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第10話
実は、俺のことを恨んでいるとかだろうか。
「……冗談なら、随分タチが悪い」
引き攣る喉と震える声音を意地で堪えて、双子から視線を外す。
ヴィランの一族に生まれたとは言っても、俺は俺だ。
いくらガワで『宝石の如く』だとか『デズモンド閣下のお人形』だとか言われようが、中身の俺はヴィラン耐性のない一般人男性である。ノエルを演じることで、俺は俺の心を守っている。
「冗談じゃありません」
「僕たちは、初めて貴方と出会った時から、貴方に心奪われていたんです」
「……今日が、初対面じゃないと? どこかのパーティーででも会っていたか?」
「ふふ、覚えてなくて結構ですよ」
「そう、私と、カインだけの宝物になりますから」
両脇から腰に腕が回される。ギクリ、と体を固くすると、耳元でクスクスと笑う吐息が囁かれた。
俺とノアが着る服飾品は、すべてマリアのこだわりが反映されている。
踊るつもりがないと言ったら、ボトムスはブリーチから足の形に添うトラウザーに変えられて、よく磨かれたシューズを合わせられた。
新調した真っ白なシャツに、クラバットは襟を立ててボリュームのあるリボン結び。ウエストコートはとくにぴったりと体に合い、細く華奢なラインが強調される作りで、それに合わせて余白なく採寸されてオーダーしたフロックコートは、コルセットでも入っているのかと言いたくなるほどくびれが細く、腰の後ろをリボンが飾っている。
これからの社交界は、男性も彩りを取り入れていく盛装スタイルが流行るのだとマリアが言っていた。
絞られた腰を、両側から強く抱かれてげんなりする。お前らが手を休ませるためにくびれてるんじゃないんだよ。
「周りの目が気にならないのか?」
「えぇ。まったく」
「貴方は気になるんですか?」
「とっっっても気になるな。ミラー家とデズモンド家が注目されるのは当たり前だろう」
「僕たちだけを見ていれば、周りの視線も気にならないのでは?」
「……お前たちと会話をしていると、たまに理解の範疇を超える」
腰を抱く腕をパッパッと外して頭を抱えた。――否、抱えようとした手を掴まれて、第二曲が始まったダンスフロアの中心に引きずられていく。途中、驚いた表情のノアとすれ違ったが、声をかける間もなかった。
後ろから「いってらっしゃーい」と見送る声がして、無理やり舞台に上がらせられたのだと、気づくまでに時間を要した。
「おっ、お前……!」
「名前で呼んでください」
右手は指を絡めさせられて、左手が腰に回る。ぐ、と密着した体に息が詰まった。腰に回った腕は俺のかすかな抵抗を強引にねじ伏せる力があった。
服越しに感じる体温と、デズモンド閣下とは違う上品に香る甘いムスク。
「名前で、呼んで?」
首を傾げたカインの頬を、灰色の毛先がくすぐる。シャンデリアの光を反射して、銀髪のようにも見えた。
「まさか、わからないはずがないでしょ? 貴方が見分けられるように、僕は髪を切ったんですよ。髪の長さはわかりやすい身体的相違だと思っていたんですけれど」
くるり、くるり、と強張る俺をリードしていく。
ダンスは、得意じゃないだけで踊れないわけじゃない。至極当たり前のように女性パートを踊らされているが、どちらでも踊れるようにと、マリアの指導で俺はどっちでも踊れるんだ。
ワン・ツー、ワン・ツー・スリー、と緩やかなテンポで流れる音楽に合わせて、ステップを踏む。
「俺は、踊らないと言ったはずだ」
「いいえ? 断られていませんよ。虫除けだとか、白い目で見られるとか、そういうのは言っていたけど、僕もアデルもちゃんと断られていません」
ぐうの音も出なかった。確かに、彼の言う通り、俺はちゃんとした断りをしていない。
「ね、そうでしょ?」
「……今回、だけだ」
「ふふっ、ありがとうございます。今回だけ、ということはラストダンスもアデルと踊ってくれるんですね」
「いや、それとこれとは、話が別、」
「だって、アデルと僕は一心同体なのに僕だけが貴方と踊ったなんて……アデルに恨まれてしまいます」
「それに、貴方を好いているのはアデルも僕も一緒です。僕だけ抜け駆けしたら、背中を刺されちゃいますよ」と耳元で低く囁かれる。
吐息が耳の奥に吹き込まれて、肌が粟立つ感覚にとっさに体を離そうとした。
「だめですよ、まだダンスの途中じゃありませんか」
「っ……その、その声、やめろ」
耳元で囁かれる艶めいた声に、うなじがじりじりと熱を持つ。
「耳が弱いんですか? それとも、僕の声?」
「うる、さいっ。足、踏んでもしらないからな」
クスクスと喉を震わせて笑うカインに顔が熱くなる。
早くこの時間が過ぎて欲しい。スローテンポな音楽が憎く感じだ。アップテンポよりも好きなはずなのに、今はあの速いテンポが恋しい。
くるり。くるり。ターンをすると、しゃらしゃらと髪が流れていく。コートのテールがひらひらと陽気に泳いだ。
蒼く涼やかな目元に俺が映る。彼の瞳の方が、俺なんかよりも美しい宝石のようだ。
悪戯に囁かれる声音に肩を震わせながら、なんとか踊り切った。確実に明日は筋肉痛だ。
音楽が鳴りやんだ瞬間、パッと手を放して踵を返した俺を引き留めて、ぎゅうと強く抱きしめられた。
目を丸くする俺と、名残惜しそうに「好きです」と小さく呟いたカイン、そして沸き立つ周囲のレディたち。ハッとして突き飛ばそうとする前に体を離されて、手を引かれながら壁際へと、ノアとアデルが待つ場所まで戻った。
――え、好いてるって、好きって、そういうこと?
ガチで、俺のことが好きなわけ、コイツら?
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