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第13話
「あんなに挑発してきたくせに、恥ずかしいの?」
「恥ずかしくなんて……、ある」
「……っ! なんですか、それ。可愛すぎるでしょ」
くすくすっと大きな拳を口元に当て上品に笑われ、慰めるように額にキスをされる。甘い表情で微笑まれるとその優しさが嬉しくて、でもなんだか切なくて胸が苦しくなる。
「やめて、本当に、どうしていいのか分からなくなるから」
「どうして欲しいのか言ってくれたら、そうしてあげるよ。ねだってみて?」
(どうして欲しいか言う? そんなの恥ずかしくて言えるかよ)
余裕の笑顔を浮かべた伏見が、憎らしくて可愛い。
「……やっぱり、シャワー浴びてくる」
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「だーめ。オメガと違って……、ベータの身体は色々とその、準備がいるんだよ。手を離して」
戒めが解かれた手でシャツの前を掻き合わせ、自嘲気味にへらり、と笑うと身を起こしベッドから腰を浮かせた。
「それ、俺がしたい。だめ?」
「だめ、だめ! 待ってて」
透は体当たりする様に彼の腕をすり抜けると、慌てて浴室に逃げ込んだ。
(やっぱりオメガとは違うって、面倒だって、思われたくない)
興ざめされたくない、鬱陶しく思われたくない。
透は幼い頃からオメガである麗質を備えた叔父に瓜二つだと言われ育った。叔父の番である見崎は、アルファ男性らしく時に周囲に尊大な態度をとったが、叔父に対してだけは周りが驚くほど献身的な愛を注いでいた。
(あんな風に全身全霊で包み込むように愛してもらいたい)
勿論世の中には番同士でなくとも仲睦まじい恋人同士は数多いる。だが叔父たちにある種の理想を見出していた透には、普通の繋がりでは物足りなく感じられた。
ベータである自分には望んでも手に入れられぬ、番だけが持つ絆。
無いものねだりだと分かっていた。
最後はあんな風に別れることになったが、朔からはアルファ男性が番に注ぐような重たい執着をされ、時には屋敷の中に閉じ込められ雁字搦めに愛された。その執愛の記憶は透にとってはゾクゾクするようなほの昏い、しかし何ごとにも代えがたい多幸感をもたらしたのだ。
それを思い出せば、今でもきゅうっと下腹の辺りが切なくなる。
(せめて今夜だけでも、あんな風に彼から愛されたい。オメガじゃない、見た目だけ本物に似せた、造花みたいな僕だけど)
かつての恋人に感じていた引け目がまた蘇り、恐れに胸がもやっと翳った。だが透は下唇を噛みしめぎゅっとシャツの裾を握りしめたあと、勢いよく全てを脱ぎ去った。
また馬鹿みたいに、同じ過ちを繰り返すかもしれない。それでも今彼が欲しい。
(未開封だし、これまだ使えるかな……)
かつて使っていたローションの瓶を戸棚から取り出して、やけくそのように派手な色のそれを湯船に放り投げ浮かべる。オメガと違い愛液で濡れない身体が男と繋がるのには必要不可欠だが、その違いを見せつけられるようで少し切ない気分になる。
シャワーを浴びて手早く身体を清めたあと、我が身諸共瓶も温めた。
(あまり遅いと心配して見に来られるかも)
ぱしゃぱしゃっと顔を拭って気合を入れた後、目の前に漂うローションをむんずと手にとる。
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