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第8話

「じゃあ、一つだけ聞かせて。透さんは俺の事嫌いですか?」  再び引き寄せられて耳元で囁かれると、その声はかつて愛した人に少し似ていた。  途端に遠い日の恋の熾火に煽られ、胸が締め付けられるように苦しくなる。 「それは……」  彼がアルバイトの応募をしてきた時、電話越しに聞いた低く滑かな声が気になってしょうがなかった。  実際に会ったら感じが良い上、非の打ち所がない好青年で、だからアルファは絶対に採らないと思っていたのに不採用にできなかった。  彼は透の中で初めから常に意識してしまうような、大きな存在だったのだ。 「嫌いだったら家にあげてないよ……」  語尾が消え入るような小さな呟きを聞き逃さず、伏見はどこか誇らしげににこりと笑う。 「それが告白の答えなら、貴方は俺のことが好きだ」 「アルファらしい、台詞。自信家なんだね? 無理もないか。その容姿で凄く優しいんだもん。今まで君に惚れない人なんていなかったでしょ」  透を覗き込んできた彼はゆっくりと首を振って、少し寂しそうに口元を歪めた。意外な仕草に目を奪われると抱く腕に力が篭もる。 「じゃあ、貴方も、俺のこともっと好きになって。俺に委ねて。俺に貴方のことを大切にさせて。俺を貴方の彼氏にして」 「……大切に、してくれる?」  かつての恋人に言いたくて言えなかった言葉を、たどたどしくぶつけてみる。 「大切にするから、俺に透さんを下さい」   迷いなく誓いを刻むように再び口づけられた唇は熱い。迷いなく差し入れられた舌を受け入れながら、口先だけの言葉であったとしても、こんな晩は逞しい腕に縋りついてしまいたくなる。  そんな自分を学生服を着たもう一人の自分が『これじゃあの時と同じだろ』とせせら笑い、透は溺れかけた熱情から無理やり這い上がった。 「だから、無理っ」 「どうして?」 「だって僕、ベータだから。君はきちんと番になれる人と付き合った方がいいって」 「そんな理由? なら、引き下がれない」 「教えてあげるから、聞いて。君が知りたい、元彼の話。もうちょっと、お酒飲ませて。そしたら喋るから」 ※※※ 「元彼とは高校の時の同級生で大学卒業した後まで結構長く付き合ってたんだ。進学校で、僕も中学の時は成績良かったけど、高校では周りはアルファも多くて、だんだんレベルについていけなくなった。男子校で僕、見た目もこんなだろう? 美人だって結構モテて言い寄られること多かったんだよね。おい、伏見君。ここ笑うとこだぞ」 「笑いません。透さん綺麗だし」  酒が入ってもう大分気が大きくなってしまった。実際のところはそんなに酔ってはいない。酔っているふりをして言葉遣いもあったものじゃなく、何もかも洗いざらい喋って彼に受け止めてほしかった。  ソファーで隣同士に腰かけて、透が寄りかかったぐらいではびくともしない。  大きな身体の温もりが心地よくて、透はまた一口酒をあおる。 「あ、どこまで話したっけ?」 「透さんがモテた話」

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