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第14話
ゲストハウスには俺たち以外にも宿泊している招待者がいる。
近場にマナーハウスを持っていない貴族や、俺たちみたいに馬車の不具合で帰宅できずにいる貴族――そして、俺たち、いや、俺が宿泊すると知って自分たちも宿泊したいと言い出した傍迷惑なミラー家の双子。
笑顔で快諾をしてくれたイーディス嬢はまるで聖母のようだった。
明るいハウス内は、ここがデズモンド邸ではないのだと思い知らされる。明るい光に、明るい雰囲気。ハウス内の雰囲気もまるで違い、戸惑いが大きかった。
俺たち兄弟に与えられたゲストルームは二階の南側。イーディス嬢の元へ向かうノアと途中で別れて、三階の北側のゲストルームに向かう。
そこが、双子の滞在する部屋だった。
「こんばんは。待っていました」
「おや、ノア君はどちらに?」
「イーディス嬢にディナーに誘われたそうだ」
「……ノア君と一緒に行かなくてもよかったのですか?」
眉を顰め、こちらを伺ってくるアデルに首を横に振る。
「先に、俺がディナーの約束をしていたのはお前たちだろう」
きょうだいの中には約束は破るものとか言うアホもいるけど、俺は約束は守る方だ。
俺の返事がよっぽど意外だったのか、目を丸くした双子は顔を見合わせ、破顔した。俺に向けられる愛を煮詰めた甘い微笑じゃなくて、心底嬉しいと、喜びがこぼれ落ちてしまった笑顔だった。
「嬉しいです。貴方が、私たちを選んでくれて」
「選んだんじゃない。勘違いするなよ、先にお前たちと約束をしていたから、俺はこっちに来たんだ。……それに、昼間の謝罪もしていなかった」
世話をかけて申し訳ないと、頭を下げる。
酔っぱらいなんて放っておけばいいものを、わざわざ異能を使ってまで体調を戻してくれた彼らに申し訳なさを抱いた。
おそらく、双子は治癒系統の異能だと思われるが、治癒系統の異能は家柄関係なく発現した段階で王宮行きが決定する。ふたりが王宮に引き取られず、ミラー家にいるということは異能を秘匿しているんだろう。
有名どころの異能は人々の口伝で広がっていくが、本来、異能とは秘匿されるものだ。異能目当てで子供のうちに誘拐しようと、将来の妨げにならないように殺してしまおうとする輩が大勢いる。
俺がバラすと思わなかったんだろうか。
「思いませんよ。だって、貴方はとても心優しい人だから」
「それに、国王に頼まれたって、私達は異能を貴方のためだけにしか使いません」
「王宮に行ったところでただの役立たずです」
げんなりした。思わず顔に出てしまった。
こいつら、俺のことが好きすぎないか?
過去の俺はいったい彼らに何をしたんだ。
「さぁ、いつまでも立ち話は味気ないです。こちらへどうぞ」
まるでどこぞのお姫様のように、両脇に立った彼らにエスコートされた。
少し油断をすると腰を抱こうとしたり、手を握ろうとしてきたりするものだから、いちいち振り払うのも面倒で、諦めて好きにさせることにした。
彼らに拐われると決めたのは俺だ。
これから世話になるのだから、これくらい好きにさせてやろう。
エインズワースの料理人が用意してくれた料理が、シミひとつない真っ白なテーブルクロスの上に並んでいた。バゲットに入った小麦のパンと、前菜のサラダやハム、チーズが平皿に盛られている。
エインズワース領では、火を使わない冷たい食事 が一般的だと知っていたが、好きなモノを好きな時に食べるデズモンドで生まれ過ごした俺からしたら、ここに温かいスープでも欲しかった。
「この出会いを祝して」
アデルがとろりと赤いワインの入ったグラスを掲げる。軽くグラスを持ち上げ、「乾杯」と声を揃えた。
「たまにはこういう食事もいいですね」
「ミラーの食事はどういったものなんだ?」
「うちは騎士の家系だからね、一日三食、しっかり食べるんですよ。朝食 と昼食 は軽めに、夕食 はしっかりとした肉料理やスープなどですね」
「デズモンドは一日二食でしたか」
「あってないようなものだけどね」
貴族としてのプライドが高いうちじゃ考えられない。
間食をしないこともないが、肉体労働をしなくてもよい上流階級にとっては、むしろ間食を食べないことが社会的ステータスと考える頭でっかちな身内がいた。
昼の食事をディナーと呼び、夜のやや軽い食事をサパーと言う。呼び方なんて地域ごとに違うし、覚える必要もないのだが、デズモンドだけやたらと古めかしい様式にとらわれていて時々嫌気がする。
俺が生まれるよりもずっと前は、時間ごとに食べるものも決まっていたらしいが、父がデズモンドを継いだと同時に廃止にしたらしい。閣下も嫌気がしていたのかと思うと、人知れず親近感を抱いた。
「この甘いワイン、もしかしてデズモンド領のものでは?」
「そうだな。ロマヌ地方特有の、渋みのない飲みやすさ重視のものだ」
「僕はアーサルズ地方のワインを好んで飲みますよ。特に三大シャトーのラムールが」
「あぁ、あそこは特に厳しい規律でワインを造っているからな。シャトー・ラムールの跡取り息子とは時々手紙でやり取りをしているんだ。機会があったら、紹介しよう」
素直に驚いた。
ミラー家は酒を嗜まないと聞いていたから、てっきり彼らも興味がないのだと思っていたが、まさかうちのワインを愛飲してくれているとは。
ワイン産業はマリアが取り仕切っており、俺もその手伝いをしている。今はワインを造る過程で出る廃棄物を何かに利用できないだろうかと、各地のワイン畑主と話を詰めているところだった。
アデルとカインについていけば、この話も振り出しに戻ってしまうのかと思うと、なんとも言えない苦みが広がった。
「――本当なら、私たちは貴方をこのまま拐ってしまいたいんですよ」
「え」
「でも、そんなことをしたら貴方に嫌われてしまいそうだから、しないだけです」
「つまり、何が言いたい?」
力づくで連れていくことも厭わないとでも言うのか。
「僕たちといるときに、知らない男の話をしないでください」
それは存外、可愛らしいお願いだった。
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