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第4話

 神様の悪戯か、『俺』という異物が存在することへのバタフライエフェクトか、なんにせよ原作に介入することになってしまった。  憂鬱な気分のまま、俺は弟のノアと共にエインズワース主催のダンスパーティーへ向かっていた。  兄弟そろってパーティーに出れるのが嬉しいのか、それとも愛しのイーディス嬢に会えるのが嬉しいのか、ノアはいつにもなくソワソワと浮足立っていた。 「兄上、今日のお召し物、とてもお似合いです」 「ありがとう。ノアもよく似合っているよ。まるで、絵画から飛び出してきた天使だな」 「僕は天使じゃなくて人間ですよ、兄上!」  我ながら、よくもまぁ、すらすらと称賛が出てくるものだ。きっと『俺』のままだったら、「はわわ、尊い……!」くらいしか出てこなかった。 『俺』は死んで、気がついたら赤ん坊だった。  ノエルとして十数年生きてきて、すっかり『ノエル』が板についている。きっと、成り代わったのがもっと主要なキャラクターだったら、解釈違いで発狂していた。  ほとんど登場しないモブキャラだったおかげで、『ノエル・デズモンド』の解釈の幅が広がって、『俺』は自我を保っていられるんだ。 「エインズワースのご令嬢と、懇意にしているらしいな」 「アッえっ、な、ど、どうして兄上がそれをッ? もしかして……母上も、知っていますか?」  顔を赤くしたり青くしたり、忙しない弟は眉根を下げて上目遣いに見てくる。ウッ可愛い……!  他の腹違いのきょうだいたちは可愛くない奴らばっかりだけど、ノアは別だ。  「兄上、兄上!」と後ろをついてきて、懐いてくれる。毒に毒されず、デズモンド家の子供とは思えないくらい純粋で、このまま成長してほしかった。 「母上が気づかないわけがないだろ」 「う、うぅ……だって、とっても素敵なレディだったんです。日陰で健気に咲く花のように可憐で愛らしくて……」 「……俺は、できることなら、ノアには幸せになってもらいたい。彼女じゃなければ、いけないのか?」 「ダメなんだったら、どうせなら、当たって砕けてからがいいんです! ねぇ、兄上! お願いです、ちょっとだけ秘密にしていてください」  濃紺のジャケットに袖を通した腕に抱きつかれる。シワになるだろう、と口では言いつつもノアの好きにさせた。  ノアはとても聡い子だ。  悪溜まりの中で、光り輝く純粋な弟が生きていられるのは、ただのうるさい子供ではなく空気を読んで、考えて発言できるから。ただのバカなら、十歳を迎えることなく消えていく。  悪役貴族デズモンドの業はそれだけ深かった。  俺が、剣も異能もない役立たずなのに生き延びていられるのは、母譲りの美貌のおかげだ。  デズモンド閣下は美しいモノに目がなく、母や俺をよく連れて歩いた。きっと、ノアももう少し大きくなったら連れ回されるだろう。 『飼い犬』だとか、『愛猫』だとか、様々いろいろ言われているきょうだいもいるが、俺たちは閣下が身に着ける『:装飾品(アクセサリー』だ。装飾品は喋らない。それ以上でもそれ以下でもないからだ。  エインズワース主催のダンスパーティーの招待状は、ノアにだけ送られてきた。もちろん、差出人はイーディス嬢。イーディス嬢としては、年下の可愛いお友達に楽しんでもらいたい――デズモンドから解放されてほしい、そんな願いを込めた招待状だったのだろう。  一枚の招待状につき、同伴者は一名まで。エインズワースからの招待状と知って、我が家は阿鼻叫喚だった。主に、エインズワースのご令嬢に熱を上げるきょうだいによって。  駒鳥シリーズは、大きく三章に分かれているが、すべて同時進行で物語が進んでいくため、第一章での伏線が第二章で回収されたり、第三章での謎が第一章で明かされていたりと、新刊が発売されてから数日の間はSNSが考察で賑わうので有名だった。  第一章『アリス』編。  エインズワース家次女・アリスは好奇心旺盛で天真爛漫なヒマワリのような少女だ。  持ち前の好奇心から足を踏み入れた霧深き森で迷子になってしまい、そこでたまたま魔物狩りをしていたデズモンド家長男・アレクシアに助けられ、エインズワース家まで送り届けられる。  不幸なことに、アリスのような女性が周りにいなかったアレクシアに気に入られてしまい、屋敷に招かれ――無理やり体を暴かれてしまう。そこから紆余曲折あり、ミラー家の次期聖騎士と名高いルーカスと婚約者になり、嫉妬して恋情を燻ぶらせ煮えたぎらせたアレクシアによって拉致されてしまうのだ。  第一章はアリスが拉致、監禁されてしまうところで終わり、ドロドロのラブロマンスを期待していた読者は地獄へと突き落とされ、SNSは阿鼻叫喚の嵐だった。  第二章『イーディス』編。  三女・イーディスは比較的穏やかに始まる。社交界の描写が多く、ほかの姉妹に比べると地味な見た目ながらも、穏やかで淑女然とした立ち振る舞いは年若いレディの憧れだ。  ダンスパーティーで出会った騎士団長令息と密やかな恋を育てていきながら、心優しいイーディスは淑女の見本となるべく誰に対しても優しく、穏やかに接した。――それが時として、暗雲を呼び込んでしまうことになる。  ダンスパーティーには様々な貴族が招待される。デズモンド家からミラー家、爵位持ちの貴族、時には異国の王侯貴族まで。ノアや、異国の皇子に恋い慕われながらもイーディスが愛するのは彼の騎士様のみ。――そこで、マリアの登場だった。  大切な大切な息子を誑かした魔女(イーディス)を退治するべく、毒を仕込んだり、悪漢に襲わせたりするが、ことあるごとに彼女の騎士がうまいタイミングでカットインしてくる。騎士様が助けに来るたび、オーディエンスは大盛り上がりだ。  しかし忘れてはいけないのが、この駒鳥シリーズが『ヒロイン凌辱モノ』ということ。ハッピーエンドで終わるはずもなく、アリス同様に拉致されたイーディスはマリアの手に落ちてしまう。

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