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第15話

「人はワインに酔うけれど、私は貴方で酔いしれたいです」 「僕たちは、ただ貴方と同じ方向を向いて生きていきたいんです」  甘酸っぱい、まるで恋を詠う詩人のように愛を紡ぐ双子は、恥ずかしくないんだろう。俺だったら、気恥ずかしさと気障な台詞で全身に蕁麻疹が出ていたかもしれない。  聞かされ、愛を囁かれる今ですら恥ずかしいんだもの。どうして俺に語るんだ。もっと可愛くて綺麗な女の子が……俺くらいの美貌はなかなかいないだろうけど、気の合う娘がいるかもしれないのに。  どうしたって、男の俺なんだ。 「……それで、俺が絆されるとでも? 勘違いするなよ。俺は、ノアと俺のためにお前らに拐われてやるだけだ。そこに恋だの愛だの、情は存在しない」 「わかっています。だから僕たちは、貴方に振り向いてもらえるようにアピールをすればいいってことでしょう?」  ああいえばこういう!  諦めが悪いのか、ものすごくポジティブなのか、俺が何を言っても彼らはにこりと麗しい完璧な笑顔を浮かべるのだ。いっそ腹が立ってくる。嫌がることはしないと言いながら、力で解決をするDV彼氏みを感じるのだ。  斯くいう俺も、情は存在しないだとか、絆されないだとか言いつつも、彼らの言動は心を揺さぶり、時折絆されそうになる。  弟のため、ノアのためと自分を律して心を戒めるけど、全部投げ出してもいいんじゃないかと、頭のどこかで悪魔が囁いていた。  ウダウダしている自分が気持ち悪い。俺、こんなに女々しかったっけ。屋敷に帰ってから、ちゃんと『ノエル』らしくしていられるだろうか。  アデルとカインといると、彼らは隙を見て俺を甘やかそうとしてくる。俺のほうが年上なのに!  バケットからパンを取ろうとすれば、すかさずカインがパンを取り分け、ジャムまで塗って渡してくれる。  チーズを取ろうとすれば、今度はアデルが食べやすいサイズにチーズを切って取り分けてくれる。  挙句の果てには「口元にサラダのソースがついていますよ」と言いながら、親指で拭われるのだ。その拭ったソースを舌で舐めとるカインは夜の雰囲気を感じさせ、直視できずに手持ち無沙汰にワインを口に含んだ。 「照れてますか?」 「照れてない。普通に拭えばよかっただろう」 「少しでも貴方に触れたくて」  ほら、今だって。  直球にその熱をぶつけてくる。年上をからかうな、と言ったところでどうせ「二、三年しか変わらないじゃありませんか」と言うのだろう。  ワイングラスのステムを持つ手に、指先が触れる。  こくりと唾を飲み込んだのは、緊張しているから。彼らが醸し出す独特な雰囲気は、まるで閣下を前にした時のような強者のプレッシャーがあった。  呼吸が浅くなる俺の背中をカインが撫でる。羽のように背中を撫でられて、胃が浮き上がる感覚がした。 「お、まえら、勝手に触るな」 「そういうわりには、抵抗しないじゃありませんか」 「ダメですよ、僕たちは貴方のことが好きなんです。愛してしまったんです。ひとりきりで、僕たちの部屋に来るなんて。据え膳食わぬはなんとやら、と言うじゃありませんか」  その減らず口を縫ってやりたい。裁縫なんてできないけど。  手指が絡み合う。甘い雰囲気、なんだろうか。多分、こういうのが小説でいうところのロマンチックな雰囲気ってやつなんだろう。俺も、アデルもカインも男だけど。  なんで俺、こんなに彼らに気を許してるんだろう。俺が触れられるのって、ノアとマリアくらいだったのに。  実は自分自身で気が付いていないだけで、俺は彼らのことが好きなんだろうか。  ――それとも、『ノエル』の意志?  ダンスパーティーに招待されたノアの同伴者は、長男のアレクシアだった。あわよくば次女のアリスと出会えればと、下心で同伴を希望した。  