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14.書庫の守り人

 王立魔法学院に入学し、早一ヶ月。新しい生活に慣れ始めたテオバルドの楽しみは、学院の巨大な書庫を訪れることになっていた。  ――それにしても、本当にすごい蔵書数だなぁ。  師匠だけでなく、父や母まで口を揃えて「行ってみなさい」と言うだけのことはある。授業が終わった足でやってきたテオバルドは、幾度目かの感嘆をこぼした。  学院の地下に広がる書庫の蔵書数は、この国随一なのだそうだ。夜の空き時間だけで読破することは不可能だろうけれど、だからこそ「今日はなにを借りようか」とわくわくしてしまう。  気になった本棚の前で悩んでいると、穏やかな声がかかった。 「なにかお気に召すものはあったかしら。テオバルド」 「ベイリー先生」  振り返って頭を下げると、書庫の管理者であるザラ・ベイリーが上品な笑みを刻んだ。 「先生はやめてちょうだい。今の私はここの守り人なの」 「ですが、父も母も、とりわけ父は、ベイリー先生に在学中大変お世話になったと」  父たちが在学していた当時は、現役で教鞭を執っていたのだと聞いている。  テイラー先生に失礼になるので言葉にこそしないものの、彼女に習ってみたかったとテオバルドはひそかに憧れていた。  はきはきと応じるテオバルドを見つめるベイリーの瞳は、孫に対するような優しさに満ちていて、なんだか少しくすぐったい。この国の女性としては珍しく未婚である彼女だが、結婚をしていれば、テオバルドくらいの孫がいてもおかしくない年なのだと思う。  白くなった髪をひとつに束ね、背筋をぴしりと伸ばす優しいベイリーのことが、テオバルドは好きだった。 「あら、あら。イーサンとエレノアがそんなことを。懐かしいわね。あなたの師匠も変わりないかしら」 「はい。元気にされています」 「それならよかったわ。それにしても、あの子たちが卒業してもう二十年になるのね。私も年を取るはずだわ」  ふふっとほほえんだベイリーが、静かな声で続ける。  これほど素敵な書庫なのに、なぜか学生たちはあまり顔を出さないのだ。おかげで、今日もテオバルドの貸し切り状態である。 「はじめはね、アシュレイとイーサンはいつもふたりだったのよ。そこにエレノアが顔を出すようになって、いつしかそれがあたりまえになって」  過去に思いを馳せるように書庫の一角に視線を向け、「かわいかったのよ」と秘密を告げる要領で囁く。 「みんな、とても優秀で。――あぁ、もちろん、あなたもよ、テオバルド。あの三人に愛された特別な子どもだもの」 「ありがとうございます」  素直に受け取ったテオバルドに優しく頷き、ベイリーは話を切り上げた。 「なにか知りたいことがあれば、いつでもいらっしゃい。力になるわ」  その背中を見送ったテオバルドは、改めて書架を眺めた。必要以上のお喋りで時間を取らせない配慮が、いかにも彼女らしい。  ――師匠も、きっと、たくさんの本を読まれたのだろうな。  この場所で二十年前に、自分の父や母と一緒に。想像すると、少しだけ不思議な感じがした。  自分と同じ年頃だったアシュレイは、いったいどんなことを考えていたのだろう。どんなことを父や母と話していたのだろう。  ――今度、手紙で聞いてみようかな。  蔵書を読むことに並ぶもうひとつの楽しみが、アシュレイとの手紙のやりとりなのだ。あの家で約束したとおり、アシュレイは必ず返事を出してくれる。  負担にならないようにしようと思う半面、アシュレイの心遣いがたまらなくうれしかった。

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