒め方が好きだ。コマンドに抗う訓練だけでなく、ふつうのプレイもしたい。  何より、シャムスの頑張りに気づいてくれるサーディクが、好きだ。  頼もしく優しい翼を持っている。他のドミナントの翼ではもう満足できない。離したくなくて、サーディクの首に腕を回し、頭を擦りつけた。そう言えば。 「このこめかみの傷、どうしたの?」  今度はサーディクの話を聞いてみたい。わだかまりがあるなら、溶かしてあげたい。  サーディクはかすかに息を呑んだ。硬い手つきでシャムスの肩を押す。 「別にどうもしません」  突き放された。さしものシャムスもめげて、俯く。  それによって、籠型椅子の編み目に、茶に白の斑点の散る羽根が一本挟まっているのに気づいた。 「……ん? 公園で服にくっついたのかな」  何の気なしに摘まみ上げると、サーディクが目の色を変える。 「いかにも。目触りです」  早業でシャムスの手から羽根を引き抜き、窓の外に投げ捨てた。ごろつきの羽根と言わんばかりだ。確かに三人組のひとりは翼が茶色だったが、斑点もあったっけ。  思い返す間もなく、サーディクが言葉を継ぐ。 「それより、訓練の次の段階ですが。コマンドの種類を増やしましょう。家族や隣人、友人間では使わないコマンドを使います」  その碧眼に雄の本能が差して、シャムスは「ぴ」と頷くので精一杯だった。

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