その時、ノエルはどうしていたんだろう。  俺は今ここにいるけど、これは原作じゃない。俺がここにいるせいでアレクシアは同伴者じゃなくなり、ダンスパーティーをすっぽかしたアリスとのハプニングシーンがなくなってしまった。バタフライエフェクトでどうにかなるんだろうか。  ――これは、本当に物語の中なのだろうか。  俺は、夢を見ているんじゃないのか。 「とっても余裕そうですね」 「ん、ちゅ……何を考えているんですか?」 「夢を、考えてた」  夢? とユニゾンする声にぼんやりと熱に浮かされながら答える。 「これが夢なら、俺にとっての都合のいい夢だ。ノアは変態貴族に売られて奴隷になることもないし、俺も死なない。まるでぬるま湯に浸かっているような、柔らかな真綿に包まれている気分だ」 「……これが夢なら、私はずっと夢の中にいたいです」 「僕も。憧れの、ずっと手に入らないと思っていた貴方が腕の中にいて、僕の指先ひとつで喜んでくれるんです。美しい人、宝石の君、どうか夢なら覚めないでほしいと願ってしまいます」  貴方もそうでしょう、と低く囁かれる声音に背筋が痺れる。  彼らが触れるところすべてが熱くなり、甘い痺れが走っていく。  小鳥が啄むように唇を合わせて戯れて、腰を抱かれ、椅子に体を押し付けられる。  鼻から甘い喘ぎが抜けていき、キスをしているのがどちらなのか気になって薄目を開けたら、こちらをじぃっと見つめる蒼い瞳があって驚いた。  とろり、と蒼が熱に濡れて、艶めく声に全身が熱くなる。 「ん、ぐっ」 「ふっあ、ぅ」  長い舌が口内に侵入してきて、上顎をなぞられる。かすかなでこぼこを舌先がなぞっていく感覚に耐えられない。  深く心地よい口付けに夢中になっているうちに、緩く結んでいたクラバットが解かれて、ぷち、ぷちり、と釦を外されて前を開かれた。  ひっそりと、俺は興奮していた。俺はこういう経験がない。嘘偽りなく真っ白な穢れない身体だ。  健康体の男だもの、溜まるものは溜まるが、俺はなかなかひとりになれる時間がないため、発散するのも一苦労だ。シャワーを浴びているときにできたら一番楽だけど、お貴族様はひとりでシャワーに入らない。頭も体も全部人にやってもらうのである。  だから、月に一度、閣下とマリアが夜会へと出かけていく時くらいしか自慰ができない。――先月は、急遽それがなくなってしまったから、俺はかれこれ長いことシていない。  いたって健康優良児なんだもの! 気持ち良かったら反応してしまうだろ!  それにすっかり、日中ののせいで俺の身体は期待していた。  酸欠になりそうなほど深い口付けと共に、身体を這う手のひらに息が詰まっていく。きっと、手を握られていなかったら昂る気分のままに下履きを寛げて自身を慰めていた。 「っぷぁ、ぁ、は、はっ」 「ふぅ、はぁ、はっ……はは、目がとろけていますよ」  キスに溺れてしまう。酸素が足りなくて頭がクラクラする。 「……あの扉の向こうに、横になれる場所があるんです」 「バカ、じゃねぇの。……俺、腰抜けてるから、行くなら、連れて行って」  こんなところで放置される方が酷だ。  パッと花を開かせた双子はわかりやすくて可愛らしい。  目の前にいるのはカインだった。頬をくすぐるゆるふわの毛先をつまんで、引っ張った。 「っ!」  それなりに強い力で急に引っ張ったから、前のめりになったカインは俺を潰さないように肘置きに手をついた。目と鼻が触れ合う距離にある芸術品めいた顔を見つめて、耳元にふ、と息をふきかける。 「俺は安くないからな」 「っ……!」  カッと赤くなった耳に、完璧な笑顔を崩してやれたことに瞳を笑みに歪めた。悪役貴族(ヴィラン)らしい笑みだったんじゃないだろうか。  俺だって、やられっぱなしは情けないだろ。

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