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リナリアを胸に抱いて4

 母と雷の計画にうっすらと暗雲が垂れこみ始めたのは、あの真面目だった兄に恋人ができたからだった。  相手は同じ高校に通う、よりによってベータの少年だった。  初めての恋をした兄は、はた目からみれば同一人物とは信じられぬほどに浮かれていた。家を継ぐには一族が決めたアルファと婚姻する義務がある。学生時代の恋人ならばそのうち飽きるだろうと父も目を瞑っていたようだ。  しかし恋は盲目とはよく言ったものだ。周りが見えぬ兄はそのうちにベータの恋人をオメガに変身させ、番になると言い出した。 (兄さんも困ったものだ……。ベータと恋人ごっこなんて)  百歩譲って相手がオメガだったならば話は分かる。理性ではとても抗えぬほど強い引力が働くらしい。 (互いのフェロモンが抗いがたい程相性のいい相手。多分母さんと、番にしたい相手の人のような)  それを人は運命の番と呼ぶ。  出会った時からその人の事しか考えられぬほど恋焦がれる相手なのだそうだ。出会ったらもう、引き裂くことは叶わぬほどに互いに強く惹かれあう。 (もう一つ。運命を自分自身に引き寄せる方法もある。アルファ同士で婚姻を繰り返した家系のアルファは、望んだ相手を『運命の相手』に変えることができる。兄さんはそんな風に父さんに食って掛かったらしいけど。本当なのかな。兄さんは伯父さん達にその方法を聞いたんだろうか)  父の兄はベータと判定を受けた後、高校に上がる前に一族の傍系の家に養子に出された。その家で義理の兄となったアルファ男性と後に番になったらしい。俄かに信じがたいことだが、従姉妹たちが実際に存在しているので本当の事なのだろう。アルファとオメガの姉妹で、輝かんばかりの美貌を誇っていたから、親族の集まりで見かけた時など、誰もが彼女らに目を奪われていた。  雷も気になったので、国立図書館のデータベースにアクセスして、国内外の文献を読み漁ったところ、数は少ないがそういった事例は世界でもそれなりにあることが分かった。 (人は皆元来未成熟な子宮を体内に宿して生まれてくる。後に成熟し女型を持つか、バース性がオメガとなったものだけが、子を産むのに適している身体になる。ベータもアルファから強い性フェロモンを浴びせられて抱かれ続ければ、未成熟な子宮も刺激されて徐々に発達し、オメガに変化することも稀だがあるらしい。アルファだけで婚姻を繰り返した家系のアルファは、その気になればバース性問わず発情を促せるほどフェロモンが強い傾向があるらしい。とはいえ、世界でも稀な例だ。ではそれを受け取る側のベータやアルファがオメガ化する、環境的な要因はなんだ? ……もしベータの少年と兄さんが番ってしまったら? 次のアルファを産みだすために、今度は俺がこの家に縛り付けられるのか?)  母も兄も、己の感情に振り回され過ぎている。アルファというものは案外つまらぬ生き物だ。  それを「愛」または「恋」と呼ぶのだろうが、雷には理解し難かった。 (……兄さんは、期待されてここにいるのが嬉しい人だろ。ライバルにもならない俺は眼中になかったはずだ。こんな家、全部くれてやるから、僕が自由になる邪魔だけはしないでくれ)  父からは苦々しく思われながらも、高校生の兄は相変わらず父の事業を積極的に手伝い、いつかはその恋人との仲を認めてもらおうとしているようだった。  しかし父一人を説き伏せたとしても、一族の総意が許さない。母と自分は半年後にはこの家とは何の関わりのない人間になるはずなのだ。今更計画を崩されてはたまらない。 (なんでも父さん言う通りにしてきた、あの堅物がちょっとおかしくなるほど好きな人ってどんな人だろう)  ベータの癖に、オメガになれるなんて絵空事を呑気に信じ切って浮かれている。頭の中にお花畑でもある人なのだろうか。  そんな気になる兄の恋人を雷がついに見かける日が来た。  ※透登場しますので少々お待ちくださいませ。   DKです!

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