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5.魔法使いの弟子

 雪がちらつく季節に、子ども用のローブがとうとう届いた。  自室で見分を終えたアシュレイは、布の上質さと仕立ての出来に満足し、緑の瞳を細めた。  与えた課題に苦戦していたテオバルドは、今夜はぐっすりと寝入っている。覗いた折も目を覚まさなかったほどなので、「まだ起きているのか」などと邪魔をしに来ることもないだろう。  ――しかし、あの余計な世話と紙一重の面倒見の良さと、とんでもない根気は、間違いなく親譲りだな。  イーサンも、エレノアもそうだった。かつての日々に思いを馳せつつ、戸棚の奥から木箱を取り出す。両手でおさまる大きさの、小さな木箱だ。  その木箱を書き机に置いたアシュレイは、今度は金の刺繍糸を取り出した。丹念に魔力を込めて、練り上げておいたものである。針に通し、森の緑と同じ色のローブに、黙々と魔法紋を施していく。  師匠が弟子に授けるはじめての贈り物は、加護を込めたローブと相場は決まっている。  アシュレイが幼いころに使用していたローブも、師匠であるルカが手ずから拵えてくれたものだった。  白銀の長く美しい髪と、自分と同じ緑の瞳を持つ大魔法使い。アシュレイはほとんどのことを彼から教わった。随分と昔のことであるものの、懐かしく大切な記憶である。  ――テオバルドにとっては、どうなのだろうな。  加護を施しながら、この一年を思い返す。自分にとっては、あっというまに過ぎ去った日々であったが、あの小さな身体には、とんでもなく長い日々であったのかもしれない。  ほほえましくも懐かしい記憶の数々が、アシュレイの頭に次々と浮かんでいく。  とんでもないものを食わされる日々が続いたこと。テオバルドの身体のことが気になって、はじめてイーサンの店を訪れたこと。  大笑いされたのちに、おまえは今までどうしていたのだと要らぬ説教を食らったこと。ふたり揃って料理の基本を教え込まれたこと。  自分はてんで上達しなかったが、テオバルドはめきめきと腕を上げたこと。  真剣に自分の話に聞き入る、まっすぐな星の瞳。杖を媒介に火の魔法をはじめて成功させたときの、きらきらとした笑顔。  夜が更ければベッドに入り、朝の光で目を覚まして、食事を取る。あたりまえであったらしい、けれど、自分にとってはひさしくあたりまえでなくなっていたこと。  師匠、と。自分を呼ぶ幼い声に覚える、たまらない愛おしさ。そのどれもが、アシュレイにこの一年で与えられたものだった。  ――テオバルド(神の贈り物)か。  施し終えた魔法紋をなぞって、心のうちでひとりごちる。古代の国の言葉なのだという。  イーサンとエレノアの名づけのとおりだとアシュレイは思った。あのふたりは、どこまでも正しくできている。  次の日の朝。起き出したテオバルドに完成したローブを手渡せば、きょとんとした表情を見せたあとで、いかにも大切そうに両手で抱え込んだ。 「師匠とお揃い」  星の瞳を輝かせて噛み締めるように言うので、アシュレイも思わずほほえんだ。柔らかな髪に、そっと指を伸ばす。 「テオバルド。おまえは俺の大事な弟子だ」  はじめてで、おそらく最後になるであろう、たったひとり。  弟子という存在は、面倒であるものの、それ以上に実にかわいいものだった。

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