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第11話
理解できなかったし、意味もわからなかった。
好きって、なんだ。
俺は『ノエル』だけど、ただの『読者』だ。メインストーリーに関わりのないモブだし、俺が、そういう対象に見られると思わなかった。俺にとって、彼らは『キャラクター』だったんだ。
ノアと何か話した気がするけど、覚えていない。
まさに心ここにあらずといった様子で、「うん」とか「そうだな」とかまともな返事をしなくなった俺は、混乱を飲み下そうとして適当に給仕からアルコールの入ったグラスをもらって一気に煽った。
我ながら混乱しすぎており、笑ってしまう。
「大丈夫ですか?」
「ここ、貸し切りにしてきましたよ」
そうして、普段酒なんて飲まない、飲んだとしてもジュースみたいなカクテルばかりな俺は見事に悪酔いして立っていられなくなった。馬鹿だろ。
双子に介抱されながら、人気のない休憩室のソファに倒れ込んだ。
ちょうど近くにいたイーディス嬢が、ノアを見ていると申し出てくれてとても助かった。ノアには、せっかくだからパーティーを楽しんでもらいたかった。不甲斐ない兄上でごめんな。
「水をもらってきました。飲めそうですか?」
「…………むり」
首元も苦しい。盛装も熱くてつらい。
横になったまま、もたつく指先を襟に突っ込んでグイグイ広げるけどいっこうに楽にならない。コートを脱いで床に落として、ウェストコートも脱ぎたくてボタンを外そうとするけど、全然外れない。すぐに横になれて、楽なジャージが恋しくなった。
「う、うぅ……う゛……うぇ」
「吐きそうですか?」
「……ちがう……ぬぎたい、くるしぃ」
閉じていたまぶたを持ち上げる。視界がクラクラチカチカと揺れた。気持ち悪くはないけど、なんか、気持ちが悪いんだ。
風邪を引いて、高熱で寝込んだときみたいだ。体が熱くて、背中が汗ばんで気持ち悪い。
目の前に、心配に眉を下げたカインが映る。いや、アデルだろうか。どっちだろう。
「おまえ、アデル? カイン?」
「私はアデルですよ」
「カインはこっちです」
頬を冷たい手ぬぐいで拭われた。心地よさに目を細める。
正面にしゃがんで顔を覗き込んでくるのがアデルで、ソファの後ろ側から頬を拭ってくれるのがカインだった。
「緩めますね」と一言かけられて、首元を骨ばった指先が掠める。クラバットが解かれて、シャツの襟が緩められるとこもっていた熱も出て行って、心なしか息苦しさがなくなった。
「ん、ぅ……」
酒気の混じった熱い吐息がこぼれて、襟元を緩めていた手が止まる。
「……なんで、お前ら、ほんとに俺のことが好きなのか? なんで、どうして?」
「出会ったときに一目惚れしたんですよ」
「俺、おぼえてない」
「いいんです、覚えてなくっても」
酔っぱらいの戯言に付き合ってくれる二人は優しい。俺だったら、介抱なんてしないで放っておく。それも今日知り合ったばっかりなのに。
面倒くさい一問一答にも順番に、好きな食べ物だとか、特技だとか、とにかく全部答えてくれた。
「水、そろそろ飲めそうですか?」
「飲んだほうが楽になりますよ」
「……う、ン……からだ起こしたら、多分吐く」
水を飲んで、体内のアルコールを多少なりとも薄めたほうがいいのはわかっているが、それよりも気持ち悪さが上回ってきた。
さすがに嘔吐の世話までさせるわけにはいかない。目を閉じて、意地で吐き気を我慢していたから、双子が目配せをしているのに気が付かなかった。
「上を向いてください」
「ん、ぁ?」
向いてください、というか上を向かされた。
頭の上に移動したカインが俺の右肩を押さえ、空いている方の手を頬に添えて頭を動かせなくなる。もともと動かす気力もなかったので、されるがままだ。
すぐそばにしゃがんでいたアデルが一度離れていき、水差しを手に戻ってくる。無理やり飲ませるつもりなんだろうか。吐き戻してしまう気しかしなかった。
「あーあ、ここはアデルのほうがいいのは僕もわかってるけど、ずるいなぁ」
「仕方ないだろう。抜け駆けはしない約束だ」
「わかってるさ。それよりも、早く楽にしてあげよう」
よくわからない会話だった。薄目を開けて様子を伺っていると、水差しから水を口に含んだアデルがその麗しい顔を近づけてくる。
ここまでされて、何が起きているのかわからない俺でもない。
抵抗しようにも、ふたりがかりで押さえられてしまえばどうしようもなかった。そもそも、騎士として鍛えている彼らに、貧弱な俺が敵うわけがない。
まざまざと見せつけられた力の差、一対二に、恐怖する。
酔いに朦朧としていた意識が一気に覚醒して、血の気が下がった。もともと下がっていたようなものだけど、今の俺は紙よりも白い顔色をしている自信がある。
覆いかぶさってくるアデルの肩を押し返そうとした手は、するりと絡めとられてソファに押し付けられた。
「怖がらなくて大丈夫ですよ」
「ふ、ぅ、ぁ……ッん、ぅッ!」
カインの囁きが耳元で呟かれて、水を含んだアデルがゆっくりと唇を重ねてくる。何も、水を飲ませる手段でキスをする必要なんてないだろう!
ぐ、と唇を引き結んで、キツく目を閉じて拒否をする。
――雪国の女王のように、冷たく凍えた眼差しを弓なりに歪めている様を、俺は目にしなくて幸いだった。
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