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第7話
透は缶を置き、ほっそりした指で彼の襟元のシャツのボタンをきっちり止めてやると、伏見は焦れた顔をして透の肩を抱くか逡巡しているようだった。その様子をみて透は苦笑して吐き出した。
「あのねえ、その服は叔父さんの旦那さんのお古。ハイブランドで品がいいから捨てるの勿体なくて、預かってたのがいくつかあるの。あの人アルファでいくつも会社持ってて稼ぎがいいからお金の使い方に無頓着でどんどん新しもの買うって。叔父さんがあんまりボヤくから、誰か体型合う人がいたらあげるって僕が一旦預かってたヤツ」
「そうなんですね。良かった」
「良かった?」
自分で詮索してきたくせに、あからさまにほっとしている伏見の耳の先は真っ赤になっていて、透はまたその初心な様子に愛おしさが込み上げ増してしまった。
「有難くお借りしたけど、嫉妬で引きちぎりたい気持ちになってたから」
「呆れたな。君はもっとこう、理性的な人かと思ってた。面接に来たどの学生より落ち着いてて穏やかで、大人っぽいと思ったから雇ったのに、意外と……」
「意外と?」
いつになく男の色香零れる表情をされると造作の端正さが際立つ。そのイケメンぶりに傍にいて落ち着かなくなる。
「グイグイ来るって言うか」
「グイグイいってもいいんですか?」
再び今度は体温が上がった指先で頬をなぞられそのまま親指で唇に柔らかく触れられた。
「困るよ」
「困って。透さんを困らせたい」
そういって美しい顔を傾けてきた彼を今度は拒まず、透はゆっくりと瞼を伏せた。
久しぶりの口付けは漂うパンケーキの甘い香りとレモンのフレーバー。
ついばまれて微かにふれあい、また柔らかく唇を食まれる。甘くもどかしいキスに今ならばまだ元に戻れると、透は抱きしめられ引き寄せられた胸を強く押し返した。
「先言っとくけど、僕、伏見君が思っているような人じゃないよ?」
「俺が思っているような貴方はどんな人なんですか?」
「職場の上司」
「それはそうですけど。俺にとっての透さんは見た目も心も澄んでいて綺麗な人。子供好きで、従妹さんやお客さんの子供たちに妬けるほど親切で優しい。見崎さんと一緒にこの店を良くしていこうと一生懸命で、たまに発注をミスったりおつり渡しそびれて走って行ったりする、隙のあるところも可愛くて、年上なのに放っておけない。そういう人じゃないですか? それで笑顔をみると、さっきのパンケーキみたいに、甘くて柔らかでほっとして、すごく可愛んだ」
「か、からかわないで」
「揶揄ってないです。透さんが好きな、俺の気持ちは否定しないで」
澄んだ瞳は君の方だと透は思って頬を染めた。それに引替え自分はと、深い哀しみに長いまつ毛を伏せる。
「僕は君が思うようなまっさらな人間じゃない。男の人、初めてじゃないし。伏見くんと寝ることは出来るけど、気持ちは返せないと思う」
「誰と付き合ってたとかは俺には関係ないです。俺は貴方の全部が欲しいんだ」
意外と食い下がってくる情熱は認めつつも、透は最後にはもう日頃から自分の胸の内にわだかまっていたコンプレックスを小さく吐き出した。
「伏見君みたいな人に、僕は相応しくないよ」
